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四話


 次から次へと湧いてくる死霊の騎士達。

 

「コーダさん! 右です! 続けて左下からも!」


 背後から少女の指示が飛び、コーダは反射的に右側へとその得物を振るう。先程から、湧出してくる間隔と、それに、こちらへと対応するかのようなモンスター達のアルゴリズムが変化しているように感じていた。


「……次が来る前に、回復します」


 聞き慣れた少女の声とともに、体が暖かなものに包まれる。

 だが、その声に少しだけ焦りを感じたのは、おそらくはコーダの勘違いではないのだろう。


 ただ、指示に集中し、ひたすらに敵を屠ってはきたものの、このモンスターの量は異常だ。次から次へと湧いてくる死霊達。

 それが、コーダ達プレイヤーに次々と襲い掛かってくる。


(くそ、ここまでモンスターが多いとは聞いてへん……おかしいやろさすがに)


 確かにこの『Babylon』という世界では、死霊系のモンスターは通常のモンスターよりも復活も早く数が多い傾向にあるが、先程から十分以上は出現し続けている。


 ここまで多いのであれば、それこそ一時期レベリングに最適な場所として知られていても良いはずだったが、そんな情報もない。

 特に、それが起きていることが今であることが問題であった。

 ここには、既に多数の熟練プレイヤー達が到達しているはずなのだ。


 何かがおかしい。


 そう思いながらコーダもまた、今少しずつ焦りを感じ始めていた。

 ここに来る前のひと悶着を思い出す。

 彼女を、何とかしてその場まで連れて行かねばならない。命令を破ってまでここに来た彼には、その義務がある。

 

 そう、先にここに来ているはずの彼等の過去の決着の場所へと。

 彼女にとっての、けじめの場所へと。


  

 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 ……一人の少女の話をしよう。


 それは、鈍色の髪をおさげにした、小柄で可憐な少女。

 無口ではあるが、無愛想ではない。

 ある程度付き合いを続ければ、感情を示すことが少ないように見える彼女が、激情に駆られることもあるという一面を知ることもあるだろう。


 加えて、この世界に来てからのものなのか、それともこの世界にいることによって培われたものなのかは分からないが、そのふとした時には折れてしまいそうな外見とは裏腹に、芯が強いこともまた。

 

 戦闘ともなれば、的確なタイミングの回復で後方からの支援を行い、状況に応じて、その見た目とは裏腹に強気かつ強力な杖を用いた連撃を得意とする。

 時には、その隠された性質により前衛が専門のプレイヤーさえも凌ぐ奥の手をも持っている。


 環境上年上が多い中、古参のプレイヤーとして信頼され、また同時に愛されているが、決して可愛がられるだけの存在ではない。

 加入メンバー最大を誇る互助ギルドでもあり、多数の攻略メンバーを要する『銀の騎士団』本部所属の武僧。


 ふとしたことから、この世界の最前線における先輩として、また、日常のある部分においては自身の生徒として、この二週間余りを共に過ごすことが多くなっているコーダにとっての少女、アイナに対する評価に、また一行が加えられようとしていた。


 

 ……静かに怒っている時が一番厄介。



 俗に『攻略組』と言われるプレイヤーにとって、本日を含めた二日間は、とある事情より攻略の予定をずらしたことで生まれた空白の時間となっていた。

 最も、古参からいるメンバーは、その()()により現在この街には残っていないか、納得した上で突発的な自体に備えるため各ギルド所属の建物にて待機をしているため、空白の時間と呼ぶには問題があるかもしれないが。


 ――現在、強面の料理人が営んでいる店の中、コーダの目の前にいるアイナを除いて。

 

『……いつも、こんな時だけ子供扱い。私だって……』


 アイナは、そう一言だけ呟いた後、先程から暫くの間口を閉ざしている。果たしてその心中では何を考えているのか。

 初めて出会った時とはまた違う種類の、コーダにとって居心地の悪い沈黙が、場を支配していた。


 そんな彼女を見ながら、コーダの脳裏を、彼らが出立する前にかけられた言葉がよぎる。


『いいですね? アイナが勝手に行動しないように、見張っていなさい。今回のことに関しては、アイナを関わらせるべきではありません……くれぐれも、目を離さないように』


『……損な役回りをさせてすまないと思っている。ただ、今回のことは、どう取り繕っても正しいことではない。それを、まだ若いアイナに背負わせる事は、やはり良くないことなんだ……君にとってもね』


 思わぬことから、彼等の物語を知ったからこそ、頭の上がらない副長に命じられ、雲の上の存在であった総長に頼まれてしまったこと。

 彼らにとっても……おそらくはトールという、未だ会ったことはない彼らにとっても、アイナは大事な存在なのだと、そう思う。

 

 だからこそ、彼らがそう言い残し、そして、彼のメッセージが直接アイナのもとには届かなかった事も、コーダには理解できた。

 だが、どこからかその情報元の口を割り、ローザ達に詰め寄った目の前の少女の願いもまた、理解できる。


「……損な役回りだな、お前も」


 どっちつかずな共感に、中途半端な笑いを浮かべるしかないコーダに、背後から深みの効いた声が掛かった。

 広い肩幅の上に乗る、スキンヘッドの強面の顔に、珍しく苦笑の形が浮かんでいる。

 コーダは、その苦笑に答えるように、首を振った。


「俺はええんです……はは、とは言っても、何かできるわけとはちゃいますけど」


 ジンは、Babylonが始まって以来、この店でプレイヤー達に店を開き続けていると聞いた。時折漏れ聞くアイナの話の中には、この店の中での情景も含まれている。……おそらくは、彼のことを噂ではなく直接知る、数少ない人間のうちの一人なのだろう。


「………………成程な」


 そんなコーダを見て、ジンは少し複雑そうな表情を浮かべ、呟いた。

 

「何です?」


「お前は、よくやっている」

 

 そしてコーダの怪訝な問いには答えず、ジンは納得したかのように頷き、それだけを伝えるとまた店の奥へと引っ込んでいった。


(何や? 何を納得されたんや?)


 コーダがそちらを見ながら、頭の中に疑問符を並べていると、鉄を引きずるような音と共に扉が開く。見ると、二人の男女が店内へと足を踏み入れるところだった。


 肩に剣を背負ったその女性がまず目に入る。ブロンドの髪に、笑みをたたえた細い目、そばかすの浮いた頬が笑みと合わせて愛嬌を醸し出していた。続いて、灰色の髪を短く切りそろえた男、決して不細工ではないが、美形でもない。その顔に張り付いている軽そうな笑みが、最も印象に残るか。


 その二人が、コーダに目を留め、そしてアイナに目をやった後、納得したように頷いた。そのままコーダたちの方へと足を進めてくる。


「……コーダ、久しぶりね。しっかりその頑固な子の家庭教師はやれてるの?」


「全くだ、別の意味での家庭教師なんてやっ…………っ…………」


 にこやかに笑いかけながら、そして隣に立つ男の言葉をみなまで言わせずに肘を叩きこむ彼女の名はレイン。そして、今笑みを情けない感じの苦悶の表情に変えてうずくまった男を、ティールという。

 コーダが初めてギルドに入った時に世話になった、古参からいるうちのプレイヤーで、ローザにコーダを推薦してくれたのも彼らである。


「レインの姐さんに、ティールさん……相変わらずですね、ホンマに」


 出会ってから一年ほどになるだろうか。色々な意味で、当時から変わらない二人を見てコーダが呆れたように頭を下げ、挨拶する。

 アイナもまた、少し頭を下げたようだ。


「……お久しぶりです。お元気そうで、何よりです」


 そしてそう続けたアイナに、レインは口元を緩めて呟く。


「……うちの支部から引き抜いていったこの子は、どう?」


「いい人、です」


「そう……その割には随分むくれているようだけれど、隣、いいかしら?」


 そんなやり取りと共に、頷いたアイナの隣に腰掛けるレイン。

 

(そうか、二人共知り合いやったんやな、まぁ、そらそうか)


 そうして、男二人を無視して話をはじめた二人を見ながら、コーダがそんなことを考えていると、ダメージが残るようでふらふらと立ち上がったティールが、コーダの隣に陣取り、そしてニヤリと笑って絡んでくる。


「……おいおい、“いい人”でいいのか? しかもデート中につまらなそうな顔されて」


「はぁ……また姐さんにどつかれますよ?」


 コーダのため息混じりの言葉に先程の痛みを思い出したかのように、顔をしかめるティール。

 この格闘家の男もレインと並んで腕は確かなのだが、普段の道化を演じるような素振りからそうは見えない。だが、そんな彼のお陰で戦闘経験の少なかったコーダが規律の厳しい『銀の騎士団』において、そしてこの世界で生き延びる力を得られたことは間違いがない。


 第二支部に所属するレインとティール。


 この二人は、主に探索やボス戦におけるサポート役や生産職などここで日常を営むことを選択した人々の日々の生活における依頼、そして戦う意志を持ったものの実力の伴わないプレイヤーへの情報公開、クエストのサポート等を行う立ち位置に属する『銀の騎士団』第二支部のメンバーであった。

 二週間ほど前までは、コーダもそこに所属しており、何だかんだと頭の上がらない二人でもある。

 攻略について、通常のように現実側で情報を得られるわけでもないこの世界で、戦い方や日々の稼ぎ方、モンスターやダンジョンの情報等彼らの教えを受けたものは多いはずだった。



「……そういう事、あのローザも総長も、貴女のことに関しては随分と過保護なものね」


 時間をかけ、アイナに話を聞いていたレインが、そう呟く。

 そして今度はコーダに向けて告げた。


「連れて行ってあげなさい、コーダ。()()()なら、できるでしょう? アイナも、トッププレイヤーの一人なんだし…………馬鹿よね、団長も、トールも、貴女はもう、子供じゃないのにね?」


 残りの言葉は、再びアイナに向けたものだ。その言葉は、まるで姉が妹を見守るように、優しく感じられた。


「レイン……さん?」


 唐突にそんな言葉を告げたレインに戸惑うような声を上げたアイナに、レインは尋ねる。

 

「昔、あんたに怒られたわよね? 覚えてる?」


 そして、コクリ、そう頷くアイナに続けた。


「その後に、トゥレーネが告げたことも、覚えてる?」


「……! はい!」


「元々ずっと、今の状況は気に入らなかったのよね、私……だからちゃんとあの馬鹿に、あの時の言葉を伝えてあげなさい。一人でいることは、何だったか、思い出させてあげなさい」


 アイナが力強く頷くのを、レインも、そしてティールも眩しげに見ていた。

 そして、一人会話の内容がわかっていないコーダにも向けて告げる。


「第二支部総長として告げます。命令内容はPKギルド『虚無の楽園』殲滅に向かったプレイヤー達の遊撃援護……いいわね? 私達は行く事ができないのだけれど、代わりに、人のことは止めておいて同じ様な状況になった自分は好き勝手してるあの男に、守られてばかりじゃないことを見せてあげなさい」


「はい!」

 

「……何かまだようわかりませんが、了解です」


 先程までの消沈はどこへやら、元気よく答えたアイナを横目に、すべてを理解できないながらにコーダもまた頷いた。

 もう、煽られたアイナを止めるすべはないだろう。第一元々、心のなかではコーダも思っていたのだ。今更遠ざけてどうする、と。

 

 だからこそコーダとアイナは向かう。

 戦場となるであろうその場所へ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 コーダ達がフィールドのその地点に到達してから、早くも15分が過ぎようとしていた。


「チッ…………オラァ!」


 次々とかかってくるモンスターを相手に、右手をしならせ、その気合とともに発した言霊が生み出す魔力を載せて、自身の身体の延長線上にあるものの様にコーダは愛剣を振るい続ける。

 それは剣と呼べるのか、細かな(やじり)が細い糸で繋ぎ止められたコーダの武器。


 『棘鞭』。


 その武器はそんな仰々しい名前が付いていた。

 耐久性は他の剣に比べて劣るが、乱戦時、それも対多数の戦いにおいては無類の威力を誇る、虐殺用装備。この『Babylon』にも存在する、いわゆる魔剣の類だ。


 手に入れたのは偶然に過ぎなかった。

 だが、その偶然で手に入れたこれのお陰で一年の遅れがありながら銀の騎士団に入ることになったコーダは何とか攻略組と呼ばれるプレイヤーの仲間入りを果たし、そして今此処に在る。


 驚くべきことに、あれだけ湧き続けていたモンスターを、アイナの支援があるとはいえ、コーダの意地を乗せた死の舞は削りきろうとしていた。

 だがしかし、その舞の終わりとともに訪れた静寂の中、今度はこれまでとは比べ物にならないくらいの重圧が二人へとのしかかる。


「……何や!?」


 咄嗟に再度構えを直したコーダとアイナの前に、グズグズと足元にその身を滴らせながら、圧力を放つそれが姿を表した。

 それは死霊たちを統べるモノ。

 死を蒔き、死を好み、死を体現するとされる王。


「嘘……死霊王(タナトス)!? 何でこんな所に……でも、このせいで」


 死霊王。その名前はコーダも聞いたことがあった――かつて60層到達時の、最も死者を出したボスの名前として。


 そんなアイナの疑問も虚しく、この層には居るはずもないソレは、今ここに在った。そして二人共なぜこれほどの死霊達が湧出しているのかを悟る。

 流石に階層ボスと同等では無いだろうが、何よりも厄介なのはその際限ない召喚能力だ。

 そしてそれを裏付けるように、一度倒した死霊達もまた王の登場に再び姿を現した。


 本体の能力値は然程ではなくても、数の力こそ至高を地で行く、今の状況では最悪に近い相手。

 だが、そんな絶望的な状況の中で、膝が笑い出しそうな重圧の中で、しかしコーダには逃げるという選択肢が不思議と浮かんでは来なかった。


(……はは、こんなまともやない剣使ってるやつなんか、大抵は悪役なんやけどな……でも、何でもええわ)


 意志は熱く、しかし頭は冷静に、その剣をしならせ、迫り来る死霊達に剣戟を加えながら、コーダはそんな事を考えていた。右手でその剣に力を込めると、闇夜にさざなびく剣がまるでコーダの闘志に答えるように唸る。 

 

(このままやと、二人揃ってじり貧やろ)


 おそらくは勝てない、そして、勝てたとしても本来の目的の場所へたどり着くことは不可能だろう。だからこそコーダは、この二週間ほどを過ごした少女に告げた。


「……アイナちゃん、先に行き」


「……コーダさん?」

 

 杖を構えたアイナが、戸惑ったように名前を呼ぶ。


「ここまで来たんや。会いに、助けに行きたいんやろ? 伝えなあかんことが、あるんやろ? なら、アイナちゃんは行くべきや。こんな雑魚は、俺に任せとけばええ」


「…………」


 それに答えるアイナの沈黙に、コーダはにやっと笑って強がりで奮い立たせた言葉を重ねた。


「ええから! ……なぁ、たまには俺にもカッコ付けさせてや、確かにまだ過ごした時間は多ないけど、そんなに俺のことが信用でけへんか? 女の子が、ケジメつけなアカン時くらいは、稼ぐくらいの甲斐性はあるつもりやで?」


 少し冗談めかした口調に本気を込めたコーダの言葉に、何かを告げようとしてアイナは押し黙った。しかし、次の瞬間にはっきりと告げる。






「嫌です」

 




 

「…………」


 その一分の反論も許さないような断定的な口ぶりに、コーダもまた沈黙する。そして、一瞬だけ目の前に敵がいるのも忘れて呟いた。


「……おい、ここは『ごめんなさい、ありがとう』とか言って走り去る場面とちゃうんか? 俺めっちゃ格好悪いやん」


「そんなことないです、嬉しいけど……でももう、誰かを残して行くのも、誰か大事な人が死ぬかもしれないのも、嫌です……それにきっと、皆もこいつのせいで死霊に足止めされてるかもしれない」


 どこか情けない声を出すコーダに、首を振ってアイナは告げる。それは、彼女に根付いた強い意志。


「だからって、このままやと……」


「……ここにトールさんが居るってことは。きっと、あの子も近くにいるはずだから、もしかしたら」


 アイナの手に、それが触れる。

 何の装飾もない、闇の色をした獣笛。

 あの日、彼女のもとを去っていった、大事な、大事な友人とただ一度だけ繋がれる、これまで幾度と無く手にとっては眺めた、一度きりの魔法。


 目の前でそのさざなびく剣を振るう剣士を見る。

 彼は、行けと言ってくれた。

 ……もしかすると、昔のアイナであればその言葉に従ったかもしれない。何かを失う経験をした、以前の彼女であれば。


 しかし、今のアイナには、その選択肢は選ぶべきものではなかった。

 彼は、既に彼女の生活の中にあるものになっている。


(もう、失うのは嫌)


 その想いが、彼女の願いを、遠い約束を果たした友人の元へと届ける。

 アイナはその先端を口に含み、めいいっぱいの願いと祈りを込めて、彼女はその笛を吹いた。


(――だから、お願い)

 

 夜の(とばり)の中、確かに音にならないその祈りの波長は届いた。遠き約束を守るために。


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