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一話

 第二部始動です。

 どうぞよろしくお願い致します。


 一部終了から、内部での時間が結構経っているので、二三話現状の説明を会話や回想で補いますが、ご了承下さい。



 目の前の鈍色(にびいろ)の髪の少女が、紅茶の入ったグラスに静かな視線を向けているのを、コーダはぼうっとした表情で見つめていた。

 

(会話……会話の糸口は何か無いんか?)


 先程から無言を貫く、美少女と言っていい顔立ちの彼女を前にして、コーダの頭を浮かぶのはその疑問ばかりである。

 あまり見つめていると、自然、少し俯く少女の胸に目が移りそうになり、慌てて右を向く。それも先程から繰り返す一連の動作だった。

 窓に間抜けな顔をした自分が映るのを見て、視線をまた巡らせるのも同様だ。

 

 茶色の髪を逆立たせ、細目の笑ったような顔。首からは銀の鎖をかけ、肌着をはだけたようなラフな姿は、左側に備える刀さえなければどこにでもいる大学生に見える。


 そして、実際にコーダは()()()までは何の変哲もない、数学を専攻する大学の一回生だった。

 そのことが、今こうして目のやり場と会話の糸口に困る少女と対面でいる理由でもあるのだが。


(副団長……早よ来てください、自分にはこのミッションは無理っす!)


 自分を呼び出しておきながら遅れている才媛に心の中でそう叫びながらも、でもこうしているとデートみたいとちゃうか? 等という思いもあり、そして普段は適当に漏れ出てくる言葉がいざというときには一言も出てこない、そんな自分のヘタレさに内心落ち込むという、忙しいコーダだった。


 そんな時、目の前の少女の顔が、ぴくりと反応する。

 その視線が斜め後ろの二人組へと向かうのを見て、コーダも釣られてそちらに首を向ける。


「あぁ、それはきっと『黒の死神』だな。黒い虎を使役してたんだろ? なら間違いない」


「『黒の死神』? なにそれ?」


「知らないのか? 有名なPKKプレイヤーキラーキラーだよ。初期から前線にいて、今の状態に慣れるまでフィールドには出なかったほとんどのプレイヤーには馴染みがないが、古参じゃ知り合いも多いっていう」


 目の前の少女が、二人組の会話に耳をすませているのが判る。

 どうやら、話の取っ掛かりができたらしい。

 そんな事を深く考えずに思いつき、コーダは少女にこれ幸いと声をかけた。


「意外やね、アイナちゃんもそういうのに興味あるんや。冷徹で、人なんか一飲みするくらい大きいっちゅう噂の黒影虎を引き連れてPKを行ったものをどこまでも追うプレイヤー、『黒の死神』。安易な名前やけど、それが逆に怖さを引き立てるよな……どんな奴なんやろうな?」


「………………」


「まぁ、凄腕のPKKて言うても結局ただの人殺しやもんな、ろくな奴とちゃうか……一体、どんな心境で人を殺したりなんかできるんやろうな? ホンマに信じられへんわ」


「………………」


「なあ、アイナちゃんはどう――――」


 コーダからすれば、あくまで噂の一端。

 娯楽というものの少ない、この世界においてのゴシップを話すのは、悪気があった訳ではなく、初めて少女が反応を見せた、探し求めていた糸口を広げようと必死だっただけにすぎない。


「……帰ります」


「………………へ?」


 だからこそ、少女が初めて発した言葉と、そのこちらを見つめる目の奥に激しく渦巻く感情に絶句したコーダが、全面的に悪いというわけではなかったのだろう。


「……いやあのでも、副団長が……『黒き死神』の事が気に触ったんか? ごめ―――」


「…………っ、さんは」

 

 ガタっと席を立ち、背を向け外へ出ようとする少女を、混乱しながらも呼び止め、謝ろうとしたコーダは、振り向いた少女から出たその絞り出すような声と、その瞳に溢れそうな雫をみて、再度言葉を失う。


「……『黒き死神』なんかじゃない……トールさんも……クロちゃんも! ………………何も、何も知らないくせに適当なこと言わないでっ!!」


 そして、今度こそ完全に拒絶を背に表し、店の外へ出ていく。

 周囲でざわつく言葉も、他の何ものも、コーダの耳には既に入っては来なかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 


(やっちゃった……)


 アイナはあてもなく街の裏路地を足早に歩きながら、そんな事を思っていた。

 元々は、アイナの事情で来てもらったにもかかわらず、ひどいことを言ってしまった。


 彼が悪いわけではない、きっと、意味がわからず、唖然としているだろう。もしかしたら、怒ってしまったかもしれない。

 普段は引っ込み思案なのに、かっとなってしまったら止まらない。そんな自分に自己嫌悪を感じる。


 ……でも、それでも、とアイナは思う。


 ローザに呼ばれたというコーダという青年との時間に、元来の人見知りから少し戸惑っていたアイナにとって、ふと耳に飛び込んできたその話題は、心を締め付けるような記憶と、そして心が暖まるような思い出とを同時に呼び覚ますものだった。



 ――トールさん。クロちゃん。 

 ――良かった。まだ、生きてる。ここに、いる。



 ただ、嬉しかった。

 たとえ道が分かたれてしまった今でも、その無事を喜び、これからの無事を祈る。

 彼らがどう生きているとしても、それが非難されるものだとしても、自分だけはそうありたい。


 だからこそ、先ほどの言葉だけは、彼の()()()()がわかったからこそ、我慢ができなかった。

 でも、先ほどのコーダの言葉は、確かに何も知らない人間にとっては、当たり前の感情だろう。

 特に、一時期の犯罪者プレイヤーの急増と、それをギルドに属することもなくただ狩り続ける『黒き死神』の噂は、既に都市伝説のようにもなっているのだから。


「――――ナちゃん! アイナちゃん!」


「え……?」


 そんなことを考えながら、もう帰ろう、と気を取り直したアイナは、背後から聞こえた声に立ち止まった。


「コーダ、さん? どうして……?」


「はぁ、はぁ、…………どうしてとちゃうよ、そら、あんな去り方されて後追わん訳ないやん。正直ちょっとは迷ってもうたけど、しかもそのせいで意外と足速くて見失ってまうし」


 余程必死に走ってきたのか、アイナの疑問に息を切らせながら答えるコーダ。

 そして、何とか息を整えたコーダは、すっ、と腰を折り、深々と頭を下げる。


「…………あのな、ごめん。ほんっとうにごめん。謝る。この通りや」

 

 コーダは必死だった。頭をこすりつけるかのようにして謝罪を述べる。


 最初の半年はフィールドに出ることなく暮らし、その後は少しずつ探索されて情報も出尽くした後のダンジョンに潜ることはあれど、クリアへの貢献はしなかった。そしてそんな自分に嫌気が差して『銀の騎士団』に入ったのが一年前。


 最初の混乱からの一年間で、様々な出来事があったということは知っている。

 ただ、その事が目の前の少女と結びつかなかったのは、自分の想像力の無さと無責任さだった。


 アイナも、最年少であり、目立つタイプではないため失念されがちだが、初期からのギルドメンバーの一人なのだ。そして、そんな彼女にとって他人が簡単に踏み込んではいけない場所を、自分が踏んでしまったのだと、朧気な頭で理解した。


「……もう、いいです。あの、頭、上げてください」


 どれだけ頭を下げていただろう。おずおずと、というのが一番正しいような、頭上越しにかかるその声に、コーダはそっと顔を上げた。俯くアイナの申し訳なさそうな顔が見える。

 

(さっきとはまたえらい違いやな)


 完全に嫌われたかと思っていたコーダがそんな事を考えていると、アイナが意を決したように頭を下げた。そしてたどたどしくコーダに向けて言葉を発する。


「私の方こそ……急に、怒鳴っちゃったりして、すいませんでした」


「いやいや、ええて、謝らんといて。俺が無神経やったんやし……その、ごめんな」


 そして、謝罪の言葉とともに反射的にコーダも頭を下げると、お互い頭を下げ合うおかしな形になった。


「……ふふっ」


「くっくっ……」


 そして、それに気づきたまらず二人ともに笑いが出る。

 その笑顔に気を取り直し、コーダは改めてアイナに声をかけた。

 

「……なぁ、とりあえずさっきのとこまで戻ろうや。副団長がもし来てたらえらい怒られそうや。俺あの人には頭上がらんねん」


「ふふ、そうですね」


「…………」


「? どうされたんですか?」

 

 そう答えると、頭を掻きながら少し口ごもったコーダに、アイナは尋ねた。


「いや、な。ようやく普通に話してくれたな、思て」


 コーダはそう言って、照れをごまかすように歩き出す。

 アイナは、それを見てくすりと笑った。


(少しだけ、似てるかも)


 そして、ふとそんな事を思う。

 あたふたしたところや、ふとした空気が、彼と似ている部分を感じる。

 今は亡き彼女とともにあり、照れをごまかすように、面倒そうな、でも優しい雰囲気で近くにいてくれた、現在は『黒き死神』と呼ばれる青年に。


「……ん、何? 何か俺の頭についてるか?」


 またしても回想に入り込んで視線をやっていたアイナに、コーダが怪訝な顔で尋ねる。


「いえ……少しだけ、コーダさんが私の知り合いに似ている気がしたので」


 首を振り、アイナはそう答える。

 そのアイナの様子に、コーダは少しだけ迷うような素振りを見せ、口を開いた。


「さっきの……トール、さん? やったか、その」


「…………はい」


 歯切れ悪く言葉を紡ぐコーダに、コクリとアイナは頷く。


「……そうか」


 それだけを言い、また、コーダは足を進めた。聞きたい気持ちは大きかったが、さすがにさっきの今でその件について触れる勇気はコーダにはない。

 だが、その背中を見て、同じように後に歩き始めたアイナは、ポツリと呟いた。

 

「……昔、お姉さんみたいな人がいたんです。綺麗な、とてもふわふわしたひだまりみたいな人が」


「そうか、その人は……」


「もうだいぶ前に、亡くなりました。私達の、目の前で」


「…………その話、俺が聞いてもええん?」


「さっき、怒鳴っちゃったことに関係することですし、もしも、聞いてくれるなら……」

 

 そう、少しだけ不安そうな光を目にたたえたアイナがそう云うのに、コーダは頷いた。それをみて、アイナは口を開き始める。

 もしかするとずっと、あの頃を知らない、トゥレーネのことも知らない誰かに、アイナは伝えたかったのかもしれない。


 トゥレーネが隣にいて、不器用な彼もまた傍にいて、そして頭上にはいつもクロの温もりと重みがあった。

 当たり前だと思っていた、でもかけがえのないものだったあの日々は確かにあったのだと。


 訥々(とつとつ)とアイナは言葉を紡ぎだしていく。

 もう届かない日々を懐かしむように、届かないことの痛みを、噛み締めるように。



 『銀の騎士団』の初期の頃の話を、そして、『黒き死神』が生まれる起因となった一日のことを。



 ◇◆



「――あの時。トゥレーネさんの体を、とても、とても優しくトールさんが抱きしめて…………そうして、あの人は、笑って逝きました」


 そう、あの人は、嘘のように幸せそうに微笑って、逝けたのだ。

 愛する人の腕の中で、愛する人を守った誇りを胸に抱いて。


 あの時、動かない体で見た光景の一部始終は、今でも瞼に焼き付いている。


「……そして、その笑顔が消えた時、何か、彼の中で壊れた音が聞こえた気がしました」


 彼等は、ただ、無言で立ち尽くしていた。


 ライトエフィクトが消えて、彼女の存在が消えた時も、消えてからもずっと。


「まるで、そこに立ち続けていれば、それがなかったことになると、笑ってトゥレーネさんがどこかから顔を出すんじゃないかって、信じてるみたいだった…………ううん、今でもそう思う、本当にそうであったら良かったのに」


 リュウやネイルが追いついてきて、何があったのか尋ねる間もずっと、彼等はそうしていた。

 事情を聞いたネイルが、何も言わずにトールを殴るまで、時が止まったようだった。


 その後、一旦街に帰還することになった後も、街に帰還してからも、アイナだけではない、フェイルもローザも誰一人として、トールに声をかけることができなかったのだ。

 

 たった、二ヶ月の間に過ぎなかった。

 もう、その十倍もの間、アイナ達プレイヤーはここに閉じ込められている。失ったものも、得たものも、現在(いま)のほうが多いはずなのに。


 それでも、アイナはその日々のことを昨日の様に思い出す。


 ――ダンジョンを抜けて、一休みする時。


 ――『満月亭』で、ジンさんのご飯を食べている時。

 

 ――長く短い一日が終わって、家に帰って、今日もまた生き延びたと、まだ生きていると思う時。

 

「私たちは皆でフィールドを歩いてて、トールさんに寄り添ったトゥレーネさんが幸せそうにはにかんでるんです。それにいつまでたっても慣れないトールさんが照れるから、そのことをローザさんやネイルがからかって、リュウさんとフェイルさんがやれやれって…………私もそれを見て笑うんです」

 

「あぁ……」


 コーダは、その風景を知らない。

 だがしかし、そう語るアイナの目の奥に、確かにその風景が見えた――――そんな気がした。


「大丈夫だって思っていました。こんな日々が続くって、そう思ってたんです」

 



 『一緒に現実に帰ったら、皆で集まって、パーティをしましょう』




「トゥレーネさんがそんな事を、そんな夢みたいなことを言って、そしてそれを本当に信じることができたんです」


 そう言って、アイナが微笑(わら)う。

 その微笑みが、自分より年下の彼女が浮かべるには、あまりに大人びすぎて、コーダは相槌(あいづち)の言葉すら失った。


「今は『黒の死神』なんて呼ばれて恐れられてるトールさんがいて、フェイルさんも、ローザさんも今ほど大きくなかったギルドの中でずっと一緒にいて、リュウさんも、別のギルドに行っちゃったネイルも。皆、皆笑って一緒にいたんですよ?」


 そんなコーダを見て、アイナは更に言の葉を進めた。

 他ならぬ無口なアイナがそうして語ること。

 それだけで、その日々がどれだけ彼女にとって、いや、その場にいた全ての人間にとってかけがえの無いものであったのかが伝わる。


「私はね、そんな皆が大好きだった。私はあんまり喋るほうじゃないし、その頃は、もっとそうだったけど……そんな私はトゥレーネさんと手をつないで買い物をして、クロちゃんはまだ全然小さくて可愛くて、そしてトールさんは文句を言いながら付き合ってくれて―――」

 

 あふれる思い出がそうさせるのだろう。

 アイナの言葉は途切れ途切れで、それでも止まることはなかった。


「……何も知らん俺が何を言うって感じやと思うけど、きっと、素敵な二人やったんやな」


 コーダは、そう、呟いた。

 アイナの口から言葉が出るごとに、そして何か形にできない思いが、心のなかに芽生える。


 コーダがギルドに入ったのは、当初の、人が大勢死んだ時期の随分後のことだった。

 勿論、ここの世界に人が慣れた今でも死人が出ることはある。

 石碑の数が、減っていくことに恐怖を覚えることもあるし、ギルドの先輩が姿を消し、その最後を聞くこともある。


 しかし、ある時から運良く前線に出られる力を得たものの、まだまだ経験的に中堅プレイヤーとしてボス戦やひいては重要な場に出ることはなかったコーダは、身近で人が死ぬということを、この世界で運がいいことに、見たことがなかった。

 

 アイナは、この少女は、今までどれだけの悲しみを見てきたのだろうか。

 どこか、他人が頑張るうちに生き抜いていれば助かるのではないかと、漠然と考えていたコーダは初めて思う。

 ここから抜け出すため、自分にできることは無いのかと。


 今日この日、ふとした偶然から、鈍色の髪をした、小さく強い少女と出会ったことで、彼の運命の歯車は急速に回り始めることとなる。


 『Babylon』の世界が始まって、二年の歳月が経ち、現在、ここに暮らす人々の数は、かつての人数から四分の一が失われていた。

 ――その数は、果たして多いのか、それとも少ないのか。


 そして、その失われたものの上で、時間の中で、『Babylon』はここに在る。

 秩序まで生まれた、一つの閉じられた世界として。



 お読みいただきありがとうございました。

 励みになりますので、今後共、よろしければ応援お願いいたします。


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