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ただの子爵令嬢ですが、なぜか王子の恋愛相談役になりました  作者: はくまいキャベツ


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 クリスティナの家は小さな田舎町にあった。石畳の通りに家が並び、周りは麦畑が広がっている。


 二人が買った揚げ菓子はここで収穫された麦を使用しており、水分率が高くもちっとした食感が特徴だと店主が教えてくれた。また養蜂園もあり、追加料金を払えばそこで採れた蜂蜜をかけてくれるというので、ダリアは迷わずそうした。


 ダリアが店主にお金を渡そうとすると、「もうお代は頂いてるよ」と言った。どうやら先に注文したブレーデンがすでにダリアの分も払ってくれていた様だった。ダリアはあわてて揚げ菓子を手にブレーデンの元へ行く。


「すみません、払って頂いて」

「勿論蜂蜜はつけただろ?」

「…ええ」


 よく考えたら蜂蜜をかけることまで見透かされ、その分の代金まで払われていた事にダリアは少し恥ずかしくなったが、「食べてみろ、美味いぞ」と珍しく楽しげなブレーデンを見たらその気持ちはすぐに吹き飛んだ。ダリアは期待を込めて揚げ菓子を頬張る。


「!!」

「な?」


 ダリアはブレーデンの問いかけに何度も頷く。揚げたてのおかげで小麦の香りが強く、店主の言う通り食感がもちっとしている。ダリアは感動の一口目を飲み込んだ後、目を輝かせながら言った。


「なにこの蜂蜜…!」


 思わず言葉にしたくなるほど蜂蜜がまた美味だった。甘さ控えめで風味良く、ダリアは感動のあまり蜂蜜だけでも買って帰れないか辺りを見渡した。するとブレーデンがすかさずどこかを指さす。


「あそこの店で売ってるみたいだ」


 これまでも見透かされてダリアは悔しかったが、あまりの蜂蜜の美味しさにどうでも良くなって「これはぜひ買っていきましょう!」と興奮気味に言った。


 結局ここでも押し問答の甲斐なくブレーデンが蜂蜜を買ってくれた。ダリアは恐縮しながらも蜂蜜が入った小さな壺を受け取る。


「…ありがとうございます」

「気にしなくていい。ここまで来てくれた礼だ」


 ブレーデンの言葉にダリアはーー確かに頂いてもいい理由になるわね、と納得すると、満足げな顔をして壺を大切そうに抱えて歩いた。


「そろそろ戻っているといいが」

「そうですね」


 二人はそう言いながら石畳の道を歩く。王都の喧騒とはまるで違い、風で揺れる木々の音やどこかで遊ぶ子供たちの声が聞こえ、ここはゆっくりと時が流れている。ダリアはふと、ブレーデンの言葉を思い出す。


 ーーその土地を感じながらその土地でしか食べられない物を食べる、旅の醍醐味だろ?


(愉快な旅って訳じゃないけど、この人の言ってる事が分かる気がするわ)


「何だ?」


 ダリアは無意識にブレーデンを見ていたらしく、それに気付いたブレーデンがこちらを向いて二人は目が合う。


「あ、いや…」


 恥ずかしくなって誤魔化す様にダリアは言った。


「この様な大役を受けてしまい、大丈夫かと不安でして」

「なぜだ?殿下はあなたを信頼出来る人間だと思って託された。それ以上の後ろ盾はないだろう」

「………」


 ブレーデンの言葉にダリアの罪悪感が揺さぶられる。やがてダリアは自然と吐露し始める。


「殿下は私に恋愛の経験がある事に信頼されていましたが…殿下がお思いの様な立派なものではないのです」

「どういうことだ?」

「…実は経験があるといってもたったひと月なのです。相手に私以外の女性がいると分かってすぐにお別れしました。信頼されるどころか、私はそんな人物だと見極めることも出来ない人間なのです」


 今度はブレーデンが口を閉じた。ダリアは妙な空気にしてしまったのを詫びようとした時、ブレーデンが言った。


「何やら罪悪感を感じている様だが、殿下はあなたの言葉で信頼した訳であって、恋愛の経験がどうだったかなど関係ない」

「そう、でしょうか」

「幼少期から殿下と一緒に育った私が言っているんだ。それを疑う方が失礼だろう」

「…ふっ」

「何がおかしい?」

「いえ…あなたって慰め方も理屈っぽいんですね」

「慰めたつもりはない。それが事実だからだ」

「ふふふ…」


 ブレーデンのどんな時も変わらない態度にダリアは堪えきれず笑ってしまう。だがダリアの顔が段々と真顔になる。ブレーデンがさらりと言ったある一言にひっかかったのだ。


「殿下と幼少期から一緒に育ったって…ハノーヴァー卿はおいくつなのですか?」

「殿下より一つ上の歳だ」

「えっ!?」


 今年ジョシュアは十七歳になる。という事はブレーデンは十八歳。ダリアと同じ歳だ。


「何だその顔は」

「いえ…落ち着き方からしてまさか同じ歳だとは思わなかったので…てっきり三十代の妻帯者かと」

「…そこまで言われたのは初めてだ。妻帯者どころか俺はこの先結婚なんてしなーー」


 その時、ブレーデンが「おい、あれ」と言った。ブレーデンの視線の先を見ると、家に向かうクリスティナがいたのだ。


 二人は馬車に戻り、花束を手に持ってクリスティナの所へ向かった。


「すみません」


 ダリアが声をかけるとクリスティナが振り向いた。最初ダリアを見て不思議そうな表情を浮かべた後、後ろにいるブレーデンに気付いてクリスティナは呟いた。


「…ハノーヴァー卿」


 その一瞬で何か察したのだろう、クリスティナは目立たない場所へ二人を誘導した。


「突然訪問して申し訳ございませんでした」

「いえ…何でしょう?」


 不安気なクリスティナを安心させる為にダリアはまず自身の所在を説明する。


「私はグラム・バッケン子爵の娘、ダリア・バッケンと申します。あなたに渡したいものがあって伺いました」

「渡したい物?」


 そう言ってダリアはかすみ草を中心にまとめられた花束をクリスティナに差し出す。


「“この先あなたに幸多からん事を”。その願いを込めて、殿下がこちらの花束をあなたにと」

「…受け取れません」


 予想通りの反応に、ダリアは何度も心の中で反芻した言葉をクリスティナに伝える。


「あなたのそのお気持ち、よく分かります。私も殿下があなたにこの様な贈り物をする事に対して懐疑的でした。

 ですが殿下とお話させて頂いている内に、殿下が心からあなたの幸せを祈っていらっしゃるのが伝わり、この花をあなたに贈りたいと思うお気持ちに共感しました。

 ですが、強要はしません。ただ殿下はあなたを祝福したい、それだけです」


 クリスティナはしばし口を閉ざす。やがてダリアが差し出していた花束をそっと受け取った。ダリアはほっとする。受け取った花束を見つめながらクリスティナは言った。


「…これを受け取る上で、一つお願いがあります」

「何でしょう」


 クリスティナはゆっくりと顔を上げる。


「殿下には、私が受け取らなかったとお伝え願えますか?」

「…え?」


 その瞬間、ダリアは理解した。


(この方も、殿下の事を…)


 ダリアには分かる気がした。ジョシュアは王族であるにも関わらず気さくで、人としての魅力が十分にある人物だ。そんな人から好意をむけられたら、惹かれてしまうのも無理もない。


 だがクリスティナはきちんと自分の立場を弁えて、静かに身を引いた。相手に未練を残させない様にきっぱりと。自分の想いはひた隠しにして。


 受け取ったとジョシュアに伝えれば何か遺恨が残るかもしれない。だから本当は受け取りたくない。でもジョシュアが自分を祝福しようとしてくれている気持ちを無碍に出来ないのが伝わった。


「分かりました」

「よろしくお願いします。ハノーヴァー卿もお忙しい中こんな所まで来てくださってありがとうございました」

「気にするな。私一人いないくらいでどうにかなる様ならとっくの昔にこの国は終わってる」


 ブレーデンのこの一言で、改めてこの役目を担って良かったとダリアは思ったのだった。


「おかえり、クリスティナ。あら、どうしたの?素敵な花束ね」


 クリスティナが自宅に戻ると、先に帰ってきていた母親が花束を抱えたクリスティナを迎えた。


「王都にいた頃の友人が結婚の祝いにって持ってきてくれたの」

「ええ?そうなの?家に寄って貰えばよかったのに」

「通りがかったついでだから」


 そう言いながらクリスティナは棚から花瓶を取り出す。


「そうだ、花屋の人から聞いたんだけどね、花ってすぐ枯れちゃうでしょ?でも吊るして干しておいたら萎れる事なく綺麗に乾燥して、長い間楽しめるんですって。そうしたら?」


 花瓶に水を入れ、そこに花束を生けたクリスティナは言う。


「ううん、いいの。枯れたら捨てるわ」

「そう?せっかく素敵なのに」

「うん、いいの」


 そう言ってクリスティナは自分の寝室の、一番見える所にその花瓶を置いた。


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