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一話

 それは、俺が久しぶりに『バベル』に帰還して、アイナやフェイル達かつて行動を共にした者たち、そして初めて会ったコーダ等と話をし、その後これまた何時いつぶりかわからないほどにゆっくりとした睡眠を取ることができた翌日の朝のこと。


 『少し、付き合わないかい?』


 そのメッセージがきた時、俺は朝食をとり終え、一服しているところだった。クロもまた、その大きな体を丸め、久しぶりの平和を享受している。大通りから外れた路地にある宿は、かつて慣れ親しんだ時と変わらず、美味しい鮭定食を出してくれていた。

 そのメッセージの内容に外に出ると、ネイルが一人で立っていた。

 

 「よう、どうしたんだ?」


 「……昨日はゆっくり話すことはできなかったけれど、うん、元気そうだね、クロも、久しぶりだね」


 「……グルル」

 

 俺のそんな問いには答えず、ネイルはそう言ってクロの首筋を撫で、そして俺の方を向いて続ける。


 「君は久しぶりに街に来たから知らないだろう? 少しついてくるといい、連れていきたいところがあるんだよ」


 ネイルはそう言うと、またも、答えにはなっていないような言葉をかけて颯爽と歩き出すのを、俺とクロははぁ、と溜息をついて後を追った。


 「……相変わらず人の話を聞かないやつだな」


 「聞いてるよ、だから答えたじゃないか」


 追いついた俺の言葉に、何を言ってるんだい? とでも言いたげに肩をすくめてネイルが答えた。そう答える間も前を向いてすたすたと歩いて行っている。


 「理解させようとしない答えは答えじゃねーんだよ」


 北に向かっているようだが、あそこには見晴らしのいい高台があるだけで特に何か在ったような覚えはない。

 朝と昼の中間、微妙な時間ということでか、あまり人通りは少ない。

 だが、そんな中でも俺とクロを見て足を止めるもの、ひそひそと話をしているものがいる。俺がそちらに視線を向けると、そそくさと立ち去ってしまった。

 

 (まぁ、そうだろうな、俺だけならまだしも、クロと一緒にいる時点で何者かは割れるか)


 「グル……グルル」


 ふと足を止めて周りを見ていた俺に、何をしている、と言いたげな唸りを上げてクロが振り向いてくる。その間もネイルは気にせずに先に進んでおり背中が見えていた。


 「悪い、まぁとりあえず付いて行ってみるか」


 「ガル」


 俺はクロとそう顔を見合わせ、少し小走りにネイルの後を追った。

 レンガ造りの街並みをネイルについて北に抜けると、少しずつ人工物がなくなり、視界が開けた先には短い草の生えそろった高台が見える。

 そしてその中に、俺の記憶にはない一角があった。

 木造の柵に囲われた範囲の中に、数百、もしくは千を超えるであろう数の簡素な造りの石碑が立ち並んでいる。

 中心部には、一際大きな荘厳とも呼べる十字架が刻み込まれた石碑。


 「……これは、墓地か」


 「驚いたかい? そうだよ、鍛冶師達や、生産職のプレイヤー達が何ともなしに作り始めたのさ……誰にも知られず失われてしまったプレイヤーの分はないのだけれどね、見事なものだろう?」


 俺でなくとも、この風景を見て想像することは一つだろう。その光景を見て漏らしたつぶやきに、ネイルがただ前を向いたまま答える。

 所々、白い花が添えられているのが見える。

 この世界で備えられた花は、枯れることはないが、アイテムとしての耐久度は他のゲームにたがわず存在する。手折られた植物は2日と保たずに光の粒子となって消えてしまうはずだ。

 その花が決して少なくはない数存在している。

 

 「僕達前線にいる人間にとっても、街の中でサポートしてくれる人達にとっても、ここは過去を思い描き、今を知らしめ、そして前に進むための場所、そう僕は思っている」


 黙ったままの俺を振り向いて、ネイルがそう言葉を続けた。


 「どこにあるんだ?」

 

 それに、ポツリと呟いた俺の様子に、にこりと微笑んで、ネルは再び歩き始める。何が、という主語がないその疑問は、しかし言葉無くとも伝わったようだった。

 周囲を石碑に取り囲まれながら歩き続けること数分。


 『陽だまりの歌姫 此処に眠る』

 

 誰が考えたのか小さく刻まれた文字に、脇に従うは、おそらくキャル辺りが作成したのだろう黒猫のオブジェ。

 街と、塔が見渡せる、風の気持ちいい丘の一角に小さな、でもとても綺麗に彩られた石碑が、そこにあった。


 「……ありがとうな」


 「君にお礼を言われることではないよ、僕達が、好きでやったことなんだから……それにしても、君は相変わらず感情が表に出るね。感情豊かな暗殺者なんて、キャラとしてどうかと思うよ」


 「うる……さいな」


 そんな俺の言葉に、ネイルは前髪をかき上げるようにして笑う。

 隣で小さく、でも何処かへ届けるような遠吠えが聞こえた。そんな相棒の頭を撫でると、小さな唸りとともに、返答のように俺に頭を擦り付けてくる。

 暫くの間、俺達はそうして無言でその石碑を見つめていた。






 「……なぁ、ネイル」


 「何だい?」


 「この墓は、どうやったら建てられるんだ?」


 手を合わせ、束の間黙祷をささげた後、俺はネイルにそう尋ねていた。一通り墓地を回った後、その中には名前の無いもので、世話になった人達がいる。ただの残されたものの自己満足に過ぎないのだろうが、目的を果たすために協力してくれた彼等がいたという証を、死んでしまった後には何も残りはしないこの世界に刻んでおきたかった。


 「そうだね、僕のギルドにも一人作れる人間がいるから、紹介しようか……その前に、トール?」


 「何だ?」


 ネイルは俺の言葉にそう言って頷き、そして思い出したように俺の名を呼ぶ。そうして続けられた言葉は、俺にとっては意外なものだった。


 「僕のギルドに来ないかい? はいかYESで答えて欲しいのだけど」


 「……とりあえずその前に、選択肢に肯定しかないのは俺の気のせいか?」


 唐突な言葉、それに咄嗟に答えを選ぼうとして、俺は突っ込む。どんな時でも人をくったような奴だった。その割に表情は真面目だからたちが悪い。


 「まぁ、冗談はさておいて、言葉自体は本気だよ……フェイル達のギルドでは、今頃君の処遇について話し合われているのだろうけど。君は、よくも悪くも有名人だからね」


 それに、結構あそこも大きくなってしまって君のことを直接知らないものが多いしね、とネイルは続けた。

 ふと、先ほどの街での他の人々の反応を思い起こす。確かに、フェイルはギルドの団長とはいえ、いや、だからこそ他の面々の意見を無視する訳にはいかないだろう。

 別に戻ってきたとはいえ、フェイル達に厄介になろうとは思ってはいなかった俺にとって、不要な迷惑をかけることは望ましくない、だが――


 「それをいうならお前のところもだろう? 確か小さな互助ギルドを始めたとは聞いていたが」


 「……そうだね、まぁ僕の一存で決めるわけじゃないさ、君を紹介して、そして彼等も受け入れるというなら、という条件付きだけどね、まぁ大丈夫だと思うよ、君が何か気に病むこともない、もちろんきりきり働いてもらうつもりだしね。とりあえずおいでよ」


 そう言うだけ言ってネイルは俺達に背を向けて歩き始める。

 

 「どうする?」

 「……グルル」


 俺のそんな問いかけに、小さな唸りと後をついて歩き出す、という行動で示すクロ。このまま此処にいても仕方がないだろう、そんな声が聞こえてきそうなその仕草に少し笑みをこぼしながら俺もまた遅れて歩き出すことにした。

 まぁ、今の俺は、それなりに前を向いていく気持ちにはなったものの、長い間の目的を達し、正直今後何から手を付けるかすら決まっていない状態だ。もしかするとネイルはそれも見越して朝からこうして連れ回そうとしているのかもしれない。少々強引な上にこちらの事情も意向も無視する傾向はあるが。


 そしてネイルの後をついて歩き始めること十分ほど。

 





 「こんにちは、私はセバスチャンと申します。ギルド『小さな箱庭』の副長をやらせていただいております……トール様の噂はかねがねお伺いしておりました、以後お見知りおきを」


 「…………」


 俺は何故か執事に出迎えられ、そんな挨拶を受けて無言で佇んでいた。ネイルはと言うと、フェイル達に話があると去ってしまっていた。


 いつからこの世界は殺伐とした世界からこんなに突っ込みどころの多い場所になったんだろうか。


 ネイルに連れられて訪れた建物は、先ほどまでいた街の北部の墓地がある高台から少し下った先にある現実世界で言うなれば豪邸と言っていい屋敷だった。門をくぐった先には庭、小さな噴水とよく手入れされた形の刈り揃えられた芝に、昼寝によさそうな木陰を作る木々。

 一体どれほどの金をつぎ込んだのか不明なほどのその場所で俺達を出迎えてくれる品のいい、そして完璧なまでの礼を見せる白髪の男性。

 

 礼を終え頭を上げた背筋はピンと伸びており、その背丈、雰囲気と相まって荘厳さとも呼べるものを醸し出しているが、その笑みと向けられている目からは柔らかさを感じられる。

 後ろ手にくくった見事な白髪を靡かせ、襟のピシっとした黒い上着、首元にかかる蝶ネクタイのようなアクセサリーに、白いシャツ、足元に伸びるきちっとシワひとつ無いズボンに革靴。

 

 執事だ。どう見ても執事にしか見えない。しかも名前からして執事の代表格だ、何だ、そういうロールプレイのつもりで此処に来た人か?この状況でなお、いやしかし。


 俺が久しぶりすぎる日常的な雰囲気と、ある意味見慣れつつも初めて見るそんな執事の顔をまじまじと見ていると、そのセバスチャンという老人は、苦笑するように口を開いた。


 「皆様、最初はそういった顔をなされます。フェイル様やローザ様も、少し驚いた顔をなされましたから……私は現実でも執事をしておりました上、恥ずかしながらここでもその役目をさせていただいておりますのでこの服装です、名前はお嬢様方がどうしてもとおっしゃいますので……」


 「すげぇ、かっこいい!!」  

 「…………黒い虎、興味深い」


 しかしながらそれに返答しようとした俺の口は、その背後から飛び出した二つの影によって遮られる。

 執事の背後から赤色の髪をした少年が飛び出し、続いてゆっくりとした足取りで青色の髪をした少女が俺の横にいたクロへと近づいてくる。


 「ユーキ様、サクヤ様、お客様が驚いておられます、初めての方にはご挨拶をするのが礼儀というものですよ」


 そして、咄嗟に警戒態勢をとり影へと潜るクロと、驚く俺の様子を見て、二人に向けてセバスチャンがたしなめるように言った。


 「ネイル兄ちゃんから聞いてるぞ、あんたが『黒き死神』だろ? 俺はユーキっていうんだ」


 「…………サクヤ、よろしく」


 セバスチャンに言われて伸ばしていた手を引っ込め、こちらに向けてそれぞれ名前を告げてくる二人。

 赤と青。静と動。随分と対照的な二人だが、髪と瞳の色以外、顔立ちだけは驚くほど似ている。双子なのだろうか。


 「俺はトール、ユーキ、でいいか? できればその名前はよしてくれ、俺はお前のところのリーダーみたいに二つ名を呼ばれて嬉しい人間じゃないんだ……こっちはクロ」


 「……グル」


 俺も答えるように自己紹介をする、クロも俺の声に合わせて再び姿を現していた。ちなみに、二年のソロの間に得た不名誉な二つなだけは完全に否定しておくのも忘れないでおく。

 正直言って、決して誇れるものではなくむしろ蔑まれてもしょうがないものである上に、一般的な羞恥心くらいは俺にも残っている。そういう物語は嫌いではない、嫌いではないが自分が呼ばれるのは御免ごめんこうむりたい。


 「なんだよ、せっかく格好いいのにさ」


 「…………ユーキとネイル兄のセンスは不可思議」


 「えー、そうかぁ?」


 「…………最早重症処置なしと判断済、放置。――ところで毛並みに触れたいと思う」


 青色の髪の少女、サクヤがネイルとその弟(兄?)の感性をぶった切ったまま、クロを見ながら俺に話しかけてくる。その目は興味津々といった様子だ。


 「そいつに聞いてくれ、嫌がるようなら無理強いしないでやってくれると嬉しいが」

 

 「…………了解」


 「あ、サクヤだけずりぃ、俺も俺も!」


 「…………ユーキ、五月蝿い」


 そう言って騒ぐ二人を見て害はないと判断したのか、クロがおとなしく触られるままになっているようだ。ユーキは飛びつくように、サクヤは観察するようにめいめいにクロに触れている。俺とともに行動するようになった上に年少者は圧倒的に少ないため分からないが、アイナにしろ彼等にしろ、子供は嫌いではないらしい。

 

 「クロ、任せた」


 俺はそれを横目に思わず中断された話の続きをすべくクロにそう言葉を投げかけると、改めてセバスチャンに声をかける。


 「この状況でも随分と明るいんだな……正直言って意外だし、ホッとしてる自分もいる」


 「こうしていられるのもネイル様のおかげなのですよ……後、サクヤ様もユーキ様もお強くなられましたから。それに、こんな状況だからこそ、笑うことがなければ人はたやすく壊れてしまう、そして笑いさえすれば頑張っていける、強くも弱い生き物なのですよ」


 老人の繰り言ですがね、そう言って微笑む老人の目が、俺を見つめていた。

 優しげな、でも何かを問うような瞳だ。


 「ネイルから聞いていると言ったが、俺はその……」


 「全て、ではないのでしょうがお話は伺っております、ですから私から特別に申し上げることはございません、が、一つだけ。よく言うように、戦士には休息が必要なこともございます。お二方がお連れ様も気に入ったご様子ですし、よろしければ暫しの間だけでもご滞在ください」


 その途切れ途切れの俺の言葉を後押しするように、セバスチャンは言葉を続け、優雅に腰を折る。

 

 「トール、うちのギルドに入るんだろ? 色々教えてくれよ、俺さ、強くなって皆を守るんだ」


 「…………よろしく」


 その言葉を聞いていたのか、それとも子供ながらに俺の背中から何かを感じたのか、クロと戯れていた二人の声が背後からも聞こえる。

 

 「これから、よろしく頼む」

 

 様々な葛藤とこれまでの記憶、それら全てが頭の中に流れながらも、俺の口から出ていたのはそんな言葉だった。

 昼下がり、俺は二年ぶりに手に入れた帰る家は、芝居がかった魔術師のもとに集った、『小さな箱庭』だった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇




 かつて、未だ人々の言葉が分かたれていなかった頃、その天へと聳え立つ塔は神に到達するために建設された。だがしかし、その傲慢さを神に見咎められた彼らは、言葉を混乱バレルされ、散り散りに去って行った。

 世界には、奪われし『言霊』達が流れいき、後に遺されし塔の中には封印を守る神の眷属達が鎮座する。


 そんな設定の下作り上げられた『バベルの塔』に鳴り響く鐘の音と、続いて流れるガイダンスを、約二年ぶりに俺は耳にしていた。

 PKK『黒き死神』としてではなく、ギルド『小さな箱庭リトル・ガーデン』の一員として。


 言霊モンスターや情報等をフェイル達に流すことはあったが、きちんと攻略に関わるのは随分と久しぶりのことになる。


 最初攻略の面子に交じった俺に向けられる視線は様々なものだった。

 かつて共に戦ったことのある、そんな昔から生き残ってきた古参の面子からはどこか懐かしげな、そして次に好奇の入り混じった同情の視線。だが、少なからず向けられるものの中には、ここ二年の間フェイル達と共に攻略を優先に目指してきたのであろうプレイヤーからの敵意や恐れを含んだものもあった。

 そう思われること仕方がないと思っている。

 だからこそ俺はここに居た。


 今俺達が居るのは『バベルの塔』70層の広場だ。

 先ほどまで、熾烈な戦いが繰り広げられたボスの鎮座していた場所でもある。


 巨人『ネフェリム』。

 

 その威圧感も甚だしい巨体と、その手に持ったこれまた巨大な鎚から放たれる一撃は脅威であったものの、行動パターンは読みやすく、また炎属性に弱いという特徴を持っていたためネイルの後方からの詠唱が有効的であったこと、それに人型であり急所の位置がわかりやすかったため俺のような暗殺のスキルが有効であったことから、苦戦はしたものの誰一人欠けること無く打ち倒すことに成功していた。


 そして、流れ始めた機械音声。


 「おめでとうございます、本日を持ちまして『バベルの塔』70層がクリアされましたことをここに認証いたします。その結果を持ちまして、封印されし言霊と眷属達の開放を行います。引き続き、もう一つの現実『Babylon』の世界を心ゆくまでお楽しみください……繰り返します――――」


 「封印された言霊と眷属? ……トール、わかるかい?」


 その内容が不明瞭であることに対して、フェイルが俺に近づいて小声で尋ねてくる。周囲のメンバーも首を傾げながらそのアナウンスを聞いていた。

 聞くと、これまでは特定のNPCの言葉がわかるようになったり、ダンジョンやフィールドが開放される、またはスキルが開放されるというような具体的なアナウンスであったということだった。他のイベントなどはともかくとして、ボス戦後のアナウンスが今回のように何かを匂わすだけのものはなかったらしい。だからこそフェイルは俺に聞いてきたのだろうが、残念ながら俺にも正確なところは分からなかった。


 「わからん、此処から先に関しては、俺も本当にモンスターの情報以外は関与できていないから――」


 フェイルの怪訝な顔に、俺も首を振って答える。


 「そうか……」


 「ただ一つ言えるのは、『Babylon』が初めてのVRMMOであり、良く言えば世の中に浸透させる目的、悪く言えば業界としての宣伝プロパガンダということだ、後は、VRっていうシステムの特徴によるものとも言えるかもしれないな」


 「? どういうことです?」


 フェイルだけでなく、同様に近くに寄ってきていたローザが俺の言葉に疑問を投げかける。


 「つまりな、新しいものであるために様々な試みをしていくためのもの、そしてそれを運営だけではなく関わったユーザー全てに対するチュートリアル的なものなのさ。だからこそ、戦闘の難易度も含めて、ここは作ったものの意向も反映はされているが少しづつ世界が広がって、できることや制限が解かれていっただろう?」


 「……つまり、階層を重ねるごとに様々な試みのようなものが設定されていると?」

 

 「あぁ、特に上層まで攻略されるときには、全国で安定した施設も完成していると踏んで、大規模なイベントや試験的なものもあったはずだ、アルのおかげで基本的なルールを設定しておきさえすればクエストも自動的に配布することもできるし、その結果のユーザーからの声を取り入れて次作やアップデートに反映するはずだった、それにあくまで推測だが、70層っていうのも切りがいいからな、元々今の状態が想定外なのもあるし何が起こってもおかしくはないと思っておいた方がいい、第一モンスターやNPCの動きみたいな基本的な所にも色々アルの影響があるんだ」


 俺は、影からすっと現れ、戦闘中もいい仕事をしていたクロに目を向けそう言った。


 「……後は、VRシステムとしての特徴というのは?」


 そんな俺の説明に頷くと、今度はフェイルが尋ねてくる。


 「うーんと、そうだな、わかりやすく言えば、医療用や軍事用としてはそれなりに活用されているが、あれはあくまでガチガチに固められた目的意識の元で作成された空間なんだよ。でもこういうVRMMOとしては少し毛色が違うだろう? 楽しみ方も目的もユーザーの意識によるところが大きい。接続しているユーザーの思考、どういう時にどういう反応を示すか、っていうデータが蓄積されていって、さらに自由度が上がっていくと言ったらわかるかな? さっきも言ったがそういう意味での試みっていうのもある」


 「成程な……今後の方針としては、とりあえず新たに現れたフィールドなどはないようだし、一度攻略された場所にも変化がないかなど情報を集めて見ることにしよう、ネイルにも話しておくが君にも頼むことがあるかもしれない」


 「あぁ、まぁ隠密や探索は俺とクロがいればなんとかなるからな、いつでも行ってくれ」


 フェイルの言葉に、なぁ? と隣に向けて続けた俺に、クロが頷いた。


 『………………』


 (…………?)


 何故だろうか、俺はいつも通りではあるだろうその相棒の様子にふと違和感を覚えたものの、戦利品を含めた今後の話し合いに場が移ったため、その間その違和感を思い出すことはなかった。

 だが後日、俺はその違和感とともに、このアナウンスが示していたものを悟ることになる。



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