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二話


 水がこんこんと湧き出る透明な泉に、数匹の魚が泳いでいる。

 

(……南国の淡水魚は美味しくはないと聞くが、あの魚もそうなんだろうか)


 俺は、目端に泳ぐその群れを見ながらそんな事を考え、食後の一服タイムを楽しんでいた。リュウは木陰で横たわり、トゥレーネとアイナは、クロと戯れている。


 リュウに、フェイル達からの連絡が入ったのは、俺たちがそんな風に回復ポイントであるオアシスでしばしの休憩を取り、そろそろ先に進もうかとしていた時だった。


「…………これは……ッ!」


「どうした?」


 リュウの顔色が、メッセージを読み進むにつれて険しくなるのを見て、少し離れていた俺はそう尋ねる。

 少なくとも俺の知る限り、余程のことがなければリュウはこんな風に険しい表情を作ることはない。


 その俺の声に、トゥレーネとアイナもリュウの方へと顔を向けた。


(まさか……)


 俺の脳裏にある予感がよぎる。


「……すぐに街に戻るぞ、トールとトゥレーネもギルドに一緒に来い」


 しかしリュウはそんな俺の言葉には答えず、まずはそう言って起き上がり、街へと戻るための転送陣を用意し始めた。


「答えてくれ、どうせ解ることだろう。……何が、あった?」


 そのただならぬ様子に、俺は背を向けるリュウに向けて改めて聞く。


 そしてリュウが準備を終え、振り向いて俺達に告げたのは、先程から頭の片隅に浮かんできた、ある悪い予感を肯定するものだった。

 

「……『死亡』者が、出た。神殿に向かった人間は、再出現を確認できなかったそうだ。……代わりに、()()()()が減っていたと」


「そう、か……」


 それを聞き、俺は力無く肩を落とす。

 カウントとは、チュートリアルの終了を告げる鐘の音が終わった後で、神殿に現れた大きな石碑だ。

 

 表示されているのはただ一つ、『15000』という数字。


 ――何の数字を表しているかは、それを見た人間の誰もが理解した。

 

 それは、今『生きている』プレイヤーの数を表しているのだということを。


 カウントが減ったということはすなわち、この世界に生きている人間が一人減り、『15000』が『14999』へと、減少したということ。


 初めての犠牲者。


 その言葉が俺の頭を巡り、そしてとてつもない重圧がのしかかってくる。


「……わかったな、取り敢えず、そこまで詳しい状況が書かれていたわけじゃねぇ。早く戻るぞ」


 リュウのその言葉に、俺たち三人は頷き、転送陣へと足を踏み入れる。


 そして、ログインした時と同じような酩酊感の後、ギルド本部に転移した俺達を迎えたのは、泣き崩れた女性の姿と、沈痛な表情で佇む『バベルの塔』を調査していたフェイル達だった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 ギルド『銀の騎士団』の建物の一階、入ってすぐにあるその広間には、攻略を行う主力プレイヤー達の大半が集まっていた。30名ほどが暗い顔をしている姿は、葬列に参加しているように見える。

 ――そして事実、そのようなものであった。


 初めてのこの世界での『死亡』者となったのは、攻略に参加している『狩人』の男だった。

 第一層の時、護衛するメンバーの代表格だったプレイヤーで、援護の弓使いに優れた気のいい人間であり、俺も出会えば言葉を交わす程度には顔見知りである。


 彼は、第四層ダンジョン調査中発見した、宝箱の解除に失敗したところを大量のモンスターに襲われ、転送陣を用意する間パーティーメンバーを逃がすために最後まで残り、犠牲になったらしい。


 そして今この場にいる全員の目の前で、その恋人であった戦士系の女性がただただ泣き崩れている。茫然自失といった(てい)でここに連れてこられたという彼女は、いつまで経っても神殿には現れなかった相手を想い、少しずつ、何かが染みこむように壊れ始めていた。

 

「……どうして」


 その言葉が聞こえる。


「……何でよ……誰のせいで……責任者は誰よ……! 早く神殿にあの人を……生き返らせてよ! きっとこんなの嘘なんでしょう? ……本当は、あの人は死んでなんかいないんでしょう!?」


 途切れ途切れの呪詛が、哀しみの言葉が、聞こえた。その声の響きに、少しずつ昏い狂気の色が混じっていくのを、どうしようもなくただ感じる。

 

 隣にいるトゥレーネも、アイナも、リュウでさえも、何も言葉を発せられないでいた。

 誰も、目の前で精神の安定を少しずつ失っていく彼女に、何も出来ないでいる。


 ただでさえ平和な日本にいた俺たちは誰一人として、戦いで命を落とし、更にはその痕跡も残らないこの現状を、慰める言葉など持ちあわせてはいなかった。


 知り合いが、大切な人が……そして、何より自分が死ぬかもしれないと、ここからいなくなるかもしれないということ。


 あの鐘の音と共に告げられた、仮想現実が現実となった瞬間から、どこかで俺は……おそらく皆も、覚悟はしていた。

 そしてその一方で、このまま誰も死なずに済むのではないかと、そんな淡い期待もしていた。この二週間を無事に乗り切っていたことで、決して無理をせず協力していれば、大丈夫なのではないかと、そんな事を考えてすらいた。


 しかし、覚悟も、期待も、何もかもが甘かったことを目の前の現実が知らせている。


 俺は、どうすべきだ。

 自分が関わったもので人が死に、その事が原因で絶望に泣き崩れている彼女に、何が出来る。



 怖かった。



 それがバレて罵倒されることがただ、怖かった。

 だからこそ最初は、一人でいたはずだった。…………それなのに、今の状況が起こった時、耐えられないだろうと思っていたのに、俺は、一人でいることより居心地の良い現状に、浸っていた。



 俺は、最低だ。



 ――そして、遅すぎるかもしれないが、彼女には俺を罵倒し、そして何もかもを自由にする権利がある。たとえそれが、今は何の解決にもならない怒りをぶつけるだけのモノとしてでも。


 俺は、そんな衝動のまま、そちらに向けて足を踏み出そうとする。


「……待ちなさい」


 しかし、いつの間にか近くにいたローザが、その場に出ていこうとする俺のコートの裾を掴み、静かにそう告げた。


「あなたが何を言おうとしているか想像した上で言います……以前にも言ったでしょう? その行動は何の解決にもなりません。自己満足のために、さらに混乱を大きくするおつもりですか?」


 そしてそう続けられた言葉が、俺に刺さる。



 ――自己満足。



 確かにそうだ、今ここに至って俺は思う。

 誰にも言わずにいるほうが、黙っていることのほうが辛いのだと。

 怒りの言葉を浴びるほうが、楽になれてしまうのだと。


 ――しかし一方で思う。


 これは、最後まで隠し通し切れることなのかと。

 何も告げないまま、この先また誰かが命を落とした時も、俺は同じようにその死を悼み、哀しむ資格があるのだろうかと。


 俺一人が頑張ることで、全てがクリアできるのならそれもいいのかもしれない。これ以上誰も死なせることのない力が、そんな保証ができる力が俺にあるのであれば。


 しかし、今いるこの【Babylon】という現実は、そこまで甘くはない。

 どんなに何かを振り絞ったとしても、俺にはそんな力はない。


 そんな俺に、ここから抜けだそうと努力する人間たちと肩を並べて生きる権利が…………この世界で生きている自由が、あるのだろうかと。


 そして、俺はその裾を掴む手を静かに振り払い、告げる。


「彼女には――いや、ここにいる全ての人間には俺を責める権利がある。そして、俺はその上でそれを受け止める責任が、ある。…………俺には元々、一緒に笑ったり、一緒に哀しんだりする権利は、無かったんだ。それを今になって、思い出したよ」


 それから俺はゆっくりと、肩を震わせるその女性に近づく。

 その様子を、フェイルが、リュウやネイルが怪訝な顔で、トゥレーネやアイナが心配そうな顔で、そして、ローザが諦めたような表情で見ていた。

 

「……すまない」


 俺の言葉に、不思議そうにその女性が顔を上げる。

 かつて恋人といるのを見かけた時には、柔らかく微笑んでいたその表情が、目が、今は昏く、何も映ってはいない。


 そして、そんな彼女に俺は告げる。

 現状の恨みの矛先を向ける言葉を、自分が何者かということを。それがただの自己満足であることを理解しながらも、告げずにはいられない。


「俺は――俺は、あんた達の言う責任者。この【Babylon】開発に関わったうちの、一人だ…………なのにあんたの、あんたの大事な人を助けることが、俺にはできない…………すまない。あんたには、皆には、俺を責める権利がある」



 そして、しばしの静寂が訪れた。

 



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