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二話

 

 

「それでは、心ゆくまでもう一つの世界―【Babylon】―をお楽しみください」

 

 柔らかく、心を落ち着かせやすい声、という女性の機械音声を聞きながら、この瞬間、俺は『プログラマー影山透(かげやまとおる)』から『盗賊(シーフ)トール』になった。


 初めに感じたのは、空気。

 

 何と説明すればいいのだろう、街中の匂いでありながらどこか懐かしいとでもいうか。

 土の匂い。

 排気ガスも下水もない空気は、これほどまでに美味しいものだったのかと感じる。


 たとえそれが【Babylon】をコントロールしている人工知能『アル』によって認識させられているものだったとしても、この感覚は、俺がそう感じているというのは事実だ。

 自分が関わり合って存在しているものを体感できているという事に、俺は感動すら味わっていた。


 少しの酩酊感と共に、視界が広がっていくのを感じる。

 目を(つむ)ってまぶたの上から強く押した後のような焦点の合わない感じから、少しずつ、眼前の現実を脳が認識し始める。


 レンガ造りの街並み、そしてコンクリートではない、石畳(いしだたみ)の道路。

 NPCノン・プレイヤー・キャラクターとはわからないほどリアルな、()()が店頭にいる道具屋、武器屋。そして宿屋。


 資料や、実際の映像では部分的に見ていたし、テストでも入ったのでログイン自体は初めてというわけではないのだが、全てのデザインが完成されてからは初である。

 

 開発メンバーのくせに何故かという疑問が生まれるだろうか?

 

 それは、俺がひたすらダンジョン形成のアルゴリズムとモンスターの設定を行なっていたからだ……他のところまで見ることができないほどに。分業制というものだな。

 しかしそのお陰で、現時点、全雑魚モンスターの性質を把握しているのは俺ぐらいのものだろう。A・Iの学習効果があるにせよ、何をしてくる可能性がある、ということが判るだけでも、特に初めのうちは助けとなるであろう。

 最も、肝心のボスモンスターは俺の担当じゃないから知らないのだが……それもこの世界を満喫するにはちょうどいい。


 

「ウインドウ・オープン」


 

 俺がそう呟くと、眼前にウインドウが開いた。

 音声認識システムは正常に作用しているようだ。


「どれどれ」

 俺は早速自分の能力値をチェックした。

 この辺りは通常のRPGと同じく、自分のアバターの能力パラメーターが存在する。


 【トール】 

 盗賊(シーフ) Lv.1

 HP(生命力):158

 MP(精神力):22

 STR(腕力):28

 DEX(器用):45

 AGI(俊敏):48

 CON(体力):15

 INT(知力):25

 WIS(魔力):19

 CHA(魅力):5

 LUC(幸運):55

  ―1/2―


 一ページ目には職種と各種能力値が表示されている。


 基本的な職種は『戦闘系』『生産系』に分けられる。

 『戦闘系』では、『戦士・格闘家・狩人・盗賊・魔術師・僧侶・吟遊詩人・呪術師』の8種類。

 『生産系』では、『鍛冶師・料理人・商人・錬金術士』の4種類が存在する

 これらは、レベルが上がるごとにその上級職の道がひらけ、また、定められたNPCの『言霊』が開放されれば他の職種に転職することも出来る。

 

 その下に表示されているのは能力値だ。

 最大値は、HP・MPが『9999』、CHA、LUCが『100』、その他が『999』。

 戦闘を重ねるごとに得られるスキルポイントを割り振っていくことができ、数値が高ければ高いほど、関係する能力が強くなる。

 例えば、STRの値が大きければ、重量のあるものも装備できるし、攻撃力も上がる。

 AGIが高ければ、素早く行動できる。

 上がりやすい能力値は職種によって異なるため、例えばINTやWISが重要となる魔術師であるのに、STRに割り振り続けると馬鹿みたいに効率が悪いことになる。

 その上で敢えて杖で殴り倒す肉弾専門の魔術師を目指すなら、止めはしないが。 ……実際、時々そういう人々がいるのも知っている、がこの現実感をもった世界ではあまりお近づきになりたくはない。

 ちなみにいうと、CHA(魅力)とLUC(幸運)の値だけは割り振ることはできない。


 簡単な説明はこんな感じだ、わかっていただけただろうか?

 最も、今回のこの【Babylon】では、他の要因にもかなり左右されるため、能力値のみでは実力は測れないのだが。

 そして、今ここで俺が知りたいのは、まさにその他の要因たる次のページにあるであろう情報だった。


 

 【Babylon】では、申込時に『アル』が施行する様々な性格テストを受け、初期設定する職種とは別に、属性・性質・能力パラメータ等が自動で設定される。


 ちなみに、この時、あまりに危険な性格値と見なされた人間は今回のテスターからは外されている。

 今回PK行為(プレイヤーキラー)等も可能とはなっているが、それでも最初からそれに固執したりする人間は入れられないし、一定以上の禁止行為(ハラスメント)はすぐに判定され、頭上に黄色いマークが出ることになっている。しかもその行為を行った相手の承認なしには取り消すことはできない。

 もちろん完全とまではいかないが、『アル』の診断は現状限りなく完全に近いはずであるし、訴えなどがあれば運営側にてアカウントを強制的に削除し、その人物を二度とログイン出来ない様にすることも可能だ。

 

 そして、そこまではいかなくとも、この黄色いマークは本当に目立つ。

 わかりやすく言うなれば、「私は痴漢行為をしたことがあります、許されていません」、という名札をつけていると同じ状態――――。一瞬魔が差したら、誰も近づいてくれない、パーティに入れてももらえない晒し者の出来上がりだ。


 後、これは公開されていない情報だが、それすらも恐れずに10度以上禁止行為を行おうとした場合、本格的に『私は変態です』マークに変わり、さらに全能力値が1になる。これは、開発メンバーの女の子のデザインだ。そもそもそこまでやる奴に人権等存在しないという意見に対し、誰も反対意見は出せなかったのはしょうがない。 

 

 開発チームの一員とはいえ、俺ももちろんテストを受けており、その結果は実際ログインするまではわからない。

 正直なところ、どういう答えにすれば良い性質が出るのか調べようとしたのだが、管轄である『アル』のセキュリティが厳しすぎて不可能だった。若いながらに幼い頃から慣れ親しんだ(さらには入社後3年しごかれつづけた)おかげで社内有数の技術を持ち、一番内情に詳しい俺でさえ無理だったのだから、他の人間にもおそらく無理であろう。


 さすが世界最高峰と言われるAIである。


(……性質はどうなってんのかな、『勇猛』とか、『俊敏』とかだといいよなぁ)

 そんな事を思いながら、俺は次のパラメータを視た。




【トール】

 属性:闇

 性質:臆病者・優柔不断・裏方

 技能(スキル)索敵(サーチ)・盗む・マッピング・幸運(ラック)・闇系モンスタ―捕獲(テイム)率アップ

  ―2/2―




(………………)



 性質を見た、俺の何とも言えない感覚は置いておいて、先に、属性とか性質についてもう少し詳しく説明しよう……ところどころ心の声が漏れると思うが、興味ない方は適当に読み飛ばしていただけるなら幸いである。

 

 気をとり直していくと、

 属性は、基本は『火・水・地・風・光・闇・無』の7種類で設定されている。

 何らかの条件を満たすと、『炎』だとか『氷』などに変化することがあるらしいが、それは俺の担当ではなかったので詳しい仕様は覚えていない。


(しかし、『闇』か……まぁありだな、盗賊だし、その上級職は暗殺者とかだし、悪くないな。元々夜型人間で暗いほうが落ち着くしな)

 この点については頷く俺。


 性質についてはすべてを網羅はできない。

 何故かというと、この辺のパラメータ設定は、基本的なルールを作ってネット上の人間を表す言葉を抽出し、意味付けをし、パラメータに反映しているからだ。

 それが出来るのも、世界最高峰の演算能力と思考能力を持つ『アル』がいるからこそであったが。



 つまり、人を表す単語として、すぐに思いつくところでは『勇敢』や『豪胆』等、色々あるわけだ。


 

 それが、『臆病者』って……いや間違ってはいないが、うん、そりゃあね、自分からやばいものには関わらない、長いものには巻かれますよ俺は。

 効果は、索敵範囲アップ・逃走速度アップ・罠発見効果アップか。

 意外と使えるところがまた……何かくるものがあるな。


 『優柔不断』も、確かにと肯けてしまう。勢いで行動してしまうことも多いが、時間が与えられると悩みに悩んだ末に結局コインとかで決めてしまう、そんな俺です。

 効果は、柔術系スキル効果アップ・斬撃系耐性アップ。 


 ……っていうか、これ言葉の意味関係なくないか!? いや、漢字は間違ってはいないのだが、誰がうまいこと言えと? ……戻ったら、『アル』にちゃんと言葉の意味を教えねば。 


 『裏方』……? これは、性質なのか? 

 あれか、俺はAIに見破られるほど裏方オーラが出てるのか? そうなのか!? ……そうですよね、すみません。

 効果は、パーティメンバーへのアイテム使用効果アップ・補助呪文効果継続・隠密効果アップ・モンスター遭遇(リンク)率軽減。

 

 ……あぁ、裏方だ、特に最後二つが存在感無いって言われてるみたいで哀しい。

 確かに主役ではないですけど、高校の時の文化祭の催し物では照明補佐でしたけども。

 

 

 …………それにしても、『アル』の作った性格テストはどれだけ優秀なのだろうか。

 哀しいが、俺を表す3つの単語としては的確すぎる。

 うん、きっと的確すぎるのは良くないだろう、そうに違いない。

 戻ったら設定を甘くするように問題点(タスク)リストに上げておくこととしよう。

 

 

 俺はその時そう固く決意をした。

 結果的にそんな余裕はなくなったわけだが。


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