Part2 I am uneasy in tomorrow2/2
「ここだ・・・あの『滅仏士』の電波を感じる」
「う~ん、適当に探して本当に見つけちゃうとはね―――」
時刻は九時を回った頃だ。イブとベアの2人は笹下町から敷涙町に来ている。
そして北小の正門前に居る。イブは大きな溜息を吐いて腰を下ろした。
「あの人の言葉は『そいつを見つけたら叩き潰せ!』だったよね?」
「そうだ。今から行くのか?」
「ええ~・・・歩き疲れたから、少し休ませてよ」
そう言ってイブは地面の上に大の字で横になった。ベアはそれを見て呆れている。
眠りに入るイブをその場に置いて、ベアは正門を飛び越えて北小の中に足を踏み入れた。
「ふぅ・・・――!?」
その直後にベアは学校から流れ出る複数の『電波』なる物を感じ取った。
一つは例の『滅仏士』。もう一つは僅かに感じる微弱な電波。そして複数の異様な電波。
「この場所は・・・そうだったのか・・・――――」
イブはこの電波が何を示していのかを一瞬で理解出した。
この地に『滅仏士』がいると言う事はもしかして・・・不安な感が頭を過る。
「だから面倒事は嫌いだよ・・・ふぁ~あ」
門の後ろで横になっているイブがそっと呟いた。ベアは校舎の中へ進みだす。
その瞬間、温かく静かな風がイブとベアの間を緩やかに吹き通った・・・――――
―◇―◆―◇―◆―◇―
私のクラスに転入生が来た。その生徒の名前は『矢親昭二』。
先生の紹介で教室の中へ入って来た。その歩き方からやる気が無いのは明らかだ。
灰色のニット帽の下に見える顔。人の悪そうな細目が印象的だった。
もう一つの印象は細目に出来た濃い隅。寝不足にしても尋常じゃない色をしている。
「これから一年間このクラスに入る事になったからよろしく!」
そう言ったのは先生だった。教室の反応を踏まえてわざと明るく話している。
最初は期待に胸を膨らましていた生徒達。彼が登場した瞬間その期待は泡となる。
その人を寄せ付けないと言わんばかりの表情に私達は一歩下がる思いを感じた。
周りの皆がそうでも私はそういう訳には行かない。私は彼に聞きたい事があるから。
「それじゃあ矢親くんに何か質問したい人は手を上げて。私が指すから!」
私達の反応に苦笑しながらも先生は段取りを進めて転入生への質問へと持ち込んだ。
遠慮しがちに手を上げる私達。先生はそれを見つけては生徒の名前を呼んだ。
指名された生徒は椅子から立ち上がって質問内容を言う。無理やり指名された生徒が。
「好きな食べ物は?」
「じゃあ、嫌いな食べ物は?」
「好きな事は何ですか?」
「好きなテレビ番組とかある?」
等の質問が送られた。彼は普通の答えで質問者に送り返す。それは普通だった。
質問に答えている間は、質問者から目を放して教室の隅々に視線を送っていた。
何もしないで聞いていた私は先生の「次で質問は終わり」という言葉に反応する。
私は背筋良く手を天井に突き上げた。それに驚愕した先生が興味の目で私を見ている。
先生だけじゃない。教室の中にいる誰もが私を見ている。隣の席にいる女子も見ている。
最も大きい反応を見せたのは転入生の彼だった。彼は視線を逸らす様に私へ顔を向けた。
「あの・・・えっと・・・昨日、笹下駅の近くで私と会ったよね?」
「はぁ、そんなの知らないけど?」
彼は私の顔を見ようとはしなかった。質問の答えも曖昧な答えで適当に流している。
昨日の事は思い出したくなかったが、今はそれがハッキリと脳内に浮かぶ。
彼に聞きたい事は山程ある。こんな簡単な質問にも答えてくれない様では困る。
多くの視線を浴びる中で私は堂々とした態度で椅子に腰を下ろした。
曖昧に事を流そうとする彼の態度が私の癇に障る。苛々とした感情が頭に上る。
「それじゃ・・・これで質問は終りにしようか。時間も迫ってるしね」
先生はそう言って生徒達に廊下で整列する様にと呑気な声で指示を出した。
礼をしてから2組の生徒は廊下に出た。他の組の生徒達が整列を始めている最中だった。
転校生の彼は先生に言われて1人先に体育館へと向かって行った。
そんな彼の姿が強い動物から逃げる小動物に見えた。それは少し言い過ぎだろうか?
「まぁ・・・相手が理解してくれないって時は沢山ありますから」
隣の席にいた女子に励まされた。別にそういう気持ちでは無いのだけれども。
もしかしたら、昨日と同じで顔に表れていたのかもしれない・・・――――
―◆―◇―◆―◇―◆―
「だ・か・ら、あの人は絶対に私の事を知ってるのよ!」
「じゃあ、何でその人は知らないって嘘なんか吐いたの?」
始業式が終わって私とチヅは体育館から教室に戻る間の廊下を歩いていた。
シキは始業式の後片付けをやっている。担当である先生の教室に入ったのが運の尽きだ。
今頃は文句を言いながら重たい鏡台を運んでいる事だろう。シキはそんな性格だから。
「隠す理由は分かってるのよ! その部分の事で聞きたい事が山程あるし・・・」
「あの転入生と何があったのか、そこを教えてくれなきゃ私は何も言えないんだけど?」
「色々あったのよ! 色々ありすぎて訳が解んなくなる位に!」
私は昨日の事を全てチヅに話した。チヅは苦笑しながらそれを聞いていた。
分かってはいた事だけどチヅは私の話を信じてくれない。分かってはいたけど・・・
「ユイ・・・苛々しすぎて頭が変になったんでしょ。今から保健室に行く?」
「本当の事だから信じてよ! あの人は絶対に普通の人じゃないって!」
懸命に伝えようとしてもチヅは理解してくれない。私に向けているその視線が痛い。
相手がシキだったら話は別だろう。シキはこういう話が大好きな子だから。
シキと違って現実主義のチヅに、何度この話をしても冗談にしか聞こえないだろう。
私だってこんな話をされたら信じない。でも私は実際にそれを見ている。
「変な化物が私を狙っていて、あの人がその化物を消したのよ!」
自分自身を疑う気は全く無い。私の頭は何所も変になってはいない。
「ユイ・・・仮にそれが本当だとしたら、あの転入生は一体何者なの?」
「そんなの私に聞かれても分かんないよ。普通の人じゃないのは確かだけどさぁ」
「今のユイも十分に普通じゃないけどね・・・―――」
最後まで話を信じてくれなかったチヅと分かれて私は自分の教室に急いで戻る。
チヅの五組は廊下の一番奥にある。私は二組と五組の間がとても遠く感じていた。
チヅとシキとは小二の時に一緒の教室になってから、五年間ずっと同じ教室だった。
最後まで同じ教室かと思ったらその最後は別々の教室。寂しい気分を感じる。
チヅが教室に入って行くのを見送ってから、私は自分の教室へと戻った・・・―――
―◇―◆―◇―◆―◇―
「あれ? 赤姫さんは教室に戻ってないの?」
始業式の片付けを終えて戻って来た久美野が空いた席を見て言った。
赤姫を覗いた二組の生徒は全員が教室にいる。赤姫だけが教室の中にいないのだ。
「赤姫さんが何所に行ったか知っている人はいるー?」
久美野は生徒に赤姫の行方を聞いたが、その生徒達は何も知らない様子だった。
この仕事に着いて手を焼いた経験が少ない久美野は予想もしていない事に肩を落とす。
六年生にもなってこんな事があるのか・・・というのが彼女の率直な感想だ。
「あの・・・先生!」と静かに手を上げる生徒に苦悩の目を向ける。
その生徒は転入生の矢親だった。視線を合わせると矢親は椅子から立ち上がった。
矢親の視線は久美野の顔を冷静に捉えている。小学生の目にしては随分と大人びている。
「トイレに行っても良いですか?」
「あのね・・・そういうのは休み時間に済ましといてよ。行ってきなさい」
・・・とは言ってもやっぱり小学生だ。言葉に緊張感が全くと言っていい程に無い。
そう言うと矢親はそっと教室を出て行った。廊下に荒い矢親の足音が響く。
「それじゃあ・・・赤姫さんを探しに行って来るから、それまで静かにしていてよ!」
久美野は仕方がないとばかりに顔を横に振ってから教室の生徒達に言った。
そうして久美野も廊下に出た。木製のタイルで出来た廊下は無人で静かだった。
「あれ!?・・・矢親くん?」
廊下に矢親の姿は無い。この階のトイレは不便な事に廊下の奥に設置されている。
急いで向かったにしても直ぐにトイレに入る事は不可能だ。という事は・・・・
「もぉ・・・今日は面倒事が多いな・・・―――」
赤姫と矢親の2人を探す為に久美野は教室の階段を駆け下りて行った。
そんな彼女の後を付ける不穏な影には見向きもしない・・・――――
―◆―◇―◆―◇―◆―
私は教室には戻っていない。ここは六階ではなく一階の玄関。
どうして私がここに居るのか。その理由を今から説明しようと思っています。
「あの・・・どうしてここに来たの?」
「お兄ちゃんに会いに来たの! 学校って広いから何所にいるか分かんないの!」
私の目の前には1人の小さな女の子がいた。この子はこの学校の生徒ではない。
黒髪を束ねてポニーテールにしている。その長い髪は動く度に左右に大きく乱れてしまう。
パチリと開いた胡桃の様な瞳は、好奇心の対象として私をじっと見つめている。
「そうなんだ・・・職員室とかに行けば何か分かるかもよ?」
教室に戻る途中にこの子に出会った。目を合わせると私の後を追いかけて来た。
私から離れようとしない。とは言っても私の側には寄ってこなかった。
少し下がった位置で私に話し掛けてくる。私が近づくとその分だけ離れる。
とても変わった女の子だった。その子の名前はまだ聞いていない。
「やだ! 人が多い所に行きたくない!」
「ここに居ても何も変わんないよ。私も教室に戻らなきゃいけないし・・・」
「一緒に居てよ! 1人じゃあ寂しいよ!」
この子は自分の思っている事をちゃんと口に出す子だ。小さい頃の私とは違う。
私はこの子に「一緒に来て!」と言われてこの場所まで付いて来てしまった。
一階の時計を見ると授業開始の時間はとっくに過ぎている。教室に戻りたい。
でもこの子はそれを許してくれない。どうしてこの子は私から離れないの?
「外に行こうよ! あの桜の所に行きたい!」
「・・・じゃあ、外に言ったら私の言う事を聞いてもらうからね?」
女の子は素直に頷いて外に向かった。開いた玄関を抜けてグラウンドへ出た。
靴を履き替えて私は慌ててその子の後を追いかけた。そして私は桜の元に来た。
「お兄ちゃんがこれに登るなって言ってたけど・・・私はこの木が好きなの!」
「そうなんだ・・・ところで君のお兄ちゃんってどんな人なの?」
私はこの桜の木はあまり好きではない。小さい頃の自分を思い出すから。
素直じゃなかったけど、正直に物事を受け入れる事ができたあの時の自分。
疑問を持つ事が不思議に思えた。考える事を嫌っていた。そんな自分だった。
あの時の自分は消えて無くなったのだろう。だから今の自分がいる。
素直にも正直にもなれないでいる、ただ抱え込むだけの私が・・・――――
「お兄ちゃんはね・・・強い人だよ! 何時も私を守ってくれるの!」
「良いお兄さんだね。強いって事はスポーツか何かしているの?」
「ううん。お兄ちゃんそういうのは嫌いな方だよ」
自分を変えるものは何だろう? 私がこうなった事に理由はあるの?
他と私は何が違って何が一緒なの? 私は何でこんな事を考えているの?
私が抱え込んできた疑問。誰かが答える訳でもない疑問が私の中にある。
私の中にあるものは私にしか分からない。この疑問に答えられるのは私だけ。
「ああ、違うんだ・・・じゃあ、君のお兄さんは何が強いの?」
「喧嘩は強いよ。いつもお兄ちゃんが勝ってるの!」
答えを見つける為のヒントは無い。正解も間違いも存在しない。何が疑問なの?
正解はあるの? 間違いはあるの? 正しい事なの? 駄目な事なの?
私には分からない。この何もない状況を変える事はできない。
答えを見つける事に意味があのかも分からない。私は自分を知らない。
「でも最近は元気ないんだ・・・どうしてだろう?」
何が自分を変えて行くのかさえも私には分からない・・・――――
―◇―◆―◇―◆―◇―
私は時間を忘れて女の子の側にいた。校内のチャイムを耳にしてその事に気付いた。
女の子は私の隣で桜を珍しそうに見上げていた。その子の耳にもチャイムは届く。
「あのね・・・私は教室に戻りたいの。解ってくれる?」
「やだ! 遊んでよ! 行かないでよぉ!」
女の子は満足した顔で大きく頷いた。立ち疲れた私は小さな溜息を吐いた。
この子の相手をした事による疲労感が私の体に重く圧し掛かる。大変だった。
元気に走り回る女の子を追いかけて私も走った。私の体力と気力が極端に減っている。
二日続けて汗を掻いたのは久しぶりだった。昨日の汗より気分は良い方である。
「お願い・・・戻らないと先生に怒られちゃうの」
「じゃあ、良いよ・・・――――」
戻りたいのなら1人で戻れば良い話しなのだけど、女の子がそれを許してくれない。
少しでも離れると煩く喚き、一言「帰る」と口にすれば傲慢な態度で私を足止めする。
一番の理由を述べると、私はこの子を1人にさせる事ができなかったからである。
彼女はまだ孤独に慣れてはいない。私から離れないのもその理由からだと思う。
女の子と昔の自分を照らし合わせると、今の自分がとても惨めに思えてくる。
「えっと・・・一緒に戻る?」
―◆―◇―◆―◇―◆―
私は1人で校内に戻る気はなかった。この子も校内に連れて行く。
職員室の教師にでも預ければ後の面倒は私が見なくて済む。うん、決めた。
「いいの? 怒られちゃうんでしょ?」
「君の面倒を見ていましたって言えば、少しは許してくれるでしょ・・・」
「いいの・・・かな?」
私は女の子を連れて玄関へ向かった。私が歩くと女の子は私の後を追いかけて来る。
最初の時とは違って女の子は随分と大人しくなった。その小さな視線を覗いて。
不安を抱えている様な目で大きな校舎を眺めている。焦点がゆらりと動いていた。
「ねぇ・・・ここって何か変なのが居るよね?」
玄関へ着く前に女の子が私に言った。その声に振りかえった私も窓に視線を向ける。
「え、何の事――キャッ!?」
その時だった。校舎の窓が大きな音を立てて砕け散った。
飛び散る破片と共に大きな影が私の前に落ちた。その影の正体に自分の目を疑った。
「――・・・先生? 久美野先生!?」
窓から落ちたのは久美野先生だった。色あせたシャツが微かに震えている。
先生はまだ息がある。生きている。でも・・・どうして校舎の窓から先生が?
突然の出来事に動揺していた私を更に追い詰めたのはその後の事だった。
「ググゥゥウ・・・―――」
先生が落ちた窓から別の影が見えた。それは大きく人間離れした巨体の影だった。
何よりも私を震え上がらせたのはその異様な身体にあった。首から上が綺麗に無い。
「――・・・お前、俺が見えているのか?」
その声は深く私の頭に響き渡った。まるで・・・あの時と同じだった。
急な展開に頭が追いつかない。体が震える。動揺を抑えられない。
「久々のエサか・・・悪くは無いな」
笹下駅のホームで会った足の無い女性と同じ。あの時に感じた恐怖が私の心を蝕んだ。
その異様な影は窓から飛び降りてグラウンドの地面に着地した。巨体が近付いて来る。
「やだ、逃げよう――!?」
私は女の子の腕に手を伸ばして巨体の影から急いで離れようとした。
それは無理だった。私の手が彼女に触れる事は無かった。彼女の体を通り抜ける。
「えっ・・・ウソ?」
そうだったのだ。だから彼女は私の側に寄って来なかったのだ。
足の無い女性。首無しの影。触れない女の子。訳が分からなくなった私。
私はその場に膝を付いて彼女の顔を見た。もう行動する気力は残っていない。
「逃げようよ! こっちに来てるよ!」
女の子は慌てて私に何かを言っている。何も聞こえない。耳に言葉が入って来ない。
影はもう直ぐ側に来ている。女の子は一歩ずつ私から離れて行く。もう私は駄目だ。
黒い影が私の真横に来た。私は震える体を必死に抑えている。横を向く気は無い。
頭の中が真っ白になる。何もかもが離れて行く。私の顔にそっと一粒の涙が流れ出た。
もう、何も分からなくなった・・・・・・――――
そう思った瞬間に不自然な風が私の体を横切った。痛々しく鈍い音が真横で響いた。
私は何もしていない。女の子も巨体の影も。私はそっと顔を横に向けた。
そこに影の姿は無かった。変わりにあったのは見たこともない姿の女性だった。
艶やかに光る黒い皮ジャンを着た女性だった。頭には白い二本の角があった。
「―――・・・大丈夫か?」
その女性が私に言った。私は何も答える事が出来なかった。今度は何なの?
見ると影は少し距離の離れた所で倒れている。この人が黒い影に何かをしたの?
「あっ! お兄ちゃーん!」
女の子がそう叫んである人物の所へ駆けて行った。そこには『矢親昭二』の姿があった。
人の悪い視線が私の背後に向けられている。いつからそこに居たのだろうか?
「えっ・・・矢親くん? 何でここに?」
思いもしなかった登場に私は口を動かした。その声に反応したのは妹の方だった。
「やした? お兄ちゃんの名前は『玄武』だよ?」
この瞬間がそうだったのかもしれない。話しの全てはこの瞬間から始まったんだ。
それは、私が『梵陽玄武』という人物に出会ったから・・・―――
◆I am uneasy in tomorrow2/2◇