四話
ここは、『バベル』北東に抜けた先にあるダンジョン、『無名の遺跡』。
この奥にある、『火』属性の魔石アイテムが、『煙草』の錬成に必要という事で、俺はトゥレーネを伴い先へと進んでいた。
レベル的には、現在開放されている中では、難易度中のレベル。
決して楽では無いものの、この三日間、結構な時間を『バベルの塔』内部で過ごしていた俺達にとっては、無理さえしなければそこまで危なくもないダンジョンだ。
古びた石柱が立ち並ぶ通路を越えて、崩れた壁を迂回し、遺跡の中に入ると待ち受けている罠を解除しながら、少しずつ奥へと進む。
ここまで何の問題もなく進めていたが、そろそろ最奥部が近いため、モンスターも強くなってくるはずだ。
そろそろ罠も多くなってくるし警戒を、と俺が言いかけたその時、
――――カチリ
「あ………」
物珍しげに壁に手をおいたトゥレーネが、乾いた音の後、少し間の抜けたような声を出す。
続いて、石と石がこすれるような、鈍い音。
「…………ごめんなさい」
トゥレーネの声がか細く響く。
少しだけ、声をかけるタイミングが遅かったようだ。
今俺達がいる遺跡内の通路。
不思議な光沢を放つ石でできた壁には、幾何学的な文様が刻まれている。
(難しかったって言ってたなぁ、これを表現するの)
少しだけ、現実逃避をしてみる俺。
そうしているうちに、鈍い音が終わり、一部分が凹んだように動いた壁の中から、石兵型のモンスターが現れる。
壁のある位置に触れると、現れるような仕様になっていたらしい。
幾何学模様のせいで、罠の場所を見逃してしまった俺のミスだ。
…………一応、あまり壁とかに触れないでって言ったんだが、しかし、ある意味褒めよう。
その、目の前のモンスターを見て、そう思う。
俺たちの前に立ちふさがったのは、『古代機兵』。
こいつは、男のロマンに固執した俺の会心作だ。目の前で威嚇してきていなければ細部にわたり自慢するところだが。…………やっぱりこういう風に見ると違うな、等と考える。
巨大だ。
頭が通路の天井に届こうかという巨体。
なめらかなフォルムにして無骨な石の光沢。
そして、画面で見るのであればわからないであろう威圧感をひしひしと肌で感じる。
やばい、これはやはり格好良い。
何で俺、無機物系は捕獲できない仕様なんかにしたんだろう……システム的に種類増え過ぎたら際限がないと割り切ったと思っていたが、いざこうしてみると痛恨のミスだ。
あぁ、このゴーレムに乗ってフィールドを歩いてみたかった………。
このゲームでは、特定のモンスター(特殊な技能を持ったものが多い成長型モンスター:全部で20種類程)と戦闘し、瀕死状態にした場合、超低確率で捕獲することが出来ることがある。そもそも出現率が非常に低く、出会えること自体ままならない上に、捕獲できる確率も低いため、出来るのは幸運の女神に微笑まれたものだけだ。
そんな中々手に入らないモンスターにはそれぞれ特徴があり、治癒効果を持つものであったり、支援効果であったり、戦闘参加であったりと様々だ。そして、そんな幸運に導かれ、一度何らかのモンスターを捕獲すると、二度とそのプレイヤーは他のモンスターを捕獲することはできない。
これは、オフィスのデスクに『人生是一期一会』と書かれたカレンダーを置いている(毎年どこから持ってくるんだろう?)先輩デザイナーの発案である。
ちなみに、そのモンスターが『死亡』した場合の措置としては、『死亡』後、そのモンスターはカードとして持ち主にドロップし、これまたフィールドで得られることのある、『黄泉の実』というレアなアイテムでのみ復活させることが出来る。
そんな事を思う間に、ゆっくりとその足音を響かせて『古代機兵』が近づいてくる。
今俺がソロでいるならば、時間をかけてヒットアンドアウェイで削っていくか、さっさと逃げ出すところだが、今は背後にトゥレーネがいる。
仲間がいる…………付け加えると物凄く美人だ。
おそらく性質にもう一つ空きがあれば、『見栄』が入っていたかもしれない。
遺跡に入る前にトゥレーネにかけてもらっっていた支援効果と秘密スキル(注意 そんなものは存在しません 運営チームより)『男の見栄』を受けた俺が、いつも以上の速度で、相手に小さく攻撃しながら注意をひきつける。
太い腕が俺を襲う。速度はあまりないが、動きが厄介だ、食らえば一撃でもかなりのHPを持って行かれるだろう。注意しながら、タイミングを縫って攻撃を浴びせていった。
まだ戦闘に完全に慣れているわけでもないトゥレーネにも指示しつつ、タイミングを縫って攻撃を浴びせていった。
「そろそろ、行けそうです、言霊が場に溜まって、詩が見えてきました!」
「オッケー、そっちには行かせないから、思いっきり頼んだ」
背後で、聞きなれてもなお、聴き惚れるような綺麗な声が滔々と響き始める。
俺にとっては援護となる、目の前にいるこいつにとっては死へ向かう詩。
『――――私の声が聞こえますか?』
『――――戦いに赴く人を助けたいの』
『――――私の声を聞いてくれますか?』
『――――共に終わり導く歌を歌いましょう』
『――――そんな私の声を風に乗せて届けて』
『――――減衰の詠歌』
数節の詩の終わりと共に、影色の風が眼前の敵にまとわりつき、目に見えてゴーレムの動きが鈍くなる。
(作成時間72時間の愛しき我が子よ、最後に綺麗な声を聞かせたトゥレーネに感謝して眠れ)
俺は心の中で目の前のゴーレムにささやき、先ほどまではその腕が邪魔で狙えなかった額の石を狙って飛ぶ。
数秒後、その巨躯に見合う大きなライトエフェクトと共に、ドロップカードを残して影は消えた。
「やりましたね、トールくん!」
いいタイミングで相手の動きを止めてくれたトゥレーネが、声をかけながら駆け寄ってくる。
「あぁ、いいタイミングだった、ありがとうな」
俺も、そう言って笑う。
正直、大人数でのパーティ行動やソロには慣れていたが、二人でダンジョンに潜るというのは経験が少ない。
それも、目を引くような美人となんてなおさらだ。むしろ少ないと言うか、無い。
……よく考えると、近頃俺は恵まれ過ぎていないだろうか?
これってフラグ立ったりしてないよな?
まさか俺……死ぬのか?
そんな事を半ば本気で思うくらい、近頃調子のいい俺だ。色々愚痴って入るが、最初の二週間に比べて恵まれすぎていると感じていた。
俺の内心などには気づかずに、トゥレーネが笑顔を向けてくる。
(何で、俺なんかをそんなに信用するのかね)
例え、あの状況で助けたとはいえ、何でだろう。心から不思議に思う。気になってこっそり尋ねたところ、ローザやアイナなどには、冷たい微笑と困ったような微笑ではぐらかされた。どっちがどっちかは…………言わなくてもいいよな?
そろそろ目的のものがあるはずの、最奥部手前の広場に着く。帰りは転移で街に戻れるため、もうひと踏ん張りで終わりだ。
ふう、と一息ついて回復アイテムである『治癒薬』を復元する俺。
味は100%オレンジジュースの味である。
ちなみに、MP回復用の『治療薬』はやたらと甘い為、順番を間違えると非常に飲みづらい。味音痴の後輩に、飲み物タイプのアイテムを作らせた先輩が悪い、きっと。…………そして、理解ってて敢えてそうしたんじゃないと信じたい。
そんな事を考えていた時、俺の索敵に、また新たなモンスターが引っかかった。
――――随分と近い。
そして、気配が近づいてくる方向に目を向ける。
トゥレーネも気がついたようだ。
『黒影虎』
その姿を見て俺は心のなかで歓喜の声を上げる。
(おお! ここに来て黒影虎、確か結構肉がうまい設定で、ドロップするんだったはず)
しかしLvが低くて良かった。現在のような少し大きな黒猫のような外見の状態なら大した敵ではないが、、こいつはLvが高くなると文字通り虎になる。
しかもピンチになると影に潜る強敵である。こいつは、モデルが実在の動物であったりしたため、結構作成時間は短かったが、成長する要素を持つレアなモンスターだ。
ちなみに、先程言っていた捕獲対象のモンスターでもある……がペットなんかよりも肉だ肉。
そう思った俺が、有無を言わさず先制攻撃を仕掛けようとした時――――。
「トールくん、倒しちゃうんですか?」
そんな、物凄く切なそうな呟きに俺の手は止まった。
そして、俺はトゥレーネに告げる。
「……えっと、結構なレアもので、ドロップする肉が凄く美味しいはずでさ」
しかしながら、トゥレーネは俺の言葉が聞こえないように、心ここにあらずといった様子で黒影虎を見つめ、そして攻撃に向かおうとしていた俺の裾をいつの間にか掴んでいた。
……あの、トゥレーネ、さん?
「……可愛い」
そんなぼそっとした呟きが、トゥレーネの口から漏れた。
…………えっと、はい?
「……ねぇ、お名前は?」
ポカン、とした俺をよそに、ふらふらと、こちらに気づき威嚇する黒影虎へと近づいていくトゥレーネ。心なしか頬が上気している。
(やばい、可愛いかもしれん)
そんな彼女の様子に思わず思考がそれるが、いやいや、待て、それはモンスターだから。
「ちょっ、トゥレーネ? 危ないって!」
慌てて今度は俺がトゥレーネを止める。…………すると。
―――カチリ。
先程も聞いたような、乾いた音が聴こえた。
「…………え?」
俺はその音に、間抜けな声を響かせる。
何だろう、さっきも同じような事が……………………あぁ、やっぱり。
一瞬の思考も束の間、続けて石と石のこすれる音に、そんな事を思い身構えた。
――――だが。
ゴーレムは、トラップを発動させたプレイヤーの周囲にいるHPを持つものを掃討する役目を持っている。
そしてこの場合、本日二度目の登場を果たしたゴーレムは、一番手近にいたもの、黒影虎に目を向け、邪魔そうに薙ぎ払おうとした。
「っ! トゥレーネ! 逃げ…………」
目の前にゴーレムが立ちはだかろうとしているにもかかわらず、下がろうとしないトゥレーネに、俺ははっとして叫ぶ。
ところが当のトゥレーネは、そんな俺の叫びに反応するどころか、予想外の行動に出た。
「危ない!」
こちらからすれば危ないのはそっちだ、と言いたいところだが、すんでのところで思わぬ闖入者に動きを止めていた黒影虎を抱きしめ、唸りを上げたゴーレムの一撃に共に倒れこむトゥレーネ。
直撃は避けたようだが、かすめて即座には起き上がれそうにない。
(……くっ)
俺は内心で呻きながらも、こうなってしまってはしょうがない。こちらに注意を惹きつけるべく行動を開始した。
…………数分後、ようやく『古代機兵』がライトエフェクトをまき散らして消え去った後、俺はふう、と溜息をつき、トゥレーネの元に向かった。
「トゥレーネ?」
そんな俺の少しだけ怒ったような心配声に、ぴくりと反応する背中。
だが、そんな彼女の振り返った表情は、俺が何も言う気がなくなるほど極上のものだった。
「……見て下さい! ほら!」
そして申し訳無さを滲ませつつも、どこか嬉しさも隠せずにいる彼女のその胸には先程の黒影虎が抱きしめられている。
その黒猫にしか見えないようなモンスターはトゥレーネの腕に抱かれて、柔らかい感触に気持ちよさそうにしていた。
ん? っていうかおい黒影虎、お前どうしてトゥレーネになついている。
戦いもせずに捕獲なんておかしいだろ? 漫画じゃないんだぞ、助けたからって懐くわけじゃ……。
俺がそんな事を考えていると、それを見て何を考えているのかわかったのか、トゥレーネがすっと自分のメニューを開き、指差す。
『黒影虎は、仲間になりたそうにこっちを見ている』
……とはさすがに出ていなかった(当たり前だそんな仕様は作っていない)が、捕獲した旨の表示が出ていた。
何故だ?
俺は疑問に思いながら、何故か戦わずして仲間になったらしい『黒影虎 Lv.3』を見た。
まだ怪訝そうな俺に、トゥレーネがちょいちょい、と手招きし、自分の性質と、パーティのステータスを見せる。
指さされている部分を覗き込むと――――
【トゥレーネ】
性質:
『純真』(効果:被支援効果アップ。稀に戦闘なしでモンスターを捕獲する―0.1%)
『温厚』(効果:雪原ダンジョン・フィールドでの状態変化・『凍結』防止)
『歌姫』(効果:呪文・詩、詠唱時効果三倍)
【トール】
技能(パーティ全体に効果アリ):『幸運』、『闇系モンスター捕獲率アップ』
……………マジで? そもそも出会う確率が物凄く低い捕獲モンスターに初遭遇で、更に0.1%の確率? 一体どんな確率になるの? 何その幸運、何のフラグ?
『黒影虎』はトゥレーネを飼い主と認定したようで、静かにその影の中に潜り込み、顔だけだしてこちらを見ている。
確かに…………可愛い、かもしれない。
この上なく満足気なトゥレーネと、そこにいるのが当たり前のようにいる黒影虎。
(まぁいいか、早く取るもの取って帰ろう)
二連戦、しかも後の方はサポート無し。
そんな戦闘後の俺には、もう目の前の光景に突っ込む気力はなかった。
【Babylon】ログイン20日目、どうやら可愛い黒虎がパーティーに加わったようです。