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三話

【チュートリアル開始 20日後】



 先輩を恨みながら、ローザに毒づきながら、『紅の平原』を『モコ』を連れて走りまわったあれから4日後、俺はギルド―銀の騎士団の本部になっている建物に来ていた。

 

「あ、トールくん」


 建物の前にいた俺を見て、ちょうど買い物から戻ってきたらしいトゥレーネが声をかけてくる。


 出会って二日目、ものすごく丁寧な敬語で話してくるトゥレーネに、どうにもむず痒くなった俺が、慣れないからできたら敬語はやめてくれないか、と言ったら、たどたどしい変な言葉遣いになって少し萌えた俺だ。


 ……きっと間違っていないと信じている。

 

 まぁ、その後さすがに、普通に喋りやすいままでいい、と言ったら戻ったが、「さん」は「くん」になった。

 これもまた…………いや、自重することにしよう。


 隣にいる、トゥレーネよりもさらに小柄な女の子にも頭を下げられる。鈍色の髪を後ろ手にまとめ、歩くごとにその髪が揺れるのが可愛らしい。


 あの後から、ローザの紹介でトゥレーネと一緒にギルドの所有する建物に住んでいる、銀の騎士団所属の『アイナ』という大人しい女の子だ。職業は『僧侶』、人選はさすがローザとでもいうか、トゥレーネとはどうやら波長があったようだ。


 ダンジョンに行く前に買い物に行ったり、食べ物を探索に誘ったりと、あんな事があり、普段はニコニコとしているものの時折暗い顔をするトゥレーネに気を遣いつつ、あえて普通に接しているように見える、無口だが優しい子である。

 

「今日は早いんですね。すいません、ちょっと待ってて下さい、すぐ用意してきます」


 つられて頭を下げる俺に笑顔でそう告げると、トゥレーネはアイナと建物に入っていく。


「……そんなに急がなくてもいいからな」


 俺は、足早に去っていく後ろ姿に声をかけ、壁に近づきもたれかかった。


 …………まだ、そんな素直な笑顔を向けられると戸惑ってしまうが、さすがに三日目ともなると少しずつ慣れてきた。特に、ローザにいじめられた後などにそうされると、泣きそうになる。癒し成分が足りていないのだ、きっとあの人もトゥレーネやアイナちゃん見習うといいと思う。



 ――――?



 不意に背筋に寒気が走る。

 恐る恐る、俺が本能が警戒を告げる方向、すなわち上を見ると………………ギルド本部、その三階の窓から、ローザが微笑んでいた。



(何……だと……まさかこの距離でも顔に出てるわけじゃ……?)



 俺がその目線に静かに慄き固まっていると、面白そうに口元に笑みを浮かべ、ペコリと頭を下げて見えなくなる。明日には大事な一戦を控えているので、おそらく、これから話し合いでもあるのだろう。


 ローザさん、俺は怖いです。モンスターに追われるよりもよっぽど貴方という人間が。

 注) これは体験に基づいた事実です。



 …………気を取り直していこう、今日は行きたい所があるのだ。


 

 さて、あの逃走劇の翌日から三日間、俺が何をしていたかというと、俺はバベルの塔第一階層の迷宮を調査マッピングしていた。

 これは、『言霊』を封じた水晶を得ることができたため、バベルの塔の扉が開き、いよいよ上層への攻略が開始されたからである。


 ただ、俺にとってそれまでと違ったのは、ソロではなかったという点。

 俺は、トゥレーネやローザ、リュウ、ネイル、それにアイナといったメンバーとパーティーを組み、探査を行なっていた。

 ギルドではない俺と、幹部でもある二人が行動していていいのかという質問には、フェイルの許可は得ているので問題ありません、とあっさり答えられたので、その六人(このゲームにおける一番基本とされる人数が、六人なのだ)で行動していたのだ。


 何でそういう事になったか、まずは順を追って話そうか。


 あの、死ぬ思いをして走った日――

 

 俺が何とか指定された地点に『モコ』をおびき寄せると、ローザの用意したギルド所属の呪術師達が、その場に準備していた束縛陣バインド・スクエアで足止め、そして、ネイルを始めとする『火』属性の魔術師が用意していた詠唱を重ねて一気に焼き払うという見事な連携で、一瞬にしてかたがついた。つまり、死ぬ思いをしたのは俺だけ………しかも美味しいところは持っていかれた

 

 ――俺は、開発者であることを知られたという事もあり、ローザに一つの提案をした。



 それは転職クエストについての、おそらく現在は俺以外は知りえない情報。



 現在、この【Babylon】にいるプレイヤーは、皆基本職のままである。

 生産職は、上位職がないため関係がないのだが(そもそも戦闘職とは比べものにならないほど、熟練度と呼ばれる技能の習得にかかる値の成長が半端無く遅い)、戦闘職にはそれぞれ上位となる職種がある。


 転職クエストは、初めてバベルの塔を登った時に開放される『言霊』で言葉がわかるようになる、神殿のNPCから受ける事のできるクエストであり、これをクリアすることで、上級職への道が拓ける仕様になっている。

 そして、これをチュートリアル期間のうちに開放し、上級職の戦闘に慣れることで少しでも生存率を上げるべきだと俺は提言した。

 

 本来は、これはある程度街の外の初期のフィールドが攻略され、あちこちの情報が集まった後、第一階層の『守護獣』を倒すことで初めて得られる情報なので、どう伝えるか考えあぐねていたのだが、ローザに話したことと、フェイルの統率力もあり、今のうちに攻略を進める動きが出てきたのだ。


 そしてその結果、その攻略部隊の一員に俺も加わることになり、更には元々言っていたように、トゥレーネのレベル上げも同時進行が良いという話が出たため、それならばと、面識のあるローザ、リュウ、ネイルの三人に、同居者のアイナを加えたパーティーが結成された。

 

 第一階層からこれか、と頭が痛くなるような罠等を抜け、上層へつながる広場が判明したのは先日のこと。

 そして、ちょうど三週間目となる明日、『守護獣』に挑むことになり、今日は休養日とされた。


 長かった。この四日間、俺は平原を追い回され、ダンジョンの性格の悪い罠の解除をし、歩いてる途中は胃が痛くなったりもする(トゥレーネは何故か俺などに笑顔で好意を示してくれる → 俺はあたふたする → ローザ達からかいの微笑 → 俺胃痛)し、中々大変だった。 


 …………正直、それでもソロでいるよりも、楽しかったがな。

  

 そんな中、ようやく俺は四日前の目的を果たせる時間ができたのだ。



 そう……聞いてくれ! 今日こそは、待ちに待っていた、『煙草』を錬成してもらうための素材を取りに行くのだ!


 ………………あれ、反応薄い? 



 いや、そんな目で見ないで聞いてくれ。

 近頃世間の目は厳しいが、この中でなら吸い放題……もちろんマナーは守る。


 どんなに吸っても現実の体には影響はないし、現実ほど吸う場所や捨てる灰皿を必死に探し求める必要もない。何故ならアイテムは基本的には使うと消えるからな…………まだ詳細は知らないのだが、考えた奴は天才だ。


 完全に自分のための用事だったため、本当は一人で行くつもりだったのだが、その話をしたところトゥレーネも一緒に行ってくれるということになり、こうして今日も迎えに来たのだった。


 ちなみに、どうやら三日間行動を共にした人間の中では喫煙者は俺だけのようで――それを聞いた時、俺はリュウさんに裏切られたように感じた。…………何故、何故俺なんかよりタバコが似合いそうな外見の貴方が健康志向なんですか、リュウさん!――、その話に乗ってくれたのはトゥレーネだけである。


 「お待たせしました!」


 俺がそんな回想にふけっていると、扉が開き、トゥレーネが建物から出てきた。

 ニッコリと笑って言う。

 

 「二人でどこかに行くのって初めてですよね? 私も頑張ります、前衛よろしくお願いします」

 

 そして、ぐっと拳を握り締めるように気合を入れ、そう言ってさくさく歩き出す。――――前衛のはずの俺を置いて。


 「ちょ、待て待て、張り切り過ぎだって、第一場所わかってないだろ!?」


 そう言って、慌てて俺も後を追うのだった。


 

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