八話
「トール、言霊の件では助かった、礼を言う」
「何だかあんたには、いつもそうやってお礼を言われてる気がするな。気にしないでくれ……実際うまくいったんだからな」
食事を終えた頃、ネイルと二人で入ってきたフェイルがそう告げてくるのに答えて、俺は笑いかける。そんな俺に少し頭を下げ、二人は空いている俺の右斜め前の席に座った。そこはちょうど、ジンのいるカウンターから対面、扉の前になる場所だ。
…………すまない、内心どうしようもなく感じているので聞いて欲しいんだが、現状、テーブルを中心に、二人ずつ座っているわけだ。
俺の座っている場所の右側には、今来たばかりの美形二人。そして対面には濃い顔に大きなガタイのリュウさんと、怜悧でスレンダーな黒髪美人であるローザが座っている。
さらに、左側にはクロと戯れる二人。ほんわかとした笑顔が似合う美人、その適度に丸みを帯びたスタイルがバランスの良いトゥレーネ、小柄で、頭を撫でたくなるような可憐さを持つ、くりっとした目の無口な少女、アイナ…………ちなみに14、5の子を相手に言って犯罪者になりたくはないから大きな声では言わんが、その胸元には存在感を示している二つの……後は、わかるか? 察してくれ。威力は皆に任せよう。
最後に、俺の隣にはそのアイナを虎視眈々と狙う(……その度に俺が止める事数回)猫耳赤毛の錬金術師、キャル。その小柄なスタイルは前言ったように貧、…………これからに期待だが。
言い直したのは、隣から殺気が来たわけじゃないぞ、負けてなんかいないからな!
――――コホン。
そんな中、俺は思うわけだ。
このメンバーでいたらただでさえ無い俺の存在感が更に薄くなる気が…………いや、いいんだ、自覚はしている。しかし、自分の存在感を自分ですら感じ取れなくなるようなこの異常さ、わかって欲しい俺の気持ちが伝わるだろうか? ……伝わるといいな、物語には、俺みたいな奴がきっと必要なんだって。
そんな事をうじうじと考えていると、ジンさんが奥から現れる。そして、遅れてきた二人のためにまたあのオムライスを作ってくれるようだ。それを聞いてまた見に行くアイナとトゥレーネ…………飽きない二人が凄いのか、それとも飽きさせないジンさんが凄いのか。
(ウインドウ・オープン)
それを横目に見やり、俺はそう静かに呟き自分の性質を確認する。そんな俺の行動に、他の皆は何をしているのかと目を向けてくるが、そんなものは知らない。
『裏方』
その二文字が輝いている。――――よし、現実を見ろ、俺!
敢えて確認することでやりきれなさを振り払った俺を見て、ローザが呟いた。
「では、フェイル達も到着してトールさんが思考の迷路から戻ってきたようなので、話しておきたいことがあるのですが、あの子達は……後で話します」
(……だから、心を読まないでくれよ)
そして、そう内心で哀しくなる俺を無視し、目線を二人が嬉々としてカウンターに乗り上げてジンの技を見ているのに向けて、静かに続ける。
「キャル、アレについては、もう完成しているんですよね?」
「アレっていうのは?」
「……犯罪者プレイヤーを拘束し、『牢獄』に転移させるためのアイテムです。このゲームには、犯罪者を入れる場所は用意されていましたが、そこに飛ばすためのアイテムが何故かありませんでしたから」
疑問に思った俺のつぶやきに、ローザがそう答えてくれる。
(そうだな、それは元から無いんだよ――――『アル』を含めた運営が、そのPKをされた人間に依頼されてから送るシステムだったからな)
『アル』は当初のルールは守るはずだ。しかし一週間後以降、その人間が神殿に復活し、報告することなどありえない。
俺はそう、内心で呟き目を合わせた。それを見て、何かを悟ったようにローザはその目線をキャルに戻し、俺も自然とそちらに目を向けた。
「もちろんや、ただ、やっぱり条件があるんやけどな…………」
そんな俺達にキャルがそう答え、少し口ごもる。
「どんなものだ?」
フェイルがそう口を開き、キャルはそちらを向いて答えた。
「そもそもな、何らかを拘束するためのアイテムは全般的にそうやし、今回はそれを元に転移効果を入れて作ったから、結構条件が厳しいんや、相手のHPを五分の一程度まで減らした後で、陣の中に放り込まんと転送できん」
「……まぁ、仕方が無いだろう。急遽作成してもらったものではあるしな、ただ、そうか――」
その言葉と共に、息を吐くフェイル。
考えていることは解る。
おそらく、このチュートリアルとされる期間終了後のことを、どこかで皆考えている。
今のところは、PKの噂は聞こえてこない。だが、この状態が最後まで続くはずと考えるには、知らない人間の数が多すぎた。
信じたくはないが、想定しないなんてことはありえない。
実際に『死亡』が現実の『死亡』とリンクした後でも、PKをする人間が存在するかどうか、ということを。
カウンターに居る二人が歓声を上げる。そろそろ出来上がるのだろう。
俺は、そんな二人を見やり、フェイルに告げる。
「なぁ、分かっているかもしれんが、一つだけ、忠告させてくれ」
「何だ? 気にしなくていい、言ってくれ」
それに落ち着いて答えてくるフェイル。
そして、俺は心に引っかかっていたことを、口にする。
「あいつに、あの三人のうち、一番落ち着いていた呪術師のやつにはくれぐれも気をつけてくれ」
頷いて先を促すフェイルにそう答えながら、俺はあの時のそいつの目を思い出す。
「……ゾッとしたんだ、あいつと最初に目があった時。……それで頭が真っ白になって、三対一なのも忘れて飛びかかった」
「そいつは、実際どんな野郎なんだ? 俺は正直終わった後にしか見てないから、そこまで詳しくはねぇんだが」
俺の言葉を聞き、そう疑問の声を発したリュウに、実際にその三人を転送し、その後の対応をしたネイルが補足する。
「そうだねぇ、随分と澄ましているいうか、冷めているというか。まるでゲームをやっているような? ――いや、今の状況だとこれじゃあ言い方が悪いかな」
「なんだよそりゃ? はっきりしねぇな」
説明し、うまい言葉が見つからないな、と人差し指で額を叩きながら呟くネイルに、リュウが言う。
(ゲームをやっているような)
しかし、そう、まさにそんな感じだ。
本当の時間つぶしにゲームをやるかのように。
惰性でつまらないものを見るかのように。
あいつは、トゥレーネを麻痺させ、二人に襲わせる様を見ていた。
――――ここはもう、ゲームであってゲームではないのに。そんな事は無いと信じているふうでもなく、ただ、つまらなそうに見ていた。
「少しだけ、現実での話をしていいか?」
何故か、自然とこの仮想現実で、外の現実の話をするのが少し禁句のようになっていた。
―――それはいつからだろうか、そんな事を思いながら俺は告げる。
「……あぁ、続けてくれ」「変なこと気にすんな、構わねぇぜ」
そんな俺に、フェイルとリュウがそう言い、他の三人も首を縦に振る。
「時々さ、テレビで流れてたりしなかったか? 殺人事件で、理由が『ただ何となく、誰かを殺してみたかった』っていうやつ」
そして、皆が静かに聞いてくれているのを見て、俺は続ける。
「あれは、実際のところはどうなんだかわからないし、専門家はいろんな事を言うけれど、俺は、病んでるとか、敢えてそう言ってるんじゃなくて、むしろそのままの言葉なんじゃないかと思うんだ。何というかな、普通の思考の延長線上にあるような。………それに比べたらまだ、他の二人の事は感情としては理解できたんだ――共感は決してできないがな」
醜悪な表情をむき出しにして俺に語りかけてきた戦士の男と、それに追従するように笑っていた呪術師を思う浮かべそう告げる。
でも、あいつは違った。
次に浮かんできたあのまとめているように見えた、後方にいた呪術師の事を思う。
「あれはそう、何もなかった。何も感じてないんじゃない、感じた上で普通にしていたような。さっき言ったみたいに『やってみたかった』からしてみたような……何だろう、すまん、うまく伝えられないが」
「いえ、ネイルの言葉と、貴方のその例えで、理解したつもりです……少なくとも、気を付けたほうが良いということは……」
俺の言葉にローザがそう言い、フェイルがそれに頷きつつも続きを受け取る。
「だが、実際今日他の二大ギルドとも話してはきたのだが、捕らえたとして、その後いつまでそうするか、というのも問題なのだ」
「アホか、そんなもん一生閉じ込めとったらええやないか」
その言葉に、これまで黙って聞いていたキャルが吐き捨てるように告げた。顔が不快そうに歪んでいる。
「その、犯罪の質にもよるのだ。例えば、殺人と盗難をひと括りにまとめるわけにもいくまい?」
俺も心情的にはキャルに近いが、フェイルがそう落ち着かせるように告げる言葉もわかる。
「犯罪者なんて皆同じや、軽いか重いかなんて関係ないわ。トゥレーネがされたこと忘れたんか?」
「…………キャルさん、目には目を、歯には歯を、ですよ」
そんな叫ぶようなキャルの声に、横からそう言ったのは、他ならぬトゥレーネだった。
見ると、アイナと共に料理を運んできている。皆少し声を抑えて喋っていたのだが、興奮したキャルの声が大きいので、聞こえたらしい。
(トゥレーネにはあまり聞かせたくはなかったが、しかし、当事者のトゥレーネこそ決めるべきか)
「せやろ? やられたらやり返さな!」
俺がそう考えていると、そのトゥレーネの言葉にキャルが勢い良く告げる。
「違いますよ、昔、私も思っていたんですけど、その言葉はそういう意味じゃないんです」
ゆっくりとネイルの前に湯気を立てるオムライスをおいたトゥレーネは、首を振ってそう言い、見回して続けた。
「『目には目を、歯には歯を』という言葉は、目をやられれば目まで、歯をやられれば歯までしか罰を与えてはいけない、必要以上にやりすぎてはいけない、というのが本来の意味なんだと、昔、人に教えてもらいました。――だから、フェイルさんの言う通り、全てを一緒にしては駄目だと思いますよ」
「……話し合いの結果としては、とりあえず、被害者の許しがあれば釈放するということで仮決定はした」
そう、静かになった席に、フェイルが言う。
つまり、何にせよPKは釈放なし、ということか、等と考えて俺は少し気分が悪くなる。
どうしても、そのことについて考えてしまう。
何にせよ、今回の三人は釈放は無しだな、とも主観ではあるが思う。
「はい、わかりました。許したら、釈放ですね」
静かにフェイルにそう告げるトゥレーネ。
「トゥレーネ?」「トゥレーネさん?」
あっさり言うのに、まさか釈放する気か、と思った俺が名前を呼び、同じように声を出したアイナが、そんなトゥレーネの裾を掴む。影の中に潜っていたらしいクロも、頭を出して鳴いた。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ、私にはもう皆さんがいますから。もちろんアイナちゃんもクロちゃんもいるから、怖くないです」
自分のそばの、そんな一人と一匹の頭を撫でて、呟く。
「……あの三人に関しては、当分許す気なんてありませんし、これから先もわかりません。でも、だからって他の人にまでそれを押し付けるのは、良くないと思います」
最後の言葉は、キャルに向けてだ。
その言葉に、キャルが手を上げて呟く。
「わかった……うちは納得はせえへんけど、わかったわ」
そして、そのまま手を伸ばし、当たり前のようにネイルの前にあるオムライスを奪う。
「なっ、ちょっと待ってくださいよ、それは僕の……!」
「ジンさん、もう一個追加、よろしく頼むわ」
そう声をかけ、美味しそうに食べ始める。――もちろん二個目だ。
ネイル、場の空気を変えるためとはいえ目の前まで来たそれを奪われるとは、不憫な奴。 しかし、その様子を見ていたらおれももう少し食いたくなる。
何せ、それだけ美味いのだから。
他の人間も同じだったのか、少し空気が軽くなったことが原因なのか、ジンに飲み物や食べ物を頼み始めた。
それに黙って頷き、調理を始めるジンさん。――――あなたは、職人の鑑です。
「トールくんも、ありがとうございます」
再びそれぞれ飲み食いを始めた頃、トゥレーネが近寄ってきて、そう告げる。
「…………それでいいなら、俺になんか言う権利はないよ」
顔が近いことと、その漂ってくる香りに戸惑いながら、少し席を引き俺はそう言う。
「大丈夫です、信じてますから」
ニコリ、と笑ってそう言われ、顔が赤くなるのを感じる。
―――だから、直球派は苦手だ。
ニヤニヤしている二種類の毒舌の視線を感じる。
(あぁ、今日も胃が痛くなるのか)
俺はそんな事を考えながらも、楽しさも感じていた。そしてその後は攻略の為の準備についての話などしつつ、美味しい料理に酒に舌鼓を打ちつつ、夜は更けていった。