二話
俺の周りの風景が、どんどんと流れていく。
今俺は、過去最高の速度で走っていることだろう。きっとオリンピック選手も真っ青だ。
ここは、『バベル』の街から南に広がるフィールド、『紅の平原』。
視界を流れるのは、赤土が延々と広がる平原とそこにそびえるむき出しの岩肌、それをところどころに覆う、もこもこした形状の緑色の植物たち。
高さにして、俺の腰ほどまではあるだろうか、丸い形状は、とても柔らかそうだ。
もっとも、実際に近くまで行けばわかるが、表面は細かく鋭利な棘が並んでいるため、取り囲まれ押しつぶされた日には、一瞬でHPが削られてしまうだろうが。
しかし、遠目から見るそれが立ち並ぶ光景は、正直癒されなくもない。
…………今俺が、まさにその植物型のモンスター、『モコ』の群れに追いかけられているところでなければ、だが。
(くそ、何なんだよこの俺の全力に付いてくるモンスターは!? こんな仕様に作った覚えはないぞ……?)
俺は涙目で毒づきながら、必死に足を動かす。
今にも、俺の背後に迫ろうとしている『モコ』。
元々は、非アクティブ系――(こちらから攻撃を加えない限りは何もしてこない、その代わりなかなかレベルが高く強い)――の植物モンスターのはずである。もちろん、植物だけあり、そこまで行動速度も早くはない。
そんなモンスターが、何故こうして、基本職の中で最速を誇る盗賊である俺のスピードに付いてきているのか、それは、その群れの中心にいる一際大きな『モコ』の額に、『言霊』を宿した水晶が埋め込まれているからである。
俺の開発者の先輩に、『ドS』の人がいる、担当は言霊関連。
――――つまり、そういう事だ。
(…………動かないことが条件で強く設定したモンスターに、普通スピードを加えるか!?)
そんな心の叫びは、届くはずもない。
届いたとしても、あの人はこう言うだろう。
「……うん、頑張れ」
それも、とても良い笑みで。
何故こうなったのか。
俺は必死で足を動かし、走り続ける機械と化しながら、これまでを思い出す。
少しだけ、嫌な予感はしていたのだ、朝、あの怜悧な才媛に会った時に……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ここは、良い喫茶店ですね」
ローザが、店内を見渡しながら、そう呟く。
俺は、落ち着いた場所で話をしたいというローザを連れて、フェイルと出会った店に来ていた。
NPCより喋らないプレイヤーである、そこのマスターは、無言でいつも通りの美味しいコーヒーを入れてくれる。
…………これで、ゲーム内にデフォルトで煙草があれば完璧なのだが、まだ無い。
まだ、というのは『錬金術師』のプレイヤーが、今開発中との情報掲示板(ウインドウから確認できる、ゲーム内のコミュニティだ)が上がっていたのを昨日見たからだ。
その名も、スレッド―【素材持ち禁断症状者求ム】。
これまでは余裕がなくてみていなかったが、結構あちこちで普通に生活するための話し合いもあるらしい。
先日のような人間もいるものの、基本的には皆、前向きになろうとしているようだ。
それとも、忘れるためにいつも通りを貫こうとしているのか。
生産職でも、戦闘はできる。何故か『料理人』は結構強くなることが可能で、下手したら盗賊などより肉弾戦に強かったりする。まぁ、戦闘用技能が無いから、本気でやれば別だが。
そんな中、『錬金術師』は戦闘に向いていない。その代わりといっては何だが、この世界に存在しないもの――(理論や構築の完成などに時間と労力、それにセンスが必要となるが)――を、作成することが可能となっている。
例えば、それこそ煙草とかな。
なので、その供給を欲する需要者達が、素材を集めて提供する事になる。
もちろん、俺も参加しようと思っている。
そんな事情もあり、俺は早く行動したいのだが、ローザの話とは何だろうか?
「……何点か、お願いとご報告が」
そんな事を思っていると、ローザが話を切り出してきた。
「昨日のことについてか?」
俺は、そう尋ねる。
「……ええ、それもあります」 それにそう頷いて、ローザは話を続けた。
「まずは、先日捕らえたものの処遇についてを。彼等は、私たちのギルドに加えて、他の大手ギルドである『探求者の集い』『円環の理』も含めた3つのギルドで管理する、『牢獄』に入れることになりました。ここでは、被害者の許しがなければ、解放はしません」
「……成程。つまり、【Babylon】の三大ギルドで、警察の役割を果たしてくれると、そういうわけか?」
「はい、この状況で早急に取れる対応としては、最善かと。元々、ご存知のようにMMOでは、プレイヤー同士の問題は、できるだけ当事者たちで解決するのが求められていましたから。もちろん、権力の集中を避けるため、平等の立場として、共同で管理を行うことに決定しています。また、無力化した犯罪者プレイヤーを『牢獄』に転送するための道具も、現在ギルド内の『錬金術師』達が作成中です」
「わかった、俺も異存はないし、むしろあっても、その三大ギルドに逆らいはしないさ」
ローザの説明に状況を把握し、俺は頷いた。
そもそも、今回は偶々当事者であっただけで、元々俺個人でどうにか出来る問題ではない。
他の二大ギルドについては、あまり詳しくはないが、悪い噂も聞かないし、何よりフェイルとローザがいるのだ――(いざとなったら強面のリュウもいるし)――きっとうまくやってくれるだろう。
「もう一点の件ですが、トゥレーネさんは、ギルドの女性プレイヤーのもとにいていただいています。……やはり、貴方以外の男性の方にはまだ抵抗があるようでして。基本、我々のギルドには比較的女性が多いとはいえ、トゥレーネさんは美人ですから目立ちます…………トールさん、いっそ一緒にお住みになってはいかがですか? ギルドに協力いただいた見返りとして、住居くらいは融通できますが」
「ゴホッ!」
俺は、後半の言葉に口をつけていたコーヒーを吹いてしまう。
(…………絶対今の、タイミング見計らって言いやがった)
「……冗談ですよ」
そんな俺に澄ました顔を向けながら、ローザはそう言った。明らかに楽しんでいる。
「ナンテ、カラダニワルイジョウダンダ」
「何故片言なのですか?」
(あんたが動揺させるからだよ! っていうかわかって言ってるだろ絶対)
俺は心の中で、表情を変えずさらっと笑えない冗談を言うローザに突っ込む。
これ以上言葉に出さないのは、ほら、解るだろう? どうせ、そこからまた…………いや、やめておこう。
長いものには巻かれる。強いものには逆らわない。
そう、それが平和に過ごす方法だ!
ここで逆らうくらいなら、一人でモンスターの群れに突っ込んだほうがまだましな気がする。もちろん特攻なんてしたくはないけど。
俺が人生の何たるかを残念な方向に悟っていると、ローザが更に続ける。
「後、これが最後です。確認なのですが、トールさんが持っている情報を共有するというのは、フェイルにもおっしゃっていたとお聞きしています」
「あぁ、もちろんだ」
最初の二つのついでのように聞いてくるローザに、俺は頷いてみせる。
情報の独占等する気もないし、何よりこの目の前の才女は苦手だ。敵に回したくはない。
「……その言葉に、嘘はありませんよね?」
「ん? あぁ、くどいぞ?」
念を押すローザに、俺は疑問に覚えつつも、そう答える。
すると、ローザの目が、にこやかに微笑の形をとった。
(…………!)
背筋に冷たいものが走る。……あれは、獲物が網にかかったのを確信した目だ。
そして、身構える俺に、ローザはあっさりと爆弾を投下する。
「……では、お言葉に甘えてお伺いしたいのですが――――現在の状況を、貴方の同僚が解決する可能性は、どのくらい残されていますか?」
「…………!」
油断した後に警戒して、その警戒心すらあっさり乗り越えられた俺の顔に、どうしようもなく狼狽が走る。
「…………何のことだ?」
何とか俺は声を絞り出した。
だが、その前に不自然な間が開いたことは否定出来ないだろう。
その証拠に、それを見てローザは、今度は形だけの微笑ではなく、本当にニッコリと微笑み、俺に止めをさしてくれた。
「思っていることが顔に出やすいと、そう言われませんか? ご安心下さい、別に、決して責めているわけではありません」
「………………」
その言葉に、簡単に引っかかり過ぎではないかという哀れみすら乗っているように感じ、俺は内心で自分の腹芸のできなさに呻いた。
そんな自嘲気味な思考を行なっている俺に、ローザは淡々と告げていく。
「……私はMMO通信の愛読者でした。もちろん、【Babylon】紹介の談話記事も読んでいます。内容は、もちろんご存知ですよね?」
(坂上さんの記事か、あれで相当いじられたんだっけ?)
そう思い当たった俺は、諦めて黙って頷いた。
「私が、今の状況に陥った際にまず思い出したのが、そのことです。元々、このようなゲームの開発に携わる人も、同じようにMMORPGをプレイするということが、当たり前の事なのに、私には新鮮に感じられて、印象に残っていた………そして、その人ならば何らかのアクションを起こすのではないかと、そう思いました」
「…………」
「でも、そんな行動を取る人間はおらず、貴方は全く目立っていなかった。もしかしたら、そんな人間はいないのではないか……開発者は今回のことを予期していたのではないか、とまで考えていました」
「…………」
「ただ、ある時あなたに注意を惹かれる事があった」
「…………どこでだ。『言霊』の情報を渡した時か?」
俺は、黙っていた口を開く。
それは、肯定の言葉。淡々とした口調で告げるローザに対しての、降伏宣言。
それに少しだけ口を動かして微笑み、ローザは続けた。
「それは、空想が、懸念に変わった時です。……貴方は、他のプレイヤーにモンスターの情報を紛れ込ませていましたね? 目立たず、でも目立つ人間の言葉を補足するなどして」
そこで一旦、ローザは言葉を切り、俺の反応を伺う。
それに目で頷き、俺はただローザの言葉を待った。
「あるとき、私の情報に貴方は書き加えた。そこで初めてあなたの名前を知りました。私が書いたのは『深淵の森』の『トレント』という植物モンスターに付いての状態異常効果について…………貴方が書いたのは、そのモンスターに『光』属性の攻撃を加えると、成長してしまうという注意点」
確かに、そんなこともあったような気がする。
俺が情報を公開し始めて少し経った頃だ。
「その時は、まだ何も思いませんでした。ただ、フェイルが『光』属性のため、伝えておこうと記憶にとどめただけです」
「ご存知のように、このゲーム内での掲示板には、中傷行為を減らす狙いでもあるのか、匿名ではなく、必ずアバター名が表示されますね? 私は、その後もあなたの名前を何度か見ました。正確な情報をもたらす、腕のいい情報屋プレイヤー。そんな風に考えていました」
「そして、貴方が銀の騎士団に、『言霊』の位置の情報を持って来ました…………その時、貴方が『闇』属性だと知った。それでもまだ、誰かとパーティを組んでいるんだと思いました」
それはよく覚えている。
必要な素材の話題と関連から、属性を話したのだ。
「…………ただ、貴方はその後のフェイルの誘いを断った。――――ソロでやると、団体行動が苦手だから誰とも組んでいないと、たしかそのような回答だと聞いています」
「ああ、その通りだ」
「では、何故ソロで活動している『闇』属性のあなたが、他の属性、それも貴方とは反属性となる――(光と闇のように属性にも相性が存在する)――攻撃を受けたモンスターの影響を知っているんでしょうか? まだ、その時は幾つかの疑問が繋がっていない状態でしたが、私は気になった」
「………………」
俺は、その言葉に黙りこむ。そんなところで……そう思うがもう遅い。
「それで貴方の提供している情報を調べました…………少しだけ、情報の質に反して収集スピードが早すぎましたね……おそらく、情報が足りないことでの『死亡』を抑えるためだったのでしょうし、その事から、貴方が敵ではないと、巻き込まれたうちの一人なのだと判断したのですが」
そこで、ローザが一旦言葉を止める。
「…………そして、懸念が予想に変わったのは、先日の一件――――リュウなどは、いい場所見つけやがったな、と言っておりましたが、あの場所、元から知っていましたね? あなたは、見ておきたかった。そう言いましたから」
「…………本当は、一人で行くつもりだったんだが、あの日の俺は少し浮かれていてな。吟遊詩人のイベントを知らなかったのは本当のことだしな……ただ、他の人に見せるのも、いいんじゃないかと思っただけなんだ。さて、どうするんだ? この事を公開するか?」
そんな俺の言葉に、ローザは首を振る。
「いいえ、今回は確認をしたかっただけです。…………個人的に、隠しておきたい気持ちも理解できますし、何より公開したところで何の利益もありませんからね。必要な人物にはともかく、口外する気はありません」
そこまで言われた時点で、俺に選択肢はなかった。
静かに認める。
「あんたの思っている通りだよ。まずは、最初の質問に答える…………おそらくだが、後五年は無理だ」
「…………五年、ですか?」
「『アル』はな、本当に優秀なんだ。さらに言えば学習もするし成長もする。そして、この【Babylon】の根幹部分に関わっている『アル』を何とかするためには、同等のAIじゃ駄目なんだ。性能面で、遙かに超えたスペックでないと、な。特定の分野に限れば、前年比は7割以上優秀というデータもあるが、総合力でいうとな……どんなに早くても、そこまでものが開発されて、なおかつこういう事態への解決に使われる決断が下されるまで、早くても五年はかかるだろうさ」
「成程、では、例えばその五年間、無理をせずここで生活するというのはどうでしょうか?」
「……それも、俺個人としてはおすすめしない。言っただろう? 最短で五年だ。もしかしたら十年かもしれない、そんな時は、来ないかもしれない。それだけの時間、現実から離れて、本当に戻れると思うか? 社会的にも、肉体的にも……精神的にもだ。第一、確かに健康は維持されるだろうが、筋肉の衰えや長時間身体が動作しない副作用を年単位でテストできているとは言い難い。冬眠状態因子を活性化しているわけじゃないんだ」
覚悟を決めた―――いや、決めさせられた俺は、ローザの質問に淡々と答えていく。それは、俺が二週間の間、ずっと考えていたことだったから。
「わかりました。では、貴方の持っている情報は、どんなものがあるのですか?」
「雑魚モンスターの仕様と、ある程度の技能取得イベント……後は、昨日みたいな、攻略には関係のないものばかりだ」
ローザの次の質問に、俺は自嘲気味に答える。
「……成程、わかりました。それは、何かあればその度に聞くとしまして。では、そんな貴方に手伝っていただきたいことがあります」
役に立たなくてすまない……そんな俺の内心をわかっていそうなのに、ローザは気にした様子もなく、俺に言う。
「……何でも言ってくれ、できることは、やるつもりだ」
「『言霊』のモンスターの居場所は、おかげで判明しました。ただ、問題が一つ生じておりまして」
「問題が? 何だ?」
殊勝にそういう俺を見て、真顔でローザが説明する。
「どうも、そのモンスターが手強いようでして、敏捷に優れたプレイヤーが必要なのです、あなたのような。……本来は壁役を犠牲にしてクリアするのかもしれませんが、チュートリアルとはいえ――――いいえ、だからこそ、誰も『死亡』を出さずに倒したいのです」
「…………わかった、俺は、何をすればいい」
ローザが、その返答を聞いてニッコリと笑った。いつものあの笑みだ。
もはや条件反射的に、俺は身構える。
「トールさんには、囮として、モンスターの中に突っ込んでいただき、指定の地点まで引き寄せていただきます。――――もちろん逃げるルートは確保いたしますし、計算ではトールさんのスピードなら、大丈夫、のはずです」
……あっさり警戒など乗り越えられた。
といいますか、あの……比喩でなく、本当にモンスターの中に突っ込めと?
覚悟は跡形もなく崩れ、情けない目で見る俺に対して、ローザは笑みを絶やさない。
そして数秒後、俺は力無く頷いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そして今、俺は走っている。
背後には結構距離を詰められている気配がプンプンしている。
はっきり言って、怖い。
俺のこの何ともいえない感情は、モンスターを作った先輩に向ければいいのか、状況を作ったローザに向ければいいのか、はたまたこんな世界に追い込んだ『アル』に向ければいいのか。
とりあえずわかっていることは、誰であれ言い負かされて終わるだろう、ということ。
俺に出来ることは、この先の地点まで『モコ』達を誘導することだ、ということである。
誰か、誰か俺に癒しを…………!
…………『モコ』が自身のスピードを上げる。
――――お前じゃねーよ、勝手に心読んで反応するんじゃねぇ!
半ば涙目になりながら、俺は走り続ける。
何とか作戦が成功した後、その日一日は、ぐったりと何も出来なかったのは言うまでもない。
※ご指摘を頂き、設定書き追記
後三話後位に登場します(予定は未定)、何か急に思いついたりしなければ
この世界の属性
『反属性』
火⇔水
地⇔風
光⇔闇
無
アイテムにも様々なもの(回復役や投げつける攻撃アイテムから、設置型の罠など)があり、回復役などは属性なし、ダメージ判定を持つものは各属性をもちます。
それが自分の属性であれば効果が二倍、反属性であれば使用できない、または特定のアイテムは使用出来ても効果が半減します。
無属性プレイヤーは、どの属性アイテムでも使えます。また、自分の属性関係なく何でもアイテムを使える職種・性質もある予定、どう出すかは微妙。
ちなみに言うと、生産職は、全て無属性となります。
以上、おいおい色々情報出してきます。