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一話

 三章、開始します。

 今後共、よろしくお願いします。


 『深淵の森』を抜けた先にある広大な砂漠フィールド『熱砂の砂漠』。

 その一角では、四人と二体の戦闘が行われていた。


「…………ッ!」


 俺が、懐に潜り込むと同時に、左後ろになびいた髪を大きな斧がかすめる。

 

 刃先はボロボロ、しかし、その質量から喰らえばただでは済まない。最初から切ることではなく、押し潰すことが目的のような得物だ。


 盗賊から派生する上級職である『暗殺者』に転職したとはいえ、元々装甲が厚い職種ではない上に、STR(腕力)とAGI(俊敏)、それにDEX(器用)に多く経験値を割り振っている俺にとっては、その一撃一撃が脅威になる。


 ――――『死亡』がそのまま自分の人生の終わりに直結することになった現在では特に、だ。


 しかしだからこそ、俺は更にもう一歩を踏み込む。

 眼の前に立ちはだかっているのは俺が踏み込んだことで的を外しバランスを崩している『蜥蜴重戦士(ガイアス・リザード)』。


 近くで見ると、その棘張った肩当、盛り上がった筋肉を抑えつけるような鱗。そして牙が見える凶悪な顔。――少し前の俺であれば、逃げ出したくなるようなリアルな外見。ただ、今は周りに頼りになる仲間たちがいてくれる。


 俺は踏み込んだ勢いそのままに、双剣を交差させながら脇腹をえぐりそのまま背後へと駆け抜けた。

 

 『双剣技・影炎(かげろう)


 切り裂いた傷口から、黒い炎が溢れ出し、その巨体を包みこむ。

 絶叫と共にライトエフェクトをまき散らしながら、静かにその大きな身体は虚空へと消え去った。


「…………よし、そっちも終わったみてぇだな」


 同じようにその背に構えた大剣で敵を屠ったリュウが、こちらを見てそう告げる。

 『重戦士』になり、ますますその攻撃力と守備力に磨きをかけたこの強面の男は、味方でいてくれるのが本当に心強い。


 実際には、純粋な攻撃力だけなら俺の方が上かもしれないのだが(その分装甲は比べるべくもないが)、その巨躯が近くにいてくれるだけで、精神的に安心するのだ。


「トールくん、リュウさん、お疲れ様です! ……もう少ししたらどこかで休憩しましょう」


「……二人共、回復します」


 トゥレーネがそう言い、二人に近づく俺達にアイナが回復をかけてくれる。そしてその頭には、相変わらずクロが乗っかっている。


 その影を操る能力で、足止めをしたり、どこかからアイテムを拾ってきたりと地味ながらいい働きをするこの黒影虎は、基本的にどういうA・Iが働いているのかわからないが、休むときはトゥレーネの影、出てきているときはアイナの頭の上が定位置になっていた。

 

 当初は3であったLvも10を超え、いつかは虎になるはずだが、俺にはもういつそうなるのかは正直わからない。

 それというのも、どうやら他のNPCと同じように、捕獲モンスターのA・Iも『アル』の影響を受けているようで、作成者の俺が驚くほどに自然に様々な行動をしているからだ。


 …………というかもう結構便利で可愛らしい黒猫にしか見えない。


 ちなみに、トゥレーネは『魔詠師』、アイナは『武僧』にそれぞれランクアップしている。

 簡単に説明すると、『魔詠師』は元々の吟遊詩人に魔術師の特性が加わったもの、『武僧』は僧侶に格闘家の特性が加わったものになる。


 上級職では、元々がどちらの職種であったかにより、例えば魔術師から『魔詠師』になったものと、吟遊詩人から『魔詠師』になったもので、得意とする技能やパラメータが変化していく。それに、重点的にどれかのパラメータを上げるものもいれば、それぞれを平均的に上げるものもいるため、一人として全く同じような人間はいない。それに各性質や属性の影響も加われば尚更だ。


 現状がどうかというと、第一層を何とか攻略した後は、チュートリアルのうちに一層。そして、その後の二週間でもう一層を攻略し、現在は第四層の調査が始まっている。


 そして、『死亡』者はまだ、出ていない。


 これは正直、順調すぎるほど順調であるといえる。

 ただ、この理由は、情報の共有が現状うまくなされていること。上級職に無事転職が成功したこと。そして、あまり戦いに慣れる事が出来なかったもの、恐怖が勝ったものが次々と生産職へと転職し、結果として精鋭たちで攻略を進められたこと。

 さらに、これが一番の理由。――――単純に、第一層のボスよりも、少し軽めの敵であったのだ、そこから二層のボスが。

 

 他の面々は不思議に思いつつも楽観視しているものもいたようだが、俺は、この理由が少しだけ想像できる。


 このゲームのメインとなるボスをデザインし、『塔』内部をメインに担当したあの先輩は、意地が悪い所がある。その性格を一言で言うなれば……デレのないツンデレだ……。

 俗に、俺はそれをドSと呼ぶ。

 あの人をうまく扱えるのは、その同期である、デザイナーの先輩と広報にいる美人の先輩だけだと思う。


 おそらく、最初にものすごい難易度の高い敵を配置し、その後少しだけ緩めた後で、また更に厳しくなっているのだと思う。俺に仕事を教えた時と、同じパターンだ。

 油断させた所で突き落とすのが好きなのだ。鞭の後の飴は甘い、その事が次なる鞭の厳しさを想像させるが、その時には既に体と心は飴に慣れてしまっている。

 

 そして経験上、そろそろだと俺の警鐘が鳴り響いていた。

 色々とバレているローザには伝えたので、うまく引き締めてくれているとは思うが――今も、フェイル・ローザ・ネイルは他の人間と第四層の調査に入っているはずだ。


 俺たちは、それとは別で、比較的余裕のあるこの『熱砂の砂漠』で、曖昧だが目撃報告が上がっていた『言霊』モンスターの調査をしていた。

 もちろん見つければ一度街へと転移し、体勢を整えるつもりである。


「あ、あそこがよさそうです」


 歩く先に、回復ポイントでもあるオアシスを見つけたトゥレーネが、そう言って指をさし示した。


「……前と違って、流石に連戦が続くのはきついからな、しかも腹が減りやがると力も出なくなってくるし、ちょうどいい頃合いだろう」


 リュウもそう言い、その傍らを歩くアイナもその言葉に頷いた。 


 俺も、ここまで戦い詰めであったこともあり、少し息を吐き安堵する。

 先程も言ったように、ここは、今の俺達にとってはそこそこ余裕のあるダンジョンだ。


 だが、チュートリアルを終える鐘の音が鳴り響いたあの日の前と後では、一度の戦闘における消耗度が全く異なる事を俺達は皆感じていた。


 行なっている事自体は変わらないはずだ。

 付近に出現したモンスターがいるかを索敵し、遭遇した時にはそのスキルを駆使し、戦術を用いて戦い、倒す。または、体勢が整っていない時には逃げる。

 

 だが、実際にその攻撃を避けるとき、受け止めるとき。


 頭ではまだまだ大丈夫だと分かっていても、必要以上に身体は強張り、そして攻撃の時もオーバーキル(例えば、残りのHPが10の敵に、100のダメージを与えるような強い攻撃をして殺すこと)をしてしまうことが今でも多々あった――つまりは、無駄が多いということだ。

 

 分かっていたつもりではあった。

 しかし、実感できてはいなかったのだということを思い知る。

 

 この、HPを表すゲージが消えて無くなった時、自分がこの世から消えてしまうのだということを、理解等できていなかったのだと。――――今ですら、理解できているのかわからないということを。

 

 そして、俺はそれでも自分がここにいる事を考える。

 今俺が戦えているのは、フェイルやローザのようにクリアに向かって努力しようとする他の人間がいるから……そしてトゥレーネやアイナが頑張ろうとしているのが解るからだ。

 開発者としての責任感などより、他の人間に理由を預ける俺を見て、他人ひとは笑うだろうか?

 

 そんな風に自嘲気味の思考にそれていった俺の肩に、急に重みが加わる。

 アイナの頭に器用に乗っていたクロが飛び乗ってき、そしてアイナも何かを問うように見上げてくる。その、少し不安気に揺れている鈍色の髪がたなびくのを見て、俺は現実に戻された。

 リュウとトゥレーネも、少し進んで先でこちらを見ていた。トゥレーネは穏やかに笑っている。

 

「すまんな、少しボーっとしていた……クロ、お前いいやつだな」


 まだ心配そうなアイナにそう笑いかけ、頬を舐めてくるクロの喉に手をやりそう告げる。それに気持ちよさそうに喉をゴロゴロと鳴らす。…………ネガティブになっていた思考が和むのを感じた。


(ある意味、こいつに認められたのが、あのボス戦の一番の収穫だろうか)


 そんな事を思い、くく、と笑って止まりかけていた歩を進め始める。

 確か、今日はジンが新作だ、と持たせてくれた弁当のはずだ。


 心配してくれる仲間がいて、美味しい料理を作ってくれる人間がいて、口が悪いながらも助けになるものを開発してくれる人間がいる。


 まだまだ、これから何が起こるかはわからないが、そんな状況だからこそ、こんな臆病な俺でも前に進むことが出来る。

 そんな事を考えて、俺はアイナと共にオアシスの手前で俺達を待ってくれている二人の元へと急いだ。



 ~ Babylon開始 45日目 現在『バベルの塔』第四層攻略中 ~



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