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閑話 ある開発者の一幕~教会の子供達~


「……ねぇ、お姉ちゃんはまだ帰ってこないの?」


「ぼく、この間テストで100点取ったから、褒めてもらえるかな……もうすぐ帰ってくるかな」


「あぁ……いい子にしてたら、きっとすぐ帰ってくるさ……きっと」


 この施設では最年少である小学生の子供達二人に、面倒見のいい、高校生の(れい)が答えるのを遠くに聞きながら、風間翔平(かざましょうへい)は窓の外を見上げた。


 建物の裏手にある、綺麗な紅葉が見える。

 もう11月も半ばに差し掛かる頃、樹々が色づき、寒さが厳しくなってくる。

 今年で60歳。還暦を迎え、数年前は比較的黒かった髪も今は綺麗な白髪となった翔平には、少し堪える季節だった。


 そして、翔平はいつものように壇上の前に立ち、黙祷を捧げた後、それを見上げる。


 光の差し込む頭上のステンドグラス。

 そして、それに照らされる十字架。


 ここは、都内にある小さな教会。

 翔平は、区に委託され、ここで様々な事情から家族を失ってしまった子供達を預っていた。皆、暗い過去を持ちながらも、よく笑う、子供のいない翔平にとっては大事な、本当に大事な子供達だ。


 ――そして、そんな子供達に好かれ、彼等を笑顔にしていた源である彼女の微笑を見ることが無くなってから、もう一ヶ月が過ぎようとしていた。


 今でも振り返れば、カールした栗色の髪を肩になびかせた、柔らかな雰囲気の彼女が食事の時間を告げに来るのではないかと、どこかで感じてしまう。


「…………おや?」


 こちらに向かい駆けてくる足音に、まさか本当に、等と思って振り返った翔平は、そこに立つ少女の姿を見て、そんな事を思ってしまった自分に苦笑する。

 

(全く、そんな訳がないでしょうに)

 

 そして、翔平はそう内心で呟き、足音の主、風間楓(かざまかえで)を穏やかに迎えた。

 眼鏡をかけ、黒い透き通った髪の毛をお下げにしたその少女は、息を切らせて膝に手を載せている。

 

「楓? どうしたんですか、そんなに走って」


 そして、そんな様子の楓に翔平は笑って尋ねる。しかし、その良い年の重ね方をしたような皺の多い微笑は、楓の次の言葉で驚きの表情に変わった。

 

「カズくんが……カズくんがさっき、お姉ちゃんに会えるかもしれないって! 返事が来たって! …………はぁ、はぁ」


 そう息を切らしながら必死で伝えてくる少女の言葉は、翔平を含めたこの教会にいる全員にとって、大きな意味を持つ、重要な事柄だった。

 


 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「……晃、お休みのところを悪いのだけど、少し起きてもらえるかしら?」


 そんな言葉に、須藤晃(すどうあきら)は目を覚ます。

 時刻を見ると、仮眠室にある時計は、午前8時を少し過ぎた辺りだ。

 昨日は同僚の圭一と飲んだ後、終電を逃しオフィスにそのまま泊まったのだった。


(休みの日だってのに、随分と早い出勤だことで)


 そう内心でぼやきながら、晃は声の主、広報課の同期である木谷純子(きだにじゅんこ)の顔を見る。


 短く整った黒い髪に、気の強そうな大きな目。

 学生の頃は読者モデルをやっていたというほどのその美貌とスタイルは、出会った頃から8年程経つ今もあまり変わらない。もうすぐ30歳を迎えようというのに、本当に年を取っていないのではないかと思うほどだ。

 これで生活力も稼ぎも人並であればもう結婚していただろうに、下手すると晃よりも稼ぎのいい彼女は必要がないからとまだ独身である。


 今日は休みの日だというのに、いつもと変わらないびしっとした制服を身につけている。また、会社に泊まるんじゃないとお小言を言われるのかと、少し二日酔いの残る頭で考えながら、晃はその大きな体を起こした。


「……今日は休みの筈だが」


「えぇ。だから、ここで寝ていたことは問わないでおいてあげる。その代わりと言ってはなんなのだけれど、少しお願いがあるのよ」


「何だ?」


「……その前に、少し顔を洗ってらっしゃい。特別に熱いコーヒーを入れてあげるわ――眠そうな貴方でも一瞬で目が覚める程苦いのをね」


 その声に、少しずつ眠っていた頭の芯が覚醒を始める。

 とりあえず言う通りにしようと、晃は立ち上がり、まだふらつく足で洗面所へと向かった。



 あれから一ヶ月、状況は何も変わってはいないが、世間の飽きは早いもののようで、現状死人も出ず、また、新しい情報もない中眠り続けたままのプレイヤー達の話題は、ニュースの最後などに少し触れられる程度へと沈静化していた。

 あれほど騒いでいたネット上も、いまは人気声優の不倫を叩くのに必死だ。


「……で、話というのは?」


 本当に苦すぎるほど苦いコーヒーを飲みながら、顔を洗って少しすっきりした晃は、会議室の向かいに座る純子に尋ねた。

 そもそも今日は休日だ。純子がここにいること自体がおかしい。――当番でない晃がいることもおかしいのだが。


「私が昔、施設の出身だと言っていたのは覚えてる?」


「あぁ、教会にいたんだったか……それがどうした?」


 昔、一度飲んでいるときに晃の親の話になり、そこから純子が話したことを覚えている。そこに少し給料から寄付しているのだと口を滑らし、照れくさそうに内緒よ、と微笑んだ顔が、思い浮かんだ。


「……あれは中々良い顔だったな」


 晃が虚空を見上げながら、そんな事を呟くと、純子が嫌な顔をする。


「五月蝿いわね、何を思い出してるのよ……まぁいいわ。そのことで少し、お願いがあるの」


「お前のお願いには嫌な予感しかしないんだが……」


「……それは間違っていないわ。晃、あなた、休日でもログイン会場に入る事のできる管理者の一人だったでしょう? そこに、()()()()()()()()()()()()()の」


 一瞬、何を言われているのかわからなかった。

 今、この綺麗な顔をした同期は、何と言った?


 晃がそんな事を思いながら呆けていると、純子が珍しく――本当に珍しいのだ――殊勝な顔をして頭を下げてくる。

 そして言葉を告げる。


「私の、私の施設の義妹に当たる娘が、あの場所にいるのよ……そして、私の恩師と、子供数人を会わせてあげたいの……現状の規則だと、二親等以内の親族以外は、立ち入れないことになっているから」


「……無理だ」


 それに対して、晃は端的に告げる。


「……何でもするから」


「馬鹿かお前は、そういう問題じゃねぇ! というか同期に色仕掛けを仕掛けようとすんなよ……怒るぞ? 友人としても、その頼みは聞けん……第一、例え俺が入れても無理なんだよ、警備員がいるだろうが? 全然似てもいない上に苗字も違う子供達をどうやってごまかすつもりだ」


 少し目を潤ませて流し目を送ってくる純子に、ため息をつきながら晃はそう言う。――他の男ならいざしらず、何年付き合ってると思ってやがる、そんな思いをのせた晃の言葉に、しかし純子は食い下がる。


「警備員が問題なら、大丈夫よ……あそこの主任は私の友達の彼氏だから、そのへんの下準備はすんでるわ……だから、後は管理者の承認が必要なだけのはずなのよ。それも長い時間じゃない、五分だけでもあれば十分よ……それに、暴れたりもしないわ」


 そう言って、今度は真顔で真っ直ぐな視線を晃に向けてくる。


(全く、ころころと表情を変えてきやがって)


 晃はそんな事を思いながらも、このまま押し切られる気が既にしてきていた。この同期は優秀な上に人脈も広い……おそらく本当に後は晃を落とすだけになっているのかもしれない。


 元々は、家族以外の友人などの面会も、会場にて行われていた……在る時までは。


 『アル』と『Babylon』のことが公表されてから三日後、問題が発生したのだ。


 晃たちが見たこともないような専門家が言う言葉に踊らされ、機械を止めさえすればプレイヤーが戻ってくると信じた者が、無理矢理にカプセルに眠るプレイヤー達の部屋でその動力源を切ろうとしたのだ。


 すんでのところで様子がおかしいことに気づいた関係者が取り押さえ、結果的には無事であったのだが、この事から、管理者・警備員の付き添いのもと、近しい親族以外は面会ができないことになっていた。


 もちろん非難は出た……だがしかし、ゲーム等よりも、よっぽど現実に踊らされた人間のほうが危険なことが在るというのもまた、確かなのだ。少なくとも、外部からの干渉が何もなければ、プレイヤーの安全はある意味完全に保証されているのだから。


 ……そして現状、血の繋がりのない人間は、たとえ恋人であろうとその娘には面会ができない。


「……そういう事ならば、正式に手続きに回せば承認されるんじゃないのか?」


「もうとっくに出しているわよ、実際通知が来るのを待ってもいたわ。でも、待たされた上に来たのは、『例外を作ってしまえば、問題が起こる可能性があるため申し訳ありません』っていう、そんな返答よ。たとえこれ以上交渉した所で、それじゃ遅いかもしれない。それまで……あの娘が無事だという保証はないんだもの……あなたなら、よく分かっているはずよ?」


 晃の最後の抵抗は、しかし純子の言葉に遮られる。更にその後に続けられた言葉が、晃を揺らす。

 

「お願い、たとえ血がつながっていなくても、あの子は私達にとっては家族なのよ」


「……万一バレたら、馘首ではすまないな」


「……っ! ありがとう、晃、本当に!」


 そして、迷いながらも諦めたような晃の返答に、純子が花が咲いたような笑顔を見せる。

 入社以来ずっと、晃を魅了している笑みだ。


 それが、馘首(くび)をかけるようなこれからの行動の代償には相応しいのかどうかはわからないが。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「おじさん、ありがとう」「ありがとうございます」


(全く、『おじさん』に慣れるようになるのは、いつ頃からなんだろうな)


 そんな子供達の声に、複雑な内心を隠しながら晃は頷いて扉を開ける。

 

「五分だけだ」


 そして、そう告げる晃の言葉に頭を下げ、背筋のピンと伸びた白髪はくはつの男性が頭を下げ、子供達を連れて中に入る。純子も、最後に続く。


「何かあったら合図するから、外のことは気にしないでいい」


「……ありがとう」


 晃が純子にそう小声で告げると、純子は少し立ち止まり、そう呟き中へと入っていく。


 それを見送り、扉の前で壁に背をもたれかけさせながら、晃は待つ。本来ならば共にいなければならないのだが、あの小学生も高校生も同じような表情を見ると、()()だけにさせてやりたい。

 晃にとっては長い、そしてきっと中にいる者にとっては一瞬に感じるであろう、五分間。


 静かな……とても静かなその時は、果たして彼等を……彼女を満足させられただろうか。

 そんな事を思いながら、晃はこの奥にいる後輩のことも思い返す。今頃は、どうしているのだろうか。


 まだ、誰も死亡はしていない。

 晃はふと、当たり前のように、ここに眠る全員が目を覚ませばいいと、そんな事を願った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「本日は、本当に私共の無理を聞き届けて下さいまして、ありがとうございました」


 無事何事も無く外に出て、会場から離れた後、深々と頭を下げる老人――翔平に、晃は慌てて手を振った。


「……いえ、本来であれば、私どもが謝罪しなければならない立場です。――ですが」


「大丈夫です、他言はいたしません。感謝こそすれ、ご迷惑をかけるようなことはしないと、私も、子供達も理解しております」


 少し口ごもった晃の内心を読んだかのように、翔平が告げる。

 そんな彼等に、晃は黙って頭を下げた。


「では、機会がありましたら、私共の教会にもいらして下さい。歓迎させて頂きます……純子も、疲れたらいつでも帰ってくるといいですよ。子供達も……私も喜びます」

 

 そう言い、子供達を連れて去っていく翔平を見送りながら、晃は呟いた。


「……穏やかな神父さんだな」


「ええ、私達の、自慢のお父さんよ」


 それに静かに答える純子。


「戻ってくるといいな……あの娘も」


「透君も、ね………………ねぇ、今日は本当にありがとう、晃」


「……いいさ、いけないことなんだがな、久々に良い事をした気分だ」


 改めて礼を言ってくる純子にそう言って、晃は空を見上げた。明日からは、また何もできない仕事が待っている。


「この後夕食でも、どう?」


「今日の報酬になら奢られてやってもいい」


「……ふうん、本当に夕食だけでいいの?」


「……だから、からかうなと言ってるだろうが」


 そうやって冗談っぽく笑う純子に、晃は頭をかく。

 顔が少し赤くなっているのは、夕日のせいなのかどうか。

 日が陰り、長く伸びた影が、少し重なりあいながら歩き始める。



 ~ 2027年11月10日 とある開発者の休日 ~



 途中で書いてるものが消え……傷心の中思い出しながら書き上げた作者です。正直無理くりですが、気力上明日改稿等します。。

 では、お読みいただきありがとうございました。

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