プロローグ
――ほの暗い闇に包まれる室内。
その中にいる人々は人であるという権利を剥奪された者。
この世界において、果実の絞りカスが捨てられるように、生きる意味を絞り盗られ、
ただ、死ぬこと待つだけ。
それまでの間に、強いられる重度の強制労働。
そこにいる者を人々は『奴隷』と呼ぶ。
そう、ここはとある奴隷収容所。
精神の欠片を奪われ、すべてを失った者たちが最終的にここに行き着く。
少女を含めここにいる者は、身を粉にしながらも働き続ける。
でなければ……
「お前ら、作業をやめたらどうなるかわかってんだろうな?」
そういうと、リーダーらしき男が作業が遅れている男に魔術でできた魔弾を浴びせる。
男の身体には激痛が走り、うめき声を上げ、その場に倒れこむ。
しかし、誰も気に留める者はいない、正確に言えば気に留める気力を持つものはもうここには残っていないのだ。
そう、ここで作業をやめた場合、そのまま死へと直結する。
現にあの男も……
「チッ、死んじまったか。使えねえな。おい!お前ら、こいつを捨ててこい」
男がそういうと、近くにいた者たちが男を抱え暗闇に消えていった。
少女は思う。次は自分の番かもしれないと。
少女がそう思うのも無理は無いだろう。劣悪な労働環境、不衛生極まりない空間、滅多に運ばれることのない食事、これだけの悪条件が重なれば、人間が壊れていくのは当然なことだろう。
そんなことに怯えながら、少女は救いのない日々を過ごしている。
いっそ、『死んだほうが楽だ』と、なん度思ったことだろう。
だが少女はボロ雑巾のように生き続けている。
そんな、絶望の中、少女に一筋の光が指したのはいつのことだろう。
奇跡の残照とも言える中、それは起こった。
「ここの責任者は誰だ?」
突如として現れた少年は、唐突にそう言い放った。
少女にとって、少年が現れた理由がわからなかった。
一般人すら足を踏み入れない辺境の地になぜ現れたのか。
「てめぇは何者だ?」
男は声を罵り上げて言う。
「お前がここの責任者か?」
「ああ、そうだ。貴様みたいなガキがこんなとこになにしにきたんだ?」
「奴隷たちの解放さ」
男は腹を抱えて笑いだした。
「お前バカか?そんなこと言われて、『はいわかりました。解放します』なんていう奴がこの世界にいるわけ無いだろう」
「奴隷の収容なんて禁止されているだぞ」
「禁止?そんなの知ってるぜ。けどよ、そんなの守るやつここにはいないだろ。周りを見てみな、そんなこと守る奴どこにいるんだよ?いないだろ。この世界では奴隷は合法、むしろ俺は奴隷たちにこの世界にいる意味を与えている。むしろ感謝されてもいいくらいだ」
「はぁ、だから腐りきった人間は嫌いだ」
「てめぇ!さっきから黙って聞いていればいい気になりやがって。貴様もここにいる屑の奴隷のようになりたいのか?」
男は少年の胸倉をつかむ。
だが、少年は怯えることなく、ただ一言つぶやく。
「なら、ちょっと賭けをしないか?」
「賭けだと?」
「ああ、賭けは至って簡単、俺と戦闘してもらうってことさ」
「お前、本気で言っているのか」
男は半分笑いをこらえながらそう言った。
少女も、この意見には同意だった。この男に挑むなんて無謀すぎる。
「ああ、本気だ。今回の俺の代償は精神の欠片すべてだ。ただし、お前の代償は精神の欠片すべてと、奴隷全員の解放だ」
(こいつ、狂ってる。俺に挑みにかかるなんてな。まあいい、稼がせてもらうとするか)
「いいだろうその賭け乗ってやろうじゃねえか」
男は自信満々の顔で笑みを浮べる。
それも、そのはずだ。この男は単純に考えて貴族並みの精神の欠片を所持している。普通の人間ならば、そんなやつに戦闘なんて持ち掛けたりはしない。
「それじゃあ、ルールはこちらで決めさせてもらう。ルールはスタンダード、先にライフが消滅したほうが敗者ということでどうだ?」
「ああ、かまわない。どうせ貴様は敗者しかないんだからな」
「では、時間が惜しい始めようじゃないか」
「俺に挑んだことを後悔させてやる。そして、一生の苦痛を与えてやろうじゃねえか」
『デュエルモード』
2人はそう叫んだ。
それと同時に2人は魔方陣に包みこまれ、また、頭上にライフバーが現れる。
魔方陣の大きさは直径20メートルほどで、一度踏み入れると、戦いが終わるまで出ることはできない。もし無理やり出ようものなら無条件で敗北となる。
スタンダードルール下において、勝敗を決める方法は至ってシンプル。それは、相手のライフを全損させるだけである。
カウントがスタートし始める。
「5,4、3……」
このカウントが無くなると戦いが開始される。
「今なら、まだ降参できるぜ」
「はあ?戦いに怖くなったのか?まあ、残り時間俺に挑んだことをざんげするんだな」
「2、1、0」
カウンターが0となり、戦いの火蓋が落とされる。
それと同時に、男は魔術を唱え、放たれた魔弾はよける間もなく少年にぶつかる。
次々と放たれる魔弾は、少年を爆発で包み込み、あたりに爆風をもたらす。
数十秒後、男はようやく魔術の詠唱をやめた。
辺りは男の放った魔弾のおかげで砂ぼこりが舞いやがっていた。
「死んだか?少し大人げなかったかな」
ゲラゲラと下品な笑い声を立てながら男はそう言い捨てた。
少し立つと、舞い上がった砂ぼこりも落ち着いて、視界が回復し始めた。
男は、少年の姿を見て目を疑った。
「て、てめぇ、なんで生きてやがる」
少年は生きていた、それも無傷で。さらに驚くことに少年のライフは1ミリと減少していなかった。
「俺は、お前みたいに力の無いものから生き血をすすって生きてるやつだ大嫌いっなんだよ」
少年は、そういうと魔術で光の剣を練成した。
次の瞬間、少年と男との距離は無くなり、剣によって切り裂かれ、男のライフは一撃で消し飛んだ。
男のライフがなくなると、バトル終了の音が鳴り響いた。
魔方陣は、収縮していき男だけを包み込む。
ルールによって男の中からクリスタルが出てきた。精神の欠片だ。
精神の欠片はそのまま少年の中へと、収められる。
「約束どうり、奴隷たちは解放させてもらうぞ」
「ち、ちくしょー。無効だ、こんなの認められるわけがない」
「お前に、そんな権限はない。ルールを破るなら裁きを受けることになるぞ」
「ルールが何だって言うんだ俺は認めねぇ。ここにあるものは、奴隷は俺のもんだ!」
だが、男がそう言い終わると、全身に激痛が走る。
身体はガラスのように凍りつきそして、
『パキン……』男の身体はガラスが割れるように崩れ去った。
この世界でデュエルのルールを破った者の末路だ。
「さあ、お前たちは解放された。表の馬車に乗ればまた、人並みの生活がとりもどせるぞ」
そういうと、少年はその場を後にした。
男が過ぎ去ったあと、少女は思った。
(あの人にお礼を言わなければ、自分を暗闇の呪縛から救ってくれたことを、それに……)
少女は、立ち上がった。今にも折れそうな脚に精一杯力を込めて、
そして、一歩一歩、歩き出す。今にも倒れそうな足取りで……