五話
【~第一層ボス攻略前日、銀の騎士団ギルド本部~】
「トールのやつとトゥレーネは、もう遺跡に向かったのか?」
『銀の騎士団』の本部としている建物の三階では、ギルドの面々が、明日に向けての話をしていた。
そして、その話し合いも一段落した所で部屋に入ってきたアイナに、リュウが尋ねる。
「……はい、トゥレーネさん、凄い張り切ってました」
リュウの言葉に、と先ほどまで一緒に買い物に行っていたアイナがコクリと頷く。
「そうか、トールのやつもちったぁ男らしくしてるといいがな。……いつまで経っても照れてばかりいやがって、どっちが男だかわかりゃしねぇ」
がはは、とそれを聞いてリュウが笑う。
最初は、少し怯えていたアイナも、話していくうちに、その外見とは裏腹に面倒見がよく、ぶっきらぼうながら優しいリュウの顔を直視できるようになっていた。
「でも、二人共、優しいです」
そう呟いたアイナの頭を、リュウがくしゃっと撫でる。
節くれだった、固く、暖かい大きな手だ。
最初はそうされる度にビクッとしていたアイナだったが、今ではそうされる事に少し落ち着きすら感じている。
(何か、お父さんに似てる)
そんな事を内心アイナが思っていると知れば、意外と繊細なこの大男は傷つくかもしれないが。
「…………そうですね、一人は甲斐性なし、一人はよくわからない天然の娘ですけれど」
今頃ぎこちなくなっているのであろう二人を思い浮かべて、ローザが淡々とそう言った。
「あはは、それはまた随分なお言葉だねぇ。もっとも、僕も否定はしないけれど」
ネイルがその言葉を聞いて、肩をすくめて苦笑する。
いちいち行動が大げさなのにはもう誰も突っ込まないが、常々変わらないところを見ると、この状態が素なのだろう。
今、ここにいるのは四人。
出かけている二人とパーティを組んでいるメンバーだ。
おそらく、戦力のバランス的にも、明日は最前線に立つパーティの一つになるだろう。たった三日ではあったが、相当な時間を塔の探索に費やし、即席ながら各々の癖などもわかってきていた。
団長のフェイルはというと、今他のギルドとの調整に向かっているため、不在だ。
元々休養に当てる為の一日でもあり、トールとトゥレーネは、正式にはギルドのメンバーではないことと、あれ以上、ギルドの錬金術師の一人が開発した『煙草』を我慢させると、鬱陶しそうという理由でローザが呼ばなかった。
今日はそこまで重要な話し合いでもない、あくまで確認のためのものだ。
それに――――まだ聞かせたくはない話もある。
「後で、フェイルが戻ってきたら改めてお話ししますが、キャルから『犯罪者』プレイヤーを転送するためのアイテムができたと報告が来ていました。…………あの娘は、まだうなされるのでしょうか?」
ローザがそう口を開く――――後半は、アイナに向けて告げた言葉だ。
「はい……でも、最初の一日に比べたら、全然ましです。あの日は、眠れなかったみたいだから」
「そう……リュウの言う通りにして正解だったかもしれませんね」
トゥレーネは、いつもにこやかにしているため、人を見ることに長けているローザですら鈍感なだけかと思っていたが、同居しているアイナによると、初日は夜中にうなされては目をさまし、一睡も出来なかったらしい。
それでいて朝皆の前に姿を現した時にはあの通りなのだから、その話をアイナから聞き、逆に意外に思ったものだ。
そして、それを聞いたリュウがこう提案した。
「悪夢なんて見る暇もないほど連れ回せばいい。考える余裕がなくなるほど限界まで疲れさせて、腹一杯にしてベッドに放り込みゃ、そのうち時間が解決してくれる。後はトールのやつの仕事だろ」
乱暴すぎるように思われたが、効果の程は十分だったらしい。
(まぁ、騎士様役があんな感じの方ですからね、確かに荒療治もありだったのかもしれません)
そう内心で思い、ローザが口元を緩める。
「……意外だね。ローザはああいう可愛い感じの娘は嫌いそうだけど――――もちろん、悪い子ではないと思ってるけどね、僕は」
その様子に、ネイルが本当に意外な口調で尋ねた。途中からの言葉は、少し睨んできたアイナに対してである。
この無口な少女は、初日トゥレーネにいきなり抱きしめられて可愛がられた時は目を瞬かせて戸惑っていたが、それからも一緒に過ごす、というか構われるにつれて、短い期間ながら驚くほどよく懐いている。
ネイルには、それが現実にいた頃からなのか、こんな状況に巻き込まれたからなのかは分からないが、ほとんど自分からは口を開かなかったアイナが、曲がりなりにも自分から意見を言ったのは、トゥレーネがうなされていることをここにいる三人と団長であるフェイルに告げた時だった。
「あら? 私は元々可愛い物を愛でるのは好きですよ。………もしあれが、計算したような天然もどきでしたら別ですけれど」
そうネイルに言って、ローザが微笑む。
何故か、何かを思い出したようにイラッとしたように見えるのは………きっと触れないほうがいいのだろう、そう思ったネイルが、更なる疑問を口にする。
「何で純正の天然って解るのさ?」
それを聞いたローザが、端的に告げた。
「まぁ、何よりいい子だと、女性同士の付き合いが得意な訳では無い私でも思うのですから、どう理由づけても感覚でしかないかもしれませんが。躊躇なく地雷を踏めるのは、本物の天然だけです。計算高い女性は、あれほど危険な罠を、躊躇なく発動させません……」
あぁ、とそれを聞いて三人とも納得する。
その後始末を全てトールに押し付け、それを何とか解決したところをトゥレーネに涙目で謝られたトールが照れ、そしてローザが遊ぶ、というパターンが三日間ダンジョンで繰り広げられたのをここの面子は知っている。
それを見て、リュウが笑い、ネイルが肩をすくめ、アイナが静かに微笑むのもまた、定番になっていた。
「きっと今頃、また嬢ちゃんが罠を発動させて、トールが現実逃避してはカッコつけて頑張ってるんだろうぜ」
そのリュウの言葉に、四人とも笑う。
明日攻略に望むながらも、そんな柔らかな雰囲気の昼下がりだった。
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【~第一層ボス攻略前日、夕方~】
遺跡から戻ってきた後、クロ――(黒影虎はそう名付けられたらしい…………あれ、そのうち虎になるのに)――の食べ物を買うのです、アイナちゃんにも見せるのです、と張り切って(何故あんなに元気なんだ……?)いるトゥレーネをギルドまで送り届けた俺は、『煙草』の素材を渡すためにローザから紹介された錬金術師の店に入り、それを見て固まった。
もしかすると、他の人間にとってはそうでもないのかもしれないが、開発者の俺にとっては、ありえないと解るもの。
その少女にも、背の低い大人の女性にも見えるプレイヤーのアバターは、燃えるような赤い髪に、茶色の大きな目をしていた。
まだそれだけなら、この世界では決して珍しくはない。
俺を固まらせた原因は、その顔に付いているとがった耳、そして、明らかに人の体には着いていないもの。
「少し変わった人間ではありますが、腕は確かな『錬金術師』です」
「キャルさんは、とても可愛らしい方です!」
ローザと、既に会ったことがあるらしいトゥレーネは、そう紹介していたが、予想の斜め上過ぎる状況に、混乱した俺は内心で全力でツッコむ。
(何でだ!? 何で猫耳にふさふさの尻尾のアバターなんかいるんだよ! バグか? それとも誰かの隠し仕様か? …………いかん、思い当たるフシがありすぎる)
遺跡で、色々と精神的にも肉体的にも疲れ果てた俺を迎えたのは、現実の容姿を変更すること位しか許されていないはずのこの世界で、何故か猫耳をはやし尻尾を垂らした女性が座っている道具屋だった。
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簡易登場人物パラメータ2
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【ネイル】
職種:魔術師
主要武具:ロッド
属性:炎
性質:自己犠牲(パーティの誰かが瀕死時、HPを分け与える事ができる)、自己陶酔(自分への支援効果アップ)、厨二病重症者(HP1/4時、魔力暴走効果)
【アイナ】
職種:僧侶
主要武具:杖
属性:無
性質:内向的(回復呪文時、自己回復)、無口(無詠唱時効果ダウン軽減)、???
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