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四話


 ~ 銀の騎士団本部 三階の一室 ~


「…………随分と怒っているように見えるが」


「少し、苛立たしくは思っています」


 フェイルは、先程から黙ったままのローザに、声をかけた。

 トールの発言と、その後の騒ぎの翌日、二人は今後の方針を話すために、ギルドの三階――自然と幹部や近しい人間のみが立ち入るようになった部屋にいた。


「昨日の一件かな?」


「……ええ、むしろそれ以外に何があるというのですか? ………………すみません、言葉が過ぎました」


「いいさ、気持ちはわかるからね」


 その言葉に噛み付くように答えた後、バツの悪そうな顔でそう謝罪したローザに、フェイルは笑って言った。


(おそらく、ローザにこんな表情をさせるのは、彼だけなのかもしれないな)


 そんな事をフェイルは思う。

 最も、ローザがそんな表情を見せるのもまた、フェイルだけなのかもしれないということをフェイルは考えていないが。


「確かに、初めての犠牲者が出たのは……ショックですし、痛ましいことです。ですが、あの場でそれを正直に告白する必要も、あそこまで責任を感じる必要も、何一つ感じられません。――自己満足でしか無い」


「……一体、どんな気持ちなんだろうね?」


 昨日は口数が少なかったローザが、こうして一夜明けて思いの丈を漏らすことに苦笑しつつ、フェイルはそう呟いた。

 そして、フェイルは思う。トールの行動もわからなくもないと。

 

「どんな、とは?」


 ローザがその呟きに反応し、フェイルに問いかける。


「私は、自分が何かを創り上げたことはないからね……自分が考えたことが、関わったものが人の命を奪い……この先も奪う事になるかもしれないと考えるのは、どれほどまでにつらいことなのだろうかと、そう思ってね」


 フェイルは、それを想像できずに、ローザに答える。


 『道具を作る人間には罪はない、使い手の問題だ』


 現状とは違うが、フェイルは何かで読んだようなそんな言葉を思い出す。

 ――生み出したものが、人の命を奪った場合、そこに、責任は発生するのだろうか……いや、責任の有無にかかわらず、やはりその人間は責任を感じてしまうのだろうか。


「……しかし、この状況をつくりだしたのは、そもそも『アル』というA・Iの暴走のようなものでしょう? それを管理すべき立場の人物であればともかく、管理者の権限を持つとはいえ、今は一プレイヤー……それに元々そこまで影響を持っていないように見受けられる彼が、あれ程の責任を感じるいわれもないように思います」


「おそらく、理論的に見れば、そうだね。私もそう思うよ、彼に責任など無いとね……でも、彼にとっては他人と言うより自分がそう感じてしまうのだと思うよ、きっと、(くだん)の『アル』とも面識があったのだろうしね。……昨日の一件の後で謝罪して、語った彼の言葉は、過ちを犯した()()を止められなかったことに対するそれだったように感じたからね」


「………………」


 ローザが、その言葉を聞いて押し黙る。

 しかし、そうは言うものの実際にローザの言う通りであると、フェイルは思う。

 だからこそ、昨日あの場にいた、攻略組として共にやってきた者は、皆何も言わないで去ったのだ。


 これで、トールが生産職として前線にいなかったものであれば、それこそ感情的に非難の的となったかもしれないが、事実トールは、よくやっている。

 そして、一月も同じ場所で戦えば、どのような人間かくらいは解るものだ。


 トールを責めていたレインに関しても、恋人を亡くした直後だからこそ、あれだけの激昂になったのだといえる。だからこそフェイルには、何故あの場で、というローザの気持ちも、言わずにいられなかったトールの気持ちも、わからなくはないのだが。


(何が正しい、等という事ではないのだろうな)


 そう思い、フェイルは窓の外を見上げる。


 飛行機の、飛ぶことの無い空。

 現実ではなく……しかし現実と化したこの世界。


 一ヶ月半で、第三層まで登った。

 これは、果たして早いのか、遅いのか。


(おそらく、先に進むほど困難な道になるのだろう、現実に戻れた所で、その時居場所はあるのか……)


「……フェイル?」


 ふと遠くを見つめ黙り込んだフェイルに、ローザが問いかける。


「いや、すまない…………そういえば、元々の要件は今後のことだったな、皆の士気はやはり下がるだろうが、これまで以上に余裕を持って準備をして進んでいくしか、ないだろうな」


「…………ええ、実際今まで、外部からの連絡はありません。彼の言うように、助けを待つのは無理でしょう」


 感傷から我に返ったフェイルが、先ほどまでの弱気の感情を振り払うように唐突に元の要件を切り出すと、ローザは、少しだけ間をおいて、しかしそれに対しては何も問わずに、話題を乗り換えた。


 そして、二人は日常となった攻略の為の作戦や、犯罪者プレイヤーの取り扱いなどを話し始める。

 考えねばいけないことは、山ほどあった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 ~ バベル東部 『満月亭』 ~

 

「嬢ちゃんが、こんな所で一人でいるのは珍しいな」

 

 先日の一件の後、プレイヤーの精神的にも、少し間を開けたほうが良いという意見から、『塔』の攻略ではなく休む日とされていた。考えてしまうものは余裕のある場所で振り払うかのように戦い、あるものは宿で眠り……悲しみながらも比較的落ち着いているものは、各々のやり方で心と体を休めている。

 

 久々にゆっくりとぶらついていたリュウは、同じくボーっと考え事をしていたネイルを連れて、腹ごしらえに向かったジンの店に一人座っているアイナを見かけると、そう呟いた。


「…………今日は、トゥレーネさんはトールさんを連れてどこかに行きました……だから」


 そう答えるアイナの前には、ジンが作ったのであろう、出来立てらしいアップルパイが乗っている。 


「気をきかせたわけだね。アイナは小さいのに大人だねぇ」


「人のことを褒める前に、お前も見習え」


 ネイルが肩をすくめてそう言うのに、リュウは端的に告げる。


「あぁ、ひどいなぁ……僕だって気を遣ってますよ」


「全く感じられない気遣いは無いのと同じだ」


 憮然とした表情で言うネイルに、リュウは断言した。


「……釈然としないなぁ」


「いや、しろよ?」


 何を言われてもめげないネイルに、リュウは疲れたように呟く。


「いやほら、今日は攻略が休みになったっていうのに、トゥレーネを誘いには行かなかったでしょう?」

 

「…………はぁ? 何でそうなるんだ?」


 そう何気なく言ったネイルの言葉に、一瞬思考を停止させた後、リュウは間の抜けた声を出す。


「さすがに、死人が出たのはショックでしたからね……これ以上様子をみるのも何だし。――――それにしても、何でトゥレーネはトールがいいんでしょうねぇ」


 なおかつそんな事を呟くネイルの言葉の意味に思い辺り、リュウは信じられないものを見るように、頭痛がしてきたこめかみを押さえ、尋ねた。


「ふと思うんだが、お前って……ナルシストな上に、実はマゾなのか? 明らかに脈はねぇことはわかるだろうに?」


 そして、そんなやり取りをパイを食べながら黙って聞いていたアイナの言葉が続く。


「…………ネイルがトゥレーネさんと歩くのは、嫌です」


 なにげにネイルのことだけは呼び捨てにしているアイナだ。


 ちなみに、この世界ではほぼ最年少にあたるだろうアイナがそう呼ぶのは珍しい。

 元々、このキャンペーンにはそのログインの性質もあって18歳未満には親の同意が必要とされていた。だからこそ皆大学生であったり社会人であったりが多いのだが、アイナはおそらくまだ中学生程度だろう。


 リュウはかつて、よく親が許可したな、と聞いたことがあったが、無言で頷くだけでアイナは答えなかった。なので、それ以上はリュウも聞かないでいる。


「……二人共ひどいなぁ」


 そんな風にネイルがはぁ、とため息をつきながら呟いていると、ジンが水を持って奥から出てきた。


 ジンも、時にはフィールドに出ているようだが、攻略に行っているリュウ達が帰ってくるときのために、夜は店を開いてくれるようになっている。

 熟練度も上がってきたようで、味は更に美味しくなり、物によってはパラメータを上げるような料理まで出てくるようになった。キャルと共に、影の功労者である。


「……今頃は二人でどこかにデートか、いいなぁ」


「……トールさん、考えすぎてたから」


 料理を頼んだ後ふと呟いたネイルの言葉を無視し、アイナは心配そうに告げる。


「そうだな、元々そんなに頭使う方でも、責任取る立場の様な奴でもねぇだろうによ」


 リュウもまた、不器用で、それでも頑張ろうとするトールを思って、ため息をつきながら呟く。

 普段はそうでもないくせに、根は真面目なやつほど考えこむと長い。しかも、それがネガティブで自分を責める方向に走る。


(まぁ、我関せず、というやつよりは余程いいのかもしれんが)


「トゥレーネにあれだけ心配されているんだから、大丈夫でしょう。何だかんだ言って、頑張るやつでしょうし…………僕達もいるんですから」


 そう言って考え込んでいる二人に、ネイルがあっさりと告げる。

 ネイルもよくわからないやつだ、リュウはそんな事を思いながら、その言葉には頷く。


 突拍子も無い事を言うかと思えば、時々正論を当たり前のように吐く。そして何だかんだ突っ込まれつつも、誰とでも気軽に接しているため、静かにギルドでも好かれている彼だった。


「アイナ、それ美味しそうだね」


「…………あげませんよ」


 そうかと思えば、この様子である。

 

「……まぁ、なるようになるだろう。トゥレーネからしても、守られて気を遣われるだけよりは、健全かもな」


「クロちゃんが来てからは、もう夜にうなされたりしてません」


 それを見て呆れたような顔をしながら、気を取り直したようにそう言ったリュウに、アイナはそう告げる。


「そうか、クロもいたな……あれは本当に生きてるみてぇだからな」


「……生きてます、寝るときに抱きしめると温かいです」


「……そうだな」

 

 リュウはそう言って、アイナの頭を撫でる。

 ちなみに、ネイルはアイナに断られテーブルに突っ伏している。

 

「うまくやってるといいが」


 どこかへ出かけたという二人を思い、リュウはそう呟いた。

 

 初めての犠牲者が出て、混乱はあったものの、それでもこの世界自体には変わりはない。 

 ここからは見えない塔の頂点に登るその日まで、変わることは、無い。



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