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二話


 閉じられた窓から、薄く光が差し込んでいた。

 その部屋の中で、円柱状のホログラムが存在感を示している。


 『探索の円柱サーチ・ピラー


 マッピング時の情報を可視化できる、腕のいい錬金術師――キャルの創造したアイテムの一つだ。

 これにより、実際に攻略する層のどの部分からが未知の領域であるのかが、盗賊のような探知能力に優れた職種以外の者たちにもイメージとして伝えることができるため、数が少なく希少価値は高いことからも重宝されている。


「……では、以上で69層の攻略方針会議を終了しようと思います。皆様、他に意見はないでしょうか?」


 円卓に集う、各ギルドの代表者を見渡して、『銀の騎士団』副長――ローザはそう言った。

 

「PKギルド、『虚無の楽園(ニルズ・ガーデン)』の残党が活動しているとの情報もあります。くれぐれも、不用意にソロで行動するのはお控え下さい。では、各々方、よろしくお願い致します」


 特にこれまで以上の意見もなく、それぞれの面子が頷くのを見て、ローザはそう締めくくった。



「ふう……」


「……お疲れ様、いつもすまないな」

 

 会議に出ていた人々が、扉の外へと立ち去った後、静かに息を吐いたローザに、フェイルがそう声をかけ、飲み物を差し出す。


「……ありがとうございます。いえ、こういった雑務は私の仕事ですので……フェイルこそ、近頃お休みになれていないでしょう?」


 二年が経ち、かつては大きかったとはいえ、まだそもそもギルドに入っていた人間の数自体が少なかったことから実質のメンバーは50人を超える程度であった『銀の騎士団』も、今では四桁を超え全ての人間を把握できないほどの規模になりつつある。


 当初から変わらぬギルドマスターとしてのフェイルはもちろん、ローザ、リュウを含む古参のプレイヤー達も、それぞれ設立された支部長やその下での攻略組や支援、生活のための互助ギルドとして活動していた。


 人が増えると、それだけ揉め事も増える。

 規律も一から作らねばならず、溢れ来る情報をまとめる仕事も膨大だ。

 この一年半あまり、フェイルは本当に鬼気迫る、といった感じで仕事をこなしていた。同時に、自身のスキルを精査し、レベルを上げることにも余念がない。


「……どうにもうまく、眠れなくてね。すまない、君にも、リュウにも、苦労をかけるな」


「いいえ……私は――」


 果たしていつ休めているのか、そんな事を考えていたローザは、フェイルの、呟くように言った言葉に首を振り、そしてフェイルを見つめる。

 だが、扉の開いた気配に、言葉を切った。


「……悪いな、タイミングがまずかったか?」


 そんな言葉と共に、しかし少しも悪びれた様子もなく笑った巨漢がのそりと入ってくる。

 リュウだ。


 ここで二年を過ごし、元からあった貫禄とでも言うべきものにますます磨きがかかっているように見受けられる。


「……いえ――コホン、アイナ達はどうでしたか?」

 

 ローザは一つ咳払いをして、そんなリュウに質問を告げた。

 ギルドが大きくなり、その性格と立場から少し恐れられているようなローザに冗談めいた口調をきくものも、今ではリュウとキャル位になってしまっていた。


「ん? あぁ、あいつらなら情報収集が終わった後で、ジンのところに行って例のやつだ……珍しくアイナが人見知りしていないみたいだし、よくあんな奴を見つけたな?」


「正直、合う合わないはわかりませんでしたが、条件に沿うのが彼しかいませんでしたから……ただ――」


 腕を組んでそう言うリュウに、ローザは少し微笑ましげに応える。

 そして、続けた。

 

「彼に、トールさんに少し、似ているそうですよ」


「……そうか」


 フェイルが、それに短く答える。少し寂しそうに見えたのは、ローザの思い過ごしではないだろう。


 リュウが、そんな二人を、無言で見ていた。

 この巨漢は、見かけによらず気遣いが多い。

 そんな彼だからこそ、ローザも信用していた。そして、感謝している。彼女が行ったことには何も言わず、ただ愚直に、フェイルの下でギルドを支えて続けていたことに対しても。


 決して、道が永遠に分かたれたわけではなかった。だが、彼は、トールはまだ戻っては来ないだろう。


 トールは、彼女達のもとから去っていった。

 対して、ギルドをまとめるものとして、復讐という負の方向に力を向けるわけには行かなかったフェイル。

 

 ローザは、その決心にとって無関係ではなかった。

 様々な角度からフェイルにしか行うことができないことを見せ、そしてギルドとしての仕事を引き受け、フェイルがそれを見捨てることができないように画策した。

 その結果、彼が必ず正しいとされている道を選ぶだろうと信じて。――そして、実際彼はそうした。


 その後、フェイルが迷いを感じさせることはなかったが、きっと、心の中ではトールと共にありたかったのではないだろうか。

 そうさせなかったのは自分、という思いはローザの中にしこりのようなものとなって残っている。


 ……トールを、友人が愛した人を独りにしてよかったのだろうかと、そして、自らが愛している人を縛ってはいないだろうかと。


 だがそれでも、ローザは彼がトールと共に行く事を避けたかった。

 …………フェイルが、トゥレーネのように永遠にいなくなってしまうのではないかということを、ただ恐れた。


 トゥレーネが死んだあの日ほど、人のことを羨ましく、そして自分自身への無力感を感じたことはない。

 あの時、彼女がその身を呈さなければ、フェイルも、トールも死んでいた。


 共にいたローザには、打開する(すべ)が見いだせなかった。

 ただ、唇を噛み締めて、彼女が飛び込もうとするのを止めただけ。フェイルの謝罪を聞いた時の、あの力が失われていく感覚と、その後のトゥレーネの行動、トールの叫び。

 そんな中、失った哀しみに混じって、失わなかった安堵と、そして醜い、気付きたくない感情がローザの中には確かにあった。


 陽だまりのように微笑う彼女が、そしてその笑顔の裏にあった強さが、眩しく、愛おしかった。

 だからこそ、余計にそうであったのかもしれない。


 そしてそんな彼女、トゥレーネが愛した、純粋に人として、男として、許せないもののために自らの全てを戦いへと投じていったトールの事も想う。


 彼が、PKを狩るプレイヤーとして存在している。

 その事実が、攻略を目指し、そして秩序のないこの世界での警察のような役目を果たしている『銀の騎士団』を含む三大ギルドと同等に、時にPKに駆り立てられるプレイヤーの抑止力となっていることは間違いがない。


 元々、この『Babylon』において、PKは忌み嫌われると共に、それ以上の()()()も存在した。

 おそらく、開発者の一員であった彼は、その事実を知っていたのだろう。


 しかし、言わなかった……それとも言えなかったのか。


 

 《プレイヤーを狩る事によって得られるアイテム、そして経験値は、同レベルのモンスターを倒すことに比べて遥かに見返りが良い》



 そんな噂が流れ、そしてその事が事実であると認められたのは、約一年半ほど前になるだろうか。

 実際、あの日、一人のレッドプレイヤーを倒したフェイルの経験値は、格段に上がっていた。


 それこそ、格上のモンスターを一人で倒したかのように。


 そして、その事実が、全体から見れば僅かとは言え、決して少ないとはいえないプレイヤーを狂わせた。


 トールがひたすらに追う、PKギルド『虚無の楽園(ニルズ・ガーデン)』総長ニル、そしてその弟という副総長、シェイド。


 『虚無の楽園』の隠れ家を見つけた、という連絡がトールからあったのは今から半年ほど前だろうか。


 その時だけは、ローザもまた、彼の考えに従おうと決めていた。

 しかし、ちょうど区切りの50層クリアを目前としていたフェイルは、その呼びかけに赴くことはなかった。


 ……いや、これもまた、ローザが何かをする必要もなく、駆けつけられる立場になかった。そういった方が正しいだろうか。



 初期から共にいたネイルが『銀の騎士団』を抜けたのはその時だ。



「君たちのやっていることは、向かっている努力は、尊いことだと、間違い無く正しいことだと僕も思うよ」


 抜けるという話を終えた後、ふとローザにのみそう言って、だが、こうも付け加えたネイルの言葉は、まだ心のなかに残っている。


「……ただ、君がフェイルを想うように、僕もまた、トゥレーネのことが好きだった。……トールの気持ちが分かるとは言えないけれどね。そのトールは今、独りだ。その哀しみも、痛みも、熱さも、誰にもわからない。だから、僕は行くよ。誰がなんと言おうとも、どんなに自己満足だと言われようとも、男が女のために戦うことは、僕にとっては正義なんだ」


 そして、少なくはない犠牲を出しながらも50層クリアの報に街が湧いていた頃。

 彼女達、あの日のメンバーに、協力に向かったプレイヤーと共に奇襲に成功し、『虚無の楽園』メンバー多数を捉え、シェイドを含む数人を討ったという、連絡が入った。


 直接の仇を、彼らは討ったのだ。


 ただし、ニルは未だ、この狭く広い『Babylon』世界のどこかで、まだ自由を謳歌している。


 『虚無の楽園』総長にして、PKプレイヤーのカリスマのようになっているニル、まだローザが姿も知らない彼を……そう、殺すまで。

 きっとトールはフェイルと共には歩かない。


 そうして、思いを馳せていたのは一瞬であったのか、それとも少しの間沈黙が降りていたのか、ローザにはわからない。


「……それにしても、この間のアイナの言葉には、少しだけ勇気づけられたな」


 ただ、ローザは過去に向けていた意識を、そんなフェイルの言葉によって引き戻した。

 そして、呟き、トールとトゥレーネに、一番可愛がられていたアイナの事を考える。


「そうですね、本当に……」


 思いが過去に馳せるのは、二年という区切りがそうさせているのか、それとも攻略前の高ぶりなのだろうか。



『……私は、先生になってみたいんです』



 それは、ふとローザが現実のことに対してアイナに教えていた時に彼女が漏らした一言だった。この閉じられた世界で、一日を生きていくために思考をこらしていたローザにとっても、その時共にいたフェイル、リュウ、キャルにとってもはっとさせられた一言。


 未来を思い描き、語る、二年前までは気にもとめない、普通の一言。


「そう……なら、頑張らなくてはね」


 ローザは、その一言に、自然とそう答えていた。

 アイナは、現実にいれば、高校生になった頃だろうか。

 ここにいて、日々を戦いに投じているが、彼女だけではなく、皆、そればかりではいけないのかもしれない。いや、いけないはずなのだ。

 時が過ぎ、どこかでここの生活に慣れてしまっていた自分。

 現実のことが、まるで夢の中のことのようで、今のこの状況が普通になってしまってはいなかったか。


 リュウが、その手でアイナの頭を優しく撫で、そしてローザ達に向けていった。

 

「いい話じゃねーか。未来ってのは、希望だ。希望ってのは、生命だ。……忘れてたな、俺たち大人の仕事は、ガキの未来を守るもんだってのを」


 そして、そんな事から探していた彼女の教師役が、少しトールに似ていたということも、世の流れというものなのだろうか。


「まぁ、俺はその点に関しては何の力にもなってやれんが、アイナがよく笑うようになったのは良いことだ。副長、あんたにとってもな」


「そうかもしれませんね」 


 リュウの言葉に、ローザは頷いた。

 ふとした空いた時間に、かつて学んでいた事をアイナに教える。

 その時は、『銀の騎士団』副長のローザではなく、ただ、普通の日々を過ごしていた、大学生であった頃の彼女に戻る気がしていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――――。



 そんな風に、取り留めもない言葉をローザ達が交わしているところに、三人同時にメッセージが届く。



 それは、終わりを告げる言葉か。

 それとも、始まりを告げる言葉か。



 《ニルの居場所を見つけた》


 

 三人が同時に目にしたそれには、懐かしい送り主からの、痛みを伴う一つの報告だった。

 進みながらも分かたれ、止まっていた時計の針が、動きだそうとしていた。



 ~ 『Babylon』開始後 729日目 『銀の騎士団』本部にて ~






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