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三話


「…………冗談を、言っているわけ?」


 静寂の終わりは、その女性――確か、レインといった――の冷え冷えとした、凍てつくような言葉だった。

 肩に届かない程度の長さのブロンドの髪。少し細い目と、頬に浮いたそばかす。彼女が、いつも彼の隣で笑っていたことを、俺は、知っている。

 

 今、ここでそう言って俺を見上げてくるレインの眼にその時の光は無い。

 

「…………」

 

 口を結んだまま、俺はその目を見つめ続ける。

 言葉が、何も出てこない。

 何を伝えたいのか、何を言われたいのかも、正直わかってはいない。


 でも、今ここで目をそらす訳にはいかない。その事だけは、理解していた。


「……ほん、とうに、そうなの? あなたが、この世界の開発者って?」


 レインの声が、静まり返った広間の中に、響く。その目に、少しずつ光が戻り始める。例えそれが、憎悪と呼ばれる昏い輝きであったとしても。

 それに俺は小さく頷く。そして、頭を深々と下げ告げた。


「そうだ……俺は、この世界に関わったうちの一人。そして、あんたから大事な人間を奪ったモノを描いた人間のうちの、一人だ。もしかしたら止められたかもしれない。アルのことを。それなのに気づくこともできずに嬉々として設計していた人間だ」


 ずっと心のどこかで考えていた。

 確かに、今回の件はアルの、人ではないAIの暴走だろう。


 でも本当に、本当に人間らしい()をーーーー

 アルのことを、本当に止められなかったのだろうかと。

 それが、心から溢れ出て行く。


 そして、その言葉にレインが震え始める。


「…………あんたは……あんたが……! 今まで……私達がどんな……気持ちで……っ! 何でよ……何であんたが生きていて、あの人は、ジュードはここにいないのよ!」 


 そう言い、俺を貫くのは視線。

 かつて見た、柔らかな色をたたえた表情でも、先ほどまでの昏い焦点の合わない目線でもなく…………深い憎しみをたたえた、激昂。


 人は、こんなにも何かに対して怒ることが出来るのだと、感情を表せるのだと初めて知る。

 その表情と言葉に対して、俺は告げる。


「そうだ、俺には、生きている資格なんて無いのかもしれない。彼をよみがえらせることも、できない。……今から俺は、街の中でも攻撃判定が出るように、『デュエルモード』になる……もしもそれであんたの気が済むのであれば……俺を、好きにしてくれ」


 どこかで、息を呑む気配が聞こえる。

 これは、普段は非戦闘域である街の中での試合などを行うためのもの。その設定を、死亡まで出来るための、レベルに合わせる。

 その後俺の頭上にHPのゲージが表示されたのを見て、すっとレインの目が細められた。


「…………ッ!」


 そして俺は、すぐ後に襲ってきた衝撃に、背後へと弾き飛ばされる。

 衝撃を受けた頬の熱が全身へと回ったように熱く、それでいて、寒い。


 無言でレインは剣を抜き、倒れた後、何とか立ち上がった俺へと近づいてくる。

 

 きっと、頭の良い奴ならもっとうまく立ちまわるんだろうと思う。

 主人公然とした人間なら、何かうまい言葉を思いつくのだろう――――それとも、元々誰一人として死なせずに助けられたのだろうか?


 でも俺には、ただされるがままになって、ひたすら謝罪するくらいしかできない。

 それを自己満足だと理解してなお、俺は殴られることぐらいしか、できない――死ねといわれれば、そうすることでしか、償える方法を知らない。


 せめて、全身に受けるその重圧から逃げ出さずに済むように、膝が笑うのを、心臓が飛び跳ねるように脈打つのを懸命に抑えながら、俺は立ち上がる。

  

 それは、更に、レインの腕が振りかぶられた時だった。

 俺の前に、小さな二つの影が入り込む。


「…………」


 目に映るのは、俺に殴りかかろうとするレインの前に立ちはだかり、黙ったままうつむくアイナ。

 俺をその小さな体で守るかのような行動を取る、クロ。


 思わぬ邪魔に、一瞬立ち止まったレインは、少しの間の後、更に激昂する。

 

「何よ、あなたはこんな男をかばうわけ? こいつは……こいつはこれを作ったのよ? 責任者なのよ? それを隠してのうのうと暮らしてて……! きっと、情報ももっとたくさん持ってて、自分だけ生きるためにそれを使って、私達のことなんか内心で笑っているのよ!? そんな、そんな奴のせいでジュードは!!」


 そしてそう叫び、レインは俺を指さした。

 俺は、その言葉を受け入れる。――弁明の言葉も、持たない。


 それでも頑なにその場所を動かないアイナを責めるように、レインは続ける。


「もしかして、あんた達もそいつの事知ってたわけ!? 自分たちだけで、情報を独占して、私達には危険な場所に向かわせていたわけ!?」


 まずい、このままでは関係のないアイナ達までにまで彼女やこの世界の憎悪が向かってしまう。

 俺が、その事に思い至り、否定しようとした時――――。


「……違います」


 アイナが、それに首を振り、そしてたどたどしくも、一言一言をはっきりと呟いた。


「……私も、知らなかった。初めて……聞きました。だけど、トールさんは、いつも悩んでたと、思います。……本当は、本当はすごく恐いのに頑張って戦って……それでも、私が暗い顔したりしてると、時々冗談を言って、笑ってくれた。――――きっと、私達と、同じ」


 それは、聞いている俺が、泣きたくなるような言葉。

 普段はあまり喋らずにトゥレーネと一緒ににこにこしている彼女が懸命に告げた、俺のための言葉。


「――――ッ」


 その必死な言葉に、言葉を選びながらもはっきりとした意志を持った言葉に、レインは押し黙る。拳を、痛いほどに握りしめたまま。

 それを見て、俺は目を瞑り、思う。


(駄目なんだよ、その拳は、俺に振り下ろされるべきなんだ……そんな風に庇われる資格なんて、俺にはないんだよ)


 そう、俺にはその暖かさを受け入れる資格なんか、きっと無い。

 何故なら、俺が逆の立場なら、必ず思う――こう感じる。


 ふざけるなと。

 どうして、自分の大事な人がいなくなったのに、管理する側の人間であるはずの俺が、ここにいるのだと。


 そうして、俺がアイナの肩を掴んで下がらせようとした時――気づかない間に、俺の隣に立ったトゥレーネが、リュウが、告げた。


「……トールくんは……大事な情報を隠してまで他人を笑うような、そんな人じゃありません……アイナちゃんの、言う通りです」


「すまない。あんたが辛いのを、その辛さを、俺はわかってやれねぇ。……でもな、こいつは隠し事が出来るほど、頭が良くはねぇ……それに、開発者だとか管理者だとか、俺には詳しいことはわからねぇが、こいつは出来ることを敢えてやらずに……楽しむような人間じゃねぇんだって事は、知ってる」


(……アイナ、トゥレーネ、リュウさんまで)


 俺はただ、何も言えず頭を下げたまま、心の中でこんな俺に対してかばってくれている三人に感謝を告げる。


「…………三人とも、いいから、俺には、そんな権利は――」


()け」


 俺が、三人にやめてくれるように告げようとした時、リュウが俺にそう言った。


「……え?」


「いいから、つべこべ言わずに『デュエルモード』を解け……早くしろ」


 間の抜けた声を出す俺に、有無を言わさぬ口調でそう告げるリュウ。

 そして、俺は一旦ウインドウを操作し、頭上のHPゲージを消す。


「…………ッ!?」


 次の瞬間、俺は強い衝撃を受けて、壁までふっ飛ばされ叩きつけられた。


「か…………はっ……」


 息が、止まる。

 先ほどのままであれば、下手をすればレッドゾーンを超えていたであろう、重い衝撃。


「これは、別にお前がこのゲームに関わったからとか、そういう理由じゃねぇ……なぁ、お前は馬鹿だけど、馬鹿じゃねぇ。解んだろ?」


 俺を殴り飛ばしたリュウが、その大きな拳をぶらつかせて、静かにそう言った。

 そして、振り向いて、少し呆然とした様子のレインに告げる。


「……なぁ、あんたも、この状態でなら好きにしたらいい。でも、殺そうとだけはしちゃいけねぇ……それをしたら、あんたはもうどこへも行けなくなる。そんな事をあいつが、ジュードが望んでいるとは思わねぇ――酒は弱かったが、気のいいやつだった」


 黙ったままのレインをみて、更にリュウが言葉を続ける。


「だから、哀しみを憎しみに変えようとするな……それをそんなわかりやすい形で吐き出そうとするな……人を殺すことで何かを晴らそうと、してくれるな…………そしてトール、お前も、こんな風に楽になろうとしてんじゃねぇ!」


 最後は、俺への言葉……先ほどの衝撃なんかよりもよほど重く突き刺さる、素のままの言葉。


 それを壁に叩きつけられたまま、項垂(うなだ)れて聞く俺に、何も言わずに拳を握り締めているレインに、重ねるように発せられた声があった。

 

「…………なぁ、俺も、まだ混乱はしてるし哀しいけどよ、リュウの旦那や、アイナちゃんの言う通りだと思う。レイン、お前だってあの時あそこにいたんだ。こいつは、盗賊のくせして身を張って俺を助けてくれたし、そこの黒い猫も必死で助けていた。少なくとも、あれは演技なんかじゃねぇよ……その後のボス戦だって、そいつは震えながらもモンスターに向かって行っていたじゃねぇか……あいつも、ジュードもこんなのはきっと望んではいない」


 それは、俺が一度助けた格闘家の男の言葉。

 初めての犠牲者となったジュードの最後の瞬間を……レインと共に見届けたという男の、言葉。


 その言葉を聞いてか聞かずか、無言のまま、レインが近づいてくる。

 トゥレーネとアイナが体をこわばらせるが、それを太い腕でリュウが押しとどめていた。


 そして、レインは目の前に立つと、俺を見下ろして言った。


「……あんた、なんで今頃そんな事言ったの? ここまで来たなら、最後まで隠し通せばよかったじゃない……私に、同情でもしたわけ? それとも、人が死んで責任感にでも目覚めた? ……ねぇ、何でよ?」


「…………きっと、怖かったからだと思う」


 俺はそう答え、続ける。


「あんたに、恨まれたかったのかもしれない。バレるのを怖がる一方で、どこかで、自分を責めて欲しかったのかもしれない」


 それを聞き、レインは何かを思ったように空を見つめ、そして俺の目を見て、言った。


「…………そう、なら私は責めてはあげない。責めることでも、殺すことでも許したりなんかしない。……あんたは生きなさい。前線で戦い続けて……それでも生き続けなさい。万が一、また死亡者が出たら、死ぬほど苦しみなさい。その間も、自分で死ぬことも、逃げることも私は許さない。私も……私も逃げないから」


 そしてレインは、扉の外へと出ていった。

 仲間に、少しだけ一人にさせてくれと、そう告げて。


 それが契機になったように、この場にいた何人かが、こちらを見て、それでも何も言わずに次々と去っていく。


(何で、どうして何も言わないで)


 俺がまだしびれている体と頭で立ち上がり、そう考えていると、目の前にトゥレーネが立つ。

 その後ろには、フェイルやローザ達、俺がこれまでパーティを組んでいた人間たちが、ここに残った。


 皆にも、迷惑をかけた……ローザは止めてくれたのに、他の皆も言っていなかったのに。

 これ以上の迷惑をかける訳には、きっといかない。 


「すまない、俺は――――」


 ――――パチン。


 そんな事を考え、言葉を発そうとした俺の頬から、乾いた音が鳴った。

 そして、その音を鳴らしたトゥレーネが、俺に静かな口調で告げる。


「きっと、馬鹿な事考えてるのもわかります、トールくんはわかりやすいから。……さっき、権利はないって言いましたね? でも、それを言うならトールくんには、もう独りになる権利なんてないんですよ? ……死んじゃう権利も、ありません。…………一緒に笑って、一緒に哀しんで、一緒にしんどい思いをして進まないと、私が許しません。独りに()()のは辛いけれど、独りで()()のは、逃げです」


 その言葉が、俺の心に染みこんでいく。


「……君が、腹芸ができないのは、僕でも知っているよ。馬鹿なのも、再確認した。望みどおり最前線で苦しめるように、死なないように、この僕が助けになってあげよう。僕はいつでも、弱者の味方だからね」


 そのさらさらの金髪を芝居がかったように掻き上げたネイルが、いつもと変わらない口調でそう言う。

 いつもは勘に触るようなその仕草も、今は気にならない。


 そして、覗き込むようなアイナと、見下ろすようなリュウ、それに終始諦めた表情を浮かべていたローザの隣に立ったフェイルが、告げた。


「トール、君はもう前に進むしかない……。私はこれが誰かのせいだとは思わないが、君自身でそう感じているのであれば、もう何も言いはしない……だが、一人で無茶をして死ぬことは、誰であろうと許さない。言っただろう? 君は友だと」


 ――俺は、馬鹿だ。

 いつも言われていたが、それ以上に馬鹿だ。


 ――俺は理解する。

 そして、この一ヶ月でできた仲間に、感謝する。


「…………すまない」

 

 その言葉に、再度殴られた――――それは先ほどよりも弱いが、痛い。

 

「そういう時は、謝るんじゃねぇだろうが」


 リュウが、ニヤリと笑って俺にそう告げる。


「あぁ……ありがとう」


 俺は、何もわかっていなかった。

 今も、きっとわかっていないんだろう。


 でも、簡単に死ぬ訳にはいかない。足掻かなければいけない。

 眼の前の人間を、仲間を……そしてこの世界にいる人々が現実に帰れるその日までは。

 もしも裁かれることがあるのだとしたら、それはその後の話。


 裏方も主役もない。――――もし俺がこの罪悪感と折り合うのなら、それが本当の責任の取り方だと、そう思った。


 そんな俺を、皆は見つめている。

 そして、その気持ちを出来るだけ届かせられるように、もう一度俺は告げた。


「ありがとう」



 ~ Babylon開始 45日目 神殿の石碑『14999』 ~


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