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十話


 その場所は、『迷いの森』というありきたりな名前で呼ばれていた。

 適正とされるレベルが同程度の他のダンジョンと比べると、出現するモンスターはそこまで手強くはない。ただ、難易度は最も高いとされている。


 少し見ただけでは、見るからに迷路のようになっている『塔』の内部に比べれば、ただの普通の森が淡々と広がっているだけの様に見えるだろう。

 しかし、一度足を踏み入れた者は、すぐに理解する。


 ――――ここは、確かに『迷いの森』であると。


 前後左右、どちらへ目を向けても同じような景色が広がっている。同じように生い茂った樹々が、厳密な計算に基づき配置されており、完全に真っ直ぐ進むということも許されない。


 職業上、性質上探索に優れている俺でさえ、戦闘の後には落ち着かなければ方向を見失う。万一乱戦になれば、相当連携がとれていなければ非常に危険な状態になるだろう。


(……今の状況で、ここに来なければいけないなんてな)


 内心で、そんな事を考える。

 俺は、出現するモンスターについては把握できているが、フィールドやダンジョンについては他のプレイヤーと殆ど変わらない。あまり役に立たない場所のことを知っているくらいだ。

 そしてこの場所は、そのダンジョンの特徴から、難易度が高いと言われている場所。そして、出現モンスターも質と言うよりは量がものをいう。


 迷いやすい場所で、ひっきりなしに湧いてくるタイプのモンスター。

 ……やはり、少しでも先輩たちを止めておくべきだった。そんなことを思い、そしてこの状況でも現実の頃を思い浮かべる自分に、俺は少しだけ苦笑した。


 犯罪者プレイヤーの存在。

 死んだらそこで終わりという状況。


 どちらか一つでも十分であるのに、両方共揃っている。そして、時期を待てば状況が好転するというものでもない。むしろ、急がなければならないのだ。

 俺たちは、そう決めたのだから。


「……トール?」


 フェイルが、近づいて声をかけてきた。俺は、それに対して問題ない、と首を振る。そして、周囲の六人を見渡した。ここに来てから早二ヶ月が経とうとしている。おそらくこれがただのMMOであれば、こんなに信頼することや、共にいてほっとするというようなことはなかったであろう。しかし今では無くてはならない、見慣れた顔ぶれだ。


 今、ここには俺達を含めて十組のパーティがやってきていた。今回は、六名のパーティではなく七名であるのは、人数的な問題と、後は案内役となるための俺のような存在を、メインの戦闘から離すためということがある。


 そこまでして、俺達がここに来ているのは、先日フェイルと話した内容と関係するものだった。

 その時に決まった方針は、出来る限り『攻略』を優先して進んでいくということ。


 『牢獄』からの脱走を許して以来、現状攻略を行なっているプレイヤーの状況は、犯罪者プレイヤーへの対応と、命題である『塔』の攻略のそれぞれが中途半端な状況に陥っている状態であった。

 そして、その二つの事柄は重要度に関してはどちらもこの世界に生きる今の俺たちにとっては変わらないが、これからの俺達にとってという意味では少し変わってくる。


 攻略を進め、クリアしていけばもちろんこの世界は広がっていき、現実世界への帰還へと近づくというモチベーションとなる。そしてドロップするアイテムなどという面でも、前線にいるリスクの分の見返りは大きい。

 しかし、犯罪者プレイヤーを捕らえるということは、そのリスクとは反して直接現実への帰還とは無関係である。むしろ、妨げといってもよかった。潜伏先を指定できれば別だが、現状ではその為にさける人数も余裕が無い。


 もちろん、安心して中級のプレイヤーや生産職がフィールドに出ることが出来るために、そして生活するという面でも、今後の展開のためにも疎かに出来ることではないが、まずはある程度先に進むということを優先するということになったのだ。


 そして、そう決めた理由の一つに、塔の次の階層へ進むための言霊の情報が発見されたとの報告が上がった。その結果として、俺たちは今ここにいる。


 今の編成は戦士に加え、回復ができるようになった『聖騎士』のフェイルに、魔法剣士と言えば理解しやすいだろうか、『竜騎士』となったローザ。それに『重戦士』のリュウ。回復役のアイナも攻撃力は決して弱くはない。後衛型であるトゥレーネは、詠による支援に優れているし、ネイルは持ち前の火力に加え、呪術士の特性も加えた支援も行える『魔導師』となっていた。


 皆、この一月以上前線で戦い続けた高レベルのプレイヤーだ。他のパーティの人間たちも、このゲームが始まってから攻略することを選び、またデスゲームの始まりを告げる鐘がなった後も、前線に居続けることを選んだプレイヤー達である。


 レベル的にも経験的にも、余裕を持ったプレイヤーのみで今回は訪れている。危険は少ないはずだった。それでも、俺は朝からどこか嫌な気がしていた。胸騒ぎなどというものを感じることは、あまりないのだが。


「……考えすぎないほうがいいよ、君はトゥレーネを守ることだけ考えていればいいんだ」

 

 何故だろう、普段の言動はともかく、時々言われる言葉は、不思議とすっと入ってくる。そんなネイルの言葉に、俺は頷く。

 

「そういう事だ、難しいこと考えるんじゃねぇよ、道案内は任せたぜ」


「予測するのはいい事ですが、それで足が止まるのはよくありません。お互い気をつけましょう」


「…………私も、頑張ります」

 

 ネイルに加え、他の面々もまた声をかけてくれる。全くだ、いつからこんなに気を遣われるようになっているんだか……そんな事を考え、俺は少し笑ってしまう。

 

「そうだな、すまん」


 そして俺はそう答え、周囲を警戒しながらも、少し落ち着いた気持ちで奥への道のりへと足を踏み出した。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 ここまで、数多く現れるモンスターに閉口しながらも、事前の対策のお陰でそれほど苦戦することはなく、俺たちは進んでくることができていた。今のところ、発見したとの報告は来ていないが、通常のモンスターとは違い出現の範囲には制限がある。


(――そろそろ、見つかるかもしれないな)


 そんな事を考えていた俺がそれに気づいたのは、『迷いの森』の最奥部の少し手前まで来た頃のことだった。

 

 奥に進むにつれて、ここに来ているパーティは少しずつ最奥部へと集合していく形になる。

 フィールドと異なり、ここではいつでも転送を行えるわけではないため、最終的にはここに来ている人間たちは皆その場所へと向かうことになっていた。

 その事を示すように、俺は先ほどから、共にここに来たパーティの反応を捕らえている。


 ――――そして、今、それに近づく複数の識別できないプレイヤーの反応があった。

 探さなくなった途端に現れるのは、はたして摂理とでもいうものなのか。


「フェイル!」


 その指し示すものに思い当たった俺は、即座に注意の声を放つ。

 首筋を、冷たいものが(よぎ)っていた。

 

「何があった?」

 

 俺の声に危機感を感じ取ったのか、フェイルが即座に反応する。


「ここから西側にいるパーティに、俺の知らないプレイヤー達が近づいてる」


「……っ! それは―――」

 

 何事かと身構えていた全員が、その言葉に顔色を変えた。その意味をわからないほど鈍いものはこの場にはいない。


「トール、そこまで案内できるか? ローザは他のパーティにも連絡を――」


「……今、しています」

 

 フェイルがそう言うのにローザが答えるのが聞こえる。俺はその言葉に頷くのも疎かに、その場へと急いだ。できるだけ最短で辿り着く道を模索しながら。


(……もうすぐ、もうすぐだ)


 背後に付いて来る皆が遅れないような速度で走りながら、俺は焦りを感じていた。

 先ほど、反応が二つ、消えた。――今もまた、一つ。

 

(この状況で、俺たちだけで行って、どうにかなるのか……)


 焦りが、焦りを呼び思考が乱れる。

 それでも、見過ごすこともできない。


「……見えた!」


 俺は、ようやく目視できたそれに、声を上げる。


 円を描く様に取り囲むのは十五人。対して中心に残っている人間は三人。木を背にして、構えを見せているが、その目には恐怖が揺れている。

 中にいるうちの一人が倒れ伏していた。その頭上にはもう、HPを表すゲージは残っていない。


 それは、何度か顔を合わせたことのある戦士の男だった。最後に目が合う。光が少しだけ、灯ったように見えた……果たして彼は、何を伝えようとしたのか。

 彼が何か口を開いたように見えたその時、光と共にその姿は消え去った。


「…………!」


 その感情は怒りか、憤りか。フェイルが呼気と共にその中へと身を躍らせ、包囲を切り裂く。遅れずにローザもそれに続き、ネイルとトゥレーネは、詠唱を唱え始めた。

 俺とリュウはそれを守りながら、回復呪文を準備するアイナと共に、周囲を見渡す。


 空気が、重かった。

 数本の矢。別方向から音もなく飛んでくる、気配とも呼ぶべきであろうそれを感じ取れたのは、ここに来て幾許(いくばく)かの戦いを経験したからであったのか。

 咄嗟に前に出た俺は、構えていた双剣で何とか弾いた。それでも、完全に受け流すとはいかず、HPが少し削られてしまう。


 そして、意識を戻した目の前には二人。さすがに攻撃を飛び退いてかわすのが精一杯だった。それでも執拗に狙ってくるその攻撃に、リュウの大剣が割り込んだ。

 その間に対象を変えたトゥレーネとネイルの呪文が吹き飛ばす。


 先行して飛び込んだ二人は、傷ついた三人のプレイヤーをかばうように剣を構えている。

 呪文で吹き飛ばしたことで乱れた隊形を縫って、離脱の動きを見せようとしていたが、しかし、突然の闖入者である俺たちを遮るように、すぐに隊形が整った。

 不思議な程に統率がとれている。数人ずつが、あたかも一匹の獣のように、うねりを上げて俺たちを襲ってきていた。


 A・Iによって動いている行動パターンのあるモンスターの動きとは、明らかに異なるもの。それは、同じくここに閉じ込められたプレイヤー達。

 おそらくこの世界が始まって以来、初めてになるパーティー同士の戦闘が、そこにあった。


 この場所が、あまり広さのない場所であったのは幸いだったかもしれない。レベルはおそらくこちらのほうが上とはいえ、数は向こうのほうが多いのだ。

 そして、戦闘になれば索敵に優れているとはいえ、俺でも周囲にいるプレイヤーの反応を追いきることができない。

 ただ目の前の敵に対処するしか無いのだ。

 

 そんな思考も束の間、薄暗い森の中で、乱戦が始まった。



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