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十話

 本日2つ目の投稿です。よろしくお願いします。

 

 目の前にそのモンスターの巨体が迫ってきた時、アイナは動けずにいた。


(…………怖い、嫌……)


 ただ、恐怖心しか出てこない。

 隣にいるトゥレーネもまた、同じく動けずにいるようだ。


 無理もない、先ほどまでですら、フェイル達が弾き飛ばされるのに恐怖を覚えながら、何とか自分の仕事をこなしていたのだ。

 その矛先がこちらに向けられれば、抑えていた逃げ出したい気持ちが溢れてしまう。


 そんな時、二人の前に小さな影が現れる。


「……クロ、ちゃん?」


 目の前に現れた影は、先日トゥレーネが連れて帰ってきた黒猫――正確には黒い虎らしいが――だった。猫が好きなアイナは、一瞬で気に入って、昨日も一緒に寝たのだ。


 そのクロが、自分たちの身を守るために、自分の何倍もあろうかという相手に対して威嚇している。


(…………あ、ああ)


 それでも、アイナの足は動かない。


「早く! こっちへ!」


 それから目を離せず、かと言って動けずにいたアイナは、他のプレイヤー達に引かれ、その場を離脱する。


「…………ッ!」


 そして、引っ張られながら、それでも目を逸らせなかったその瞳が見開かれる。巨大なモンスターの腕が、クロに迫り、そして飛び込んできた黒い影と共に弾き飛ばされた。


「え……トール……くん?」


 隣で、トゥレーネの呆然とした声が聴こえる。

 優しい、抜けているところもあるけれど、抱きしめてくれる腕が暖かい、トゥレーネの震えた声がする。

 彼女と仲のいい、今弾き飛ばされたトールは、壁にたたきつけられたまま動かない。そんな彼が必死に腕に抱きしめているのは、クロ。

 そして、動かないトール達に、アステリオスと呼ばれるモンスターは近づいていく。


「…………よくも」


 そんな光景を見て、怒ったような声が自分の口から漏れるのを、アイナはかっとなる頭の一方で冷静に驚いていた。

 それも束の間、頭が熱に侵される。体の指の先までが、燃えるように熱い。


 そして、アイナはその衝動に従うままに、地を蹴った。



 性質開眼 : 『???』 → 『狂戦士』



 アイナの性質のうち、一つだけステータスで見る事が出来なかったものが、形を成した。

 その時に、ステータスを確認する余裕があれば、全ての物理パラメータが急激に上昇しているのが見て取れたであろう。

 

 目の前で、モンスターを止めようとしていたリュウ達が飛ばされる。

 それでも、衝動の赴くまま、アイナは舞い始めた。


 杖術スキル『舞闘・三散華』。


 光速の連撃を繰り出すアイナの細腕に激痛が走る――でも、止まらない。

 みるみるうちに、その醜悪な表情を浮かべたモンスターの命の火が、削られていく。


 そしてそれは、攻撃を始めてから10秒間、続いた。


 しかし、足りない。

 あと僅か、そのモンスターのHPゲージを残したまま、アイナの舞は終りを迎える。

 アイナは急激に体が重くなったことに耐えられず、膝を付いた。


(だめ……もう、立っていられない)


 そして大きな影が、アイナの小さな体に覆いかぶさる。


 ――――ッ!


 その衝撃が振り下ろされる前に、アイナの前に立ちふさがったのは、龍の刺青が目立つ巨躯。そして、その大剣を支えるように左右にいるのは、フェイルとローザ。


「……ったく、無茶しすぎだ、嬢ちゃん。でもな、よくやったぞ」


 すんでのところで間に合ったリュウはそう告げ、目はそらさずにそのまま腕に渾身の力を込める。……この戦いが始まって以来、初めて前衛がモンスターを押し戻した。

 すかさず細かな連撃を加える他の二人。背後からは、他の前衛達も攻撃を加え、一瞬ながら、モンスターに硬直が起きる。


 そして――――


「そのまま退いて下さい!」


「…………もう、許しません」


 ネイルと、そしてどこか静かな怒りをまとったトゥレーネの声が響く。

 その声に、アイナを抱えて飛びすさるリュウ達。


 『灼熱の雫(アーダー・ポインツ)

 『終焉の蒼風(シルフ・ディマイス)


 二つの魔術と詩が発動し、それぞれ相互的に作用して、硬直しているモンスターを包みこむ。


「―――――!!!!」


 言葉に表せないほどの、広場全体に響き渡る絶叫。

 それと共に炎の渦の中で天井に向けて発せられたライトエフェクト。


 静かにその効果が終了した後には、モンスターの影はもう、見ることはなかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「……やったのか」


 よろける中、何とか壁に手をついて立ち上がった俺は、そう呟いた。

 眼の前には、あの威圧感を示していた巨躯は、もう見えない。

 

 その時、地響きと共に奥の壁が動き始め、言霊の水晶をはめ込む窪みがその姿を表した。

 俺は、はっと我に返り言霊を嵌めこむようにフェイルに告げる。


 頷いて、フェイルがそれを窪みにはめ込んだその時――透明だった水晶が、虹色に輝きはじめる。

 そして、ログインするときに聞いた、女性のアナウンスが流れ始めた。


「只今、バベルの塔第一層がクリアされました。繰り返します、バベルの塔第一層がクリアされました。これにより、『熱砂の砂漠』『氷雪の山脈』が開放されます。また、『転職士』が神殿に降臨致しました。おめでとうございます。それでは今後共、広がる世界【Babylon】を、心行くままお楽しみ下さい」


 その声を聞いて、俺は安堵から地面に膝をつく。ほっとしたことからか、激痛が走る。クロが、頬を舐めてくるのを感じながら、何とかそれを押しつぶさないように倒れこみ、俺は静かに気を失った。


 ~ 【Babylon】開始21日後。バベルの塔第一層攻略完了 ~



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 あの第一層攻略から9日後。

 俺は、街の北部にある、見晴らしのいい高台に来ていた。

 隣に立つのは、出会ってからの二週間で完全に俺の相棒パートナーのようになったトゥレーネ。


 少し後ろには、フェイルとローザの二人。

 その隣には、リュウの肩に上り、頭にクロを乗せながら遠くを見つめるアイナ。

 そして、自称から始まったものの、本当に『轟炎の魔術師』等と呼ばれ始めたネイル。


 つい先程、『アル』の最終アナウンスがあり、この時間、区切りの音と共に、現実が交わる事を聞かされた俺達は、ここ、街で一番遠くが見渡せ、そして天高くそびえる『バベルの塔』も眺められる場所で、死の遊戯デスゲームの始まりを迎えることにしていた。



 天高くそびえ立つ塔のある街に、鐘が鳴り始める。

 特に大きな音というわけでもないのに、ただひたすら響き渡る、鐘の音。


 どうして鐘の音は、いつも何かを区切る音として響くのだろうか。


 幼い頃のチャイムの音。

 一年の終りと始まりを告げる、除夜の鐘。

 結婚式で鳴り響く、祝福の鐘。

 お葬式で別れを告げる、仏具の(りん)

 

 そして、今。――――俺は、この音を二度と忘れないだろう。

 交わるはずのなかった、仮想現実(バーチャル)現実(リアル)が、その境界線をなくした音だ。


「少し、マナー違反っぽいことお願いしても、いいですか?」


 その音が終わり静寂を迎えた後、トゥレーネが、急にそんなことを言ってくる。

 

「なんだ? 俺にできることなら、大人的なことでも可だ。むしろその場合敢えて聞く必要はないし大歓迎だ」


 俺は胸を張って答える。マナー違反と聞いて、すぐにそれを思い浮かべた俺は男としては間違っていないはずだ。――――もっとも、本当にそうなったら腰が引けるとか、そんな事はない……とは思うが、きっとな。

 

 冷たい目線を感じる。

 ローザではない、ここのところ悪い影響を受けたようで――俺もある時から少し慣れてきて、冗談を言えるようになったからだが――目で語るようになったトゥレーネからだ。


「…………こんな時に何ですけれど、一度死んだら、そういうのは治るんでしょうか」


 視線の方向から、とても綺麗な笑顔で、綺麗な声が帰ってくる。


「……おい」


「あ、安心して下さい、今のはコメントに対する話ですからマナー違反とは別ですね」


「いや、死ねって言うのもマナー的にはどうかと……」


「この間、セクハラする男に人権は無いって、ローザさんもキャルさんも言ってました」


 近頃教育を受け始めたらしい、純粋だったはずのトゥレーネさんです。


「……すまない、俺は、嘘は付けない男なんだ」


「格好良い風に言ってもダメです……あぁもう、話が進まないじゃないですか!」


 そう、調子に乗る俺に、もう、と頬を膨らませるトゥレーネ。

 ――――ちなみに、まだそうやって直球で可愛らしい表情を向けられると、平常ではいられない。口調がぶっきらぼうになっていたのが、照れ隠しにふざけるようになっただけだ。


「すまんすまん、で? なんだ? 真面目な話何でもいいぞ」


「良かったです、また無限ループに陥るのかと思いました……」


「死ねと言われて喜ぶ趣味はない」


 話を戻そうとした俺に、じとー、と突き刺さる視線が痛い。

 いや、本当に無いってそんな趣味は。


 さすがにいたたまれなくなってきた俺は、頭をかきながら謝る。


「すいませんでした」


「……しょうがないから許してあげます。――――でも、そうですね、やっぱりなんでもありません」


 そう言って、振り向いてアイナのもとに向かうトゥレーネ。

 俺は慌てて後を追う。


「……すごく気になるんだが」


 そして、更に謝罪を示しながらトゥレーネに聞く俺。

 皆、そんな顔で俺を見ないでくれ――――クロまで、お前だけはわかってくれると思っていたのに。


「皆で――――」


「……え?」


 俺は情けない顔をして聞き返す、そんな俺にトゥレーネは少し笑い、そして皆にも目を向けて言う。


「皆でクリアして帰ったら、お祝いがしたいですね、って、そう言おうとしたんです。現実にあるジンさんのお店に行って、皆でオムライスを食べるんです」


 リアル割れ。

 素顔の分からないインターネット上では、基本的にはマナー違反。

 厳密には、お互いに教える分には何の問題もないし、実際今回は同じところからログインしているため、それこそすぐに出会うことになるかもしれないが、不思議と現状のこの中では言葉にしない事。


 でも俺たちは、そんなトゥレーネの言葉に、自然と笑って頷いた。

 本当に、いつかそんな日が来ればいいと、そんな日が来ると、そう思いながら、今いる場所の、美味しい料理を出す店に向かって、歩き出す。


 ~ 【Babylon】開始30日後 チュートリアル終了 デスゲーム・開始 ~



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【アイナ】

職種:僧侶

主要武具:杖

属性:無

性質:内向的(回復呪文時、自己回復)、無口(無詠唱時効果ダウン軽減)、狂戦士バーサーカー(感情の高ぶりが限界値を超えると発動。20秒間物理パラメータ大幅アップ。効果終了後、5分間全パラメータ半減)

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 これで二章は終了です。改稿は入るかもしれませんが。

 この後に、閑話と人物設定を挟んで三章になります。


 ここまでお読みいただけた方、ありがとうございました。

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