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九話


 朝、俺は約束の時間より少し早く、『塔』の前に向かっていた。

 昔から、何かある日の前日は、早く目が覚めてしまう。そして、二度寝すると起きれないことも既に経験済みだ。


 今日塔への攻略に参加するのは48人、6人からなるパーティーが八組だ。

 うち、四組が第一層のボスのいる広場へ、残りの四組は、それまで実際にボス戦を行うパーティーを送り届けるメンバーだ。

 もっと大人数で行けばいい、と思われるかもしれないが、ボス戦の広場はそこまで狭くはないものの、あまり大勢で行っても意味はない。――何故なら、同じパーティでない者の魔法などは、ダメージを受けるのだ。後は連携の問題もある。


 例え100人プレイヤーがいた所で、同時に攻撃できるわけではないのだから……むしろ、多すぎる人数での攻略は弊害のほうが多い。

 そこで、四方からも攻撃できる最小限の精鋭で、攻略は行うことになる。


 そこまで送り届ける役目の人間は損な役回りなのではないかという意見もあるかもしれないが、この辺は三大ギルドの一つ、生産職メインのギルドである『探求者の集い』が、レアなアイテムや、今後融通を効かせる、等の見返りを与えることで納得してくれたらしいプレイヤー達が行なってくれる。これは、実際にボス戦に挑む人間をそれまでに消耗させないための必要な策だ。


 何故こんなものが必要になるかといえば…………塔の内部が随分な難易度であること、そしてその一因として、他のRPGダンジョンなどで見かけるHPやMPを回復出来る場所が――あるにはあるのだが、50%までしか回復してくれない事に原因がある。つまり、フルの状態で戦いたい場合は意味が無い。


 俺を含めていつものパーティーは、広場へ向かううちの一組に含まれている。


(初っ端から、罠も厳しいしなぁ)


 俺は、これからを想像し息を吐く。

 ちなみに言うと、宝箱などにも罠が仕掛けられており、解除に失敗すると爆発してダメージを受けたり、しかもそのダメージの後でモンスターが音に呼び寄せられ集まって来たりと、多分、はまると精神的にくるものがあるだろう。…………かくいう俺も今まで三回程、都合よくテレパシー能力に目覚めて、これを作った先輩に愚痴を言いつつ攻略法を教えてもらいたいと真剣に願った、いや本当に目覚めないかな超能力。


 そんな事を考えながら、塔の前に行くと、思いがけず既に人影がいた。

 

 フェイルだ。

 珍しく一人で、塔の前に立っていた。ただ遠くを見つめるように、空を見上げている。銀色の髪が朝日に照らされて、一枚の絵のようになっているのに、正直少し見とれてしまう。


「……トールか、随分と早いな」


 自分のことは棚に上げて、俺に気づくと手を上げて言ってくる。


「そっちこそな……何を見ていたんだ?」


「空をね……ここは、どんなに綺麗でも、やはり現実ではないんだなと思っていたんだ」

 

 そう言い見上げるフェイルにつられて、俺も空を見上げる。

 透き通った透明な青。今日の天候は雲ひとつ無いが、あの腕のいい先輩の作品だ、俺には現実と変わらないように見える。


 そう疑問を持った俺を見透かしたのだろうか、フェイルがポツリと呟く。


「私の現実での家の近くには、空港があってね……出勤の時に見上げれば、自然とよく飛行機を見かけたんだ。何というか、時には五月蝿いとさえ思ったものなのだが……それが無くなると、どうも寂しく感じるものだな」


「…………あんたのそういう話は、初めて聞くな」


 いつも毅然とし、ギルドの人間の先頭に立っているイメージのあるフェイルの少し弱音にも聞こえる言葉に、意外に思った俺はそう言った。


「そうかもしれないな、君は――トールはギルドの人間でもないし、客分なわけでもないから、本音を漏らしてしまうのかもしれない」


「そうか、まぁあまり、無理をするなよ」


 俺を見て、そう言うフェイルにそんな言葉を告げてしまってから、この状況で無理をするなも無いものだ、と自嘲気味に思う。


「ありがとう」


 そんな俺に、そう告げるフェイル。

 俺よりも少し高い目線にある切れ長の目は、穏やかな色をたたえている。


「…………礼も言うな。言っただろう? 気恥ずかしいんだよ」


「ふふ、すまない」


 俺がそんな視線に目を逸らし言うと、くっく、とフェイルが笑う。


「来始めたようだな、今日は、よろしく頼む。ある意味前哨戦だ、まだ大丈夫などとは言っても、誰も死なせずに攻略したい」


 少しずつ、こちらに向かってくる人影に、フェイルがそう言い、俺も頷いた。

 初めてとなる、『バベルの塔』上層部へ向かう第一歩が、今日始まる。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 両脇に煌々と火をたたえた松明が灯る大きな扉の前、その、ボス戦の広場の入り口に、俺たちは立っていた。

 此処から先は、何が待ち受けているのか。

 

「後は、任せます」


 俺達を送り届けてくれた人間のうち、そのリーダー格でもある『狩人』の男がそう告げる。

 レベルはそこまで高くはないが、状況判断に優れた支援を行なってくれる、いぶし銀のような男だった。 


「あぁ、君たちも、本当にご苦労だった。決して無駄にはしない」


 そうフェイルが告げるのに対して、頭を下げた四組のパーティ達は、それぞれの転送陣にて塔の外へと離脱していく。


「さて、初陣だ。作戦は、私を含めた戦士・格闘家タイプの人間が前衛。トゥレーネくんを含めた吟遊詩人・呪術師で補佐、ネイル等の魔術師・狩人で後方からタイミングよく相手を削ってくれ。トールを含んだ盗賊は、ボスに追随する他の敵が出現しないかの注意を払いながら遊撃を頼む。僧侶のものは、各自のHPに注意を払いつつ、回復を――特にアイナ、君の無詠唱で行えるにも関わらずダウン効果の少ない回復は重要だ、頼んだぞ」


 そんなフェイルの流れるような指示に、俺たちは頷き、そしてその広場に足を踏み入れた。 

 そして、四組全員が広場に入った時、少しの暗がりの中、()()が姿を現した。


 『Asterios(アステリオス)


 そう、頭上のHPを表すゲージと共に、その巨体の名前が浮かび上がる。


 隆々とした体躯――リュウですらその肩に身長が届いていない――の、二足歩行の怪物。

 神話の世界や、絵などではポピュラーなもの。


 牛を思わせるその顔、しかし、その血走った目、頭部の螺子巻かれた角、そして、背中と肩から生える四本の腕は、威圧感をひしひしとこちらに伝えてくる。


 ミノタウロス。

 

 そう言葉に表したほうが、伝わるだろうか。

 そして、その俺達の前に立ちはだかった怪物が、地が轟くような声を上げる。


「…………来るぞ! 散開しろ!」


 そんなフェイルの声に、全員がはっと各々取るべき行動をとり始めた。

 俺も、側面に回りこみながらその存在感の他に出現ポップする敵がいないかを探る。


(先輩……たしかにダンジョンといえばでメジャーですけど、第一層からこれはひどいでしょ! もっと最初はゴブリンとかそういう優しいボスじゃないんですか!!)


 そう内心全力で呪詛を吐きながら、今のところはその一体だけであることを確認する。…………というかそう願いたい。


 フェイルの声に一番に反応したリュウが正面に立ち、その腕の一撃を大剣の横腹で止める。後衛職が距離を取る時間を稼ぐためだ。


「うぉっ!」


 リュウの巨体がよろめき、その足で何とか踏ん張るもののガードすら超えてHPが微量に削られている。


「……おいおい、戦士で硬いリュウさんでそれって、俺が喰らったら一撃でレッドゾーンじゃねーか」

 

 俺がそれを見て慄いていると、そんな中勇敢にも背後に回りこんだ格闘家の一人が、その空いた背中に飛びかかった。


「…………!」

 

 しかし、あたかも背中に目があるかのように、リュウに攻撃している二本とは別の二本の腕が反応し、体ごと受け止められる。


 ――――押しつぶされる!


「やばい! ネイル!」


 そう感じた俺が後方でタイミングを伺っていたネイルに叫び、そいつの足元に双剣の連撃――哀しいくらいHPが減らない――を浴びせかけていく。しかし、それでも俺の攻撃が癇に障ったのか、そのまま引き裂こうとしていたその男を俺に投げつけ、吹っ飛ばされるも何とか難を逃れる俺たち。


轟の紅炎(ブレイズ・フレイム)


 そこに、ネイルの詠唱が間に合い、追撃は免れた……しかし、それでもHPゲージはそこまで減らず、ほとんど最初と変わらない。


(くそったれ、冗談じゃねーぞ。マゾすぎだろこのレベルは)


 俺は起き上がり、内心で呻く。投げつけられた男が礼を言ってくるも、お互い答えている余裕はない。

 ネイルにしろ、リュウにしろ、今俺と共に弾き飛ばされた格闘家の男にしろ、現状の上位プレイヤーである……にも関わらず、攻撃はあまり通らず、下手したら一撃でほとんどが削られる。どんな無理ゲーだ。


 そんな絶望感の中、フェイルとローザがそれぞれ別の側面からその剣戟を加え、リュウが正面に上段から大剣を振り下ろす。その連携と精神力はもはや感嘆するしか無い。

 

「…………ッ!」


 俺も、盗賊専用の投剣をオブジェクト化。その頭部に向けて投げつけた。


「グオォォォォッ!!!!!」


 響き渡る雄叫びと共にその腕を振り回し、全ての攻撃をはじき飛ばすモンスター。しかしそこに、すかさず魔術師達の攻撃と、弾き飛ばされた前衛達への回復がかけられる。


 贔屓目に見て、20分の1程削れたか。


 そして、初めてダメージらしいダメージを受けたそいつは、吹き飛ばされる範囲にいなかった結果、一番近い位置にいる俺に目を向ける。…………ほんとうに勘弁して欲しい。


「…………やべぇ」


 咄嗟に回避に入ろうとするも、一瞬の迷いのせいで横薙ぎの腕を避けられないと見た俺は、一か八かの賭けに出た。


 『柔法の一・受け流し』


 俺の性質『優柔不断:柔術スキルアップ』のおかげで使用できる本来格闘家のための戦闘技能。


「…………くっ! らぁ!」


 俺は双剣の柄を使いながら、腕全体をしならせて衝撃の方向を変えた。


(…………完璧、だろ!)


 そう俺の思った通り、タイミングは完璧だった。相手の巨体も少しよろめく。


 ――――なのに何故、俺は今後方へとよろめき、HPは三分の一も削られているのだろうか?


(少しぐらい自己満に浸らせろよ! 何で成功したのにこんなに喰らってんだ!?)


 しかし、その隙を本来の前衛である者たちが見逃さずに攻撃する。そしてアイナの回復とトゥレーネの支援の歌の効果が俺を包む――ありがたい。


 もう少しずつ、削っていくしか無い。

 それが全員の共通認識。


 そしてそんな薄氷を踏むような戦いが続く、誰も落ちていないのは奇跡に近いが、現実として、ようやく相手のHPはレッドゾーンに差し掛かってきていた。


 しかし、そんな時だった。急に『Asteriosアステリオス』の行動パターンが変わる。それまでは、あくまで自分に近い標的が攻撃対象だったのに対し、突然後衛のトゥレーネやアイナに目を向ける。地味ながら、回復と支援で戦闘の要となっていた二人だ。


「まずい、後衛を守れ! 来るぞ!」


 フェイル達がそれに気づき、即座に応戦するも、体ごとダメージを受けるのにも構わず突進するそれに弾かれる。


 ――――その前には、トゥレーネとアイナ。


(間に合わねぇ!)


 そう俺が思った時、その眼前に小さな生物が顕現した。……影の中に隠れていたはずの『クロ』だ。

 そんなクロが、その巨躯の放つ威圧感に動けずにいるトゥレーネとアイナの前に立つ。ミノタウロスの巨躯に比べてあまりにも小さいが、精一杯の威嚇の後、その巨体の影を掘るような仕草をした。


「ガ……ゥ……?」


 そして、その行動に急に足元が崩れたようにたたらを踏んだその隙に、二人は他のプレイヤーによって距離を取るように導かれる。


 その結果、アステリオスの目が向くのは、思いがけない邪魔をしたクロだった。そして、アステリオスはいらついた様に腕を振り上げる。


「くそったれ!」


 二人を助けようとした結果一番近くにいた俺は、それを見たとき咄嗟に飛び出してしまっていた。

 人ではない、AIで動いているモンスターの為に、なんて考えている暇など無い。その手がクロに届くと共に、俺は背中に息が止まる程の衝撃を受け、壁にたたきつけられた。


(…………グッ!)


 声も出せずうずくまる俺。腕の中に温もりを感じる。


「…………グル」


 弱々しい鳴き声が聞こえる、クロは何とか無事か……しかし、視界の隅が赤い、おそらくHPが1/4以下に削られてしまっていた。


 そんな俺達に地響きと共に足音が近づいてくる。

 剣戟の音からして、必死で止めようとしてくれているようだが、止まらない。

 牛という特性から、レッドゾーンになると猪突猛進にでもなる設定なのかよ、と内心で思う。まだ、体は動かない。


 目を何とか向けると、リュウの巨体ごとフェイル達が吹き飛ばされるのが見える。


(これは……やばいかも)


 そう感じた。――――その時。

 

「…………!」


 衝撃音としか言いようがないような打撃の音が、聞こえた。その音の源は…………杖を持った小柄な少女。


 ――――アイナ!?


 俺は動かない体で驚愕する。

 無口な僧侶であるはずの彼女が、普段とは違い怒りに満ちた表情で、何故かモンスターの巨体に攻撃を浴びせながらひるませていることが信じられない。


「くそ……まだしびれは取れないのか……一体何が起こってる」


 俺は信じられない気持ちで、眼前の光景を見やっていた。



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