七話
ギルド・銀の騎士団本部から少し離れた場所にある建物。
高い塀に囲まれたその敷地の周囲には、人影は少ない。
『牢獄』
その場所は、そう呼ばれていた。
誰が言い始めたのか、『生命の石碑』と呼ばれることになったカウントがある『神殿』と同じく、元々このバベルの街に存在する建物である。
言わずと知れた、運営もしくはプレイヤーに囚えられた犯罪者プレイヤーを隔離するための施設だ。
この場合、犯罪とされる行為はPKと禁止行為がそれにあたる。
ただし、この二つは同じようで異なるものだ。
PKを行ったプレイヤーは、犯罪者プレイヤーとして扱われるものの、ゲームとしての禁止行為ではない。
あまりに固執した、例えば特定の初心者プレイヤーのみを狙うようなものはともかくとして、プレイヤーに対する攻撃や、パーティー同士での戦闘がある以上、それ自体は褒められたものではないものの認められたものではあるのだ。
……最も、この現実と化した世界では、どちらの罪が重いかは、言うまでもないが。
ちなみに、禁止行為を働いたものは黄色のマーカー、殺人行為を働いたものは赤色のマーカーが頭上に表示されることになる。
本来、この場所に入れられたプレイヤーはログアウトするのが通常の行動であるはずだった。何故なら、外部から開かない限り、その場所からは出ることができないのだから。
ただ牢獄で暮らすためにログインするような酔狂な人間でもない限りは、そうするのが普通であろう。
そして、プレイヤーからの要望を受け、調査した運営側より削除されるということがなければ、確認の上、長くとも一ヶ月程で開放されるのが仕様であった。
しかし、現状、そのどちらも行われることはない。
……その結果として、三大ギルド管理のもと、現在、武器や防具等の装備を剥奪された37名の犯罪者プレイヤーがこの場所に囚われることになっていた。
この状況でなお、この中に入れらることになったプレイヤーの数。この数字を、少ないと見るか、それとも多いと見るか。
――その判断を下せるものは、この【Babylon】の中にはいない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
その男は、平凡な容姿をしていた。
黒く短い髪に黒い目。体格も中肉中背、というのがその男の外見を表す言葉。
このゲームの中では珍しい程に普通の外見をした、それこそ人混みの中ではあっさりと埋没してしまうであろう彼は、その建物の前に立つと、何かを堪えきれないかのように、口元を歪めるように哂った。
もしも、その笑みを見た者がいたならば、すぐに外見からの彼の評価を改めたであろう……どこか、異様なほど寒々しい雰囲気を持つ男だと。
そして、男はすぐにその表情を改めると、元の真面目な顔をして中に入っていく。そこでは、二人の男達がお茶を飲みながら話をしていた。装備や服装からすると、戦士系と錬金術師の二人組のようだ。
ログアウトできない、ということは、ここで生活する必要がある、ということである。
そしてこの世界でも、空腹は存在する。
その結果として、ここを管理することとなったギルドのメンバーが、交替しながら二人一組で食事などの用意等を行なっているのであった。
そして、男もこの二週間程ここの担当になっており、彼等――戦士系の男がセイム、錬金術師の男がエクシズといったか――とももう何度も出会ったことのある顔見知りであった。
セイムが、男に気づいて話しかけてくる。
「あぁ、交代か。すまんな……ん? 今日はあんた一人かい?」
「いえいえ、皆に公平な仕事ですからね。……あぁ、もう一人はすぐに来ますよ、何でも少し外せない用事があるとかで、私だけ先に来たんです」
そう、男はセイムの労いと疑問に答えて、にこやかにエクシズにも会釈をする。
「あぁ、お疲れ……そう言えば一昨日は何か騒ぎがあったようだが、なにか聞いているかい?」
「……いえ、ただ、初めての死者が出たということなので、その対処でしょう。痛ましい、ことです」
エクシズの問いにそう言って、男は暗鬱な表情を作る。
それを見て、つられるように二人共暗い表情になった。
「……どうしてこんなことになったんでしょうね…………あ、ここはもう大丈夫ですよ? 連れももうすぐ来るはずですので、お二人は任せてお休みになって下さい」
そう呟き、そしてふと気がついたように二人に笑いかける男。
攻略も担っているギルドの上層部で決定された、『必ず別のギルドからなる二名以上でないと交代できない』といった決まりも、何度も顔をあわせている現場の人間たちの中では自然と曖昧になる。
そう言われた二人も、その例に漏れず、男の言葉を特に疑う様子もなく、礼を言って去っていった。
そして、その様子を最後まで見送ると、男は先ほどと同じように哂う。
連れの人間がここに来ることは、二度と無い事、そしてここまで全てが上手く回っている事を満足に想いながら。
先程まで二人とと話していた雰囲気とは打って変わった男は『牢獄』のある場所を目指して歩き始めた。
◇◆
「……1ヶ月、1ヶ月もかかった。選別は、もうできているんだろうな?」
男の冷たい声が、その暗い部屋で響く。
「あぁ、兄さん。ごめんよ…………もちろん何人かめぼしい人間にはもう声をかけてあるよ。このゲームを楽しむための、ね」
その声に答えたのは、笑みを浮かべた、この場所に初めて入れられることのなった呪術師の男だった。
囚えられていたはずの彼、シェイドは、共にこの世界に閉じ込められた唯一の肉親にして、幼い頃から忠誠を誓っていた兄によって、先ほど一足先に解放されていた。
彼にとって、幼い頃から常に共に行動していた兄は、様々なことを教えてくれた相手であり、その冷酷さに憧れる人間であった。
久々の自由に、兄が来てくれたことに、シェイドはその笑みを止められていない。
――――何も知らないものが見れば、ただの無邪気な笑みを浮かべる青年に見えたであろう。頭上に、黄色のマーカーがその存在感を表している意味が分からないものであれば。
「ふむ、他の人間はテスト次第か…………さて、シェイド、まずはお前もだ」
「……テスト?」
そんな、唐突な男の言葉に、シェイドは怪訝そうな声を上げる。
その声に、男はニヤリとして告げた。それが、少しづつ大きな笑みへと変わっていく。
「この世界を、本当の意味で楽しむための、資格を得るためのな……あぁ、ここは本当に素晴らしいよ……あんなくそったれな現実とは違って、ここでは能力が全てだ。クックッ――――」
そうしてひとしきり笑いを漏らした後、男は、今度は優しげな顔で、それでいて冷たい声で告げる。
「……なぁ、俺が半端な人間が一番嫌いなのは、弟のお前が一番よく知っているだろう?」
シェイドは、その最後の言葉に、身震いをして頷いた。
「では、まずは手始めにお前の選んだ人間と、つまらないと思う人間にしようか……つまらない上に、ここにいながらこれを拒否するような半端ものは、俺が直々に相手をしよう」
そんなシェイドを満足気に見て、男は、そしてそのテストの内容を告げた……それは――――
そして、男は哂う。
「これは、ゲームだ……楽しまなければ、損だろう?」
結果として、男に従わなかったものは、数名に過ぎなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
トゥレーネの共に謝り、それでも和やかな雰囲気であった俺達にもたらされた一つの報せ。
それを聞いて『神殿』に向かった俺達を迎えたのは、現れてから二週間、変わることがなかった石碑だった。
一昨日、初めてその数字が変化し、『14999』が表示されているはずの―――。
だがしかし、たどり着き、そして黙り込んだ俺たちの前に立ちはだかったその石碑には、こう表示されていた。
『14977』
そして、俺が『牢獄』から人影が無くなっており、その時に配置についていた人間の姿も消えていた事を知るのは、その日、太陽が頂点を過ぎた頃だった。
~ Babylon開始 47日目 現プレイヤー数 14977人 ~