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そして御者ーーブレーデンは席から降りると、いいから早く乗れと言わんばかりに馬車の扉を開けて手を差し出した。
(日帰りといえどこの人と二人旅だなんて…!)
「日帰りといえどこいつなんかと旅だなんて最悪、と?」
「そ、そこまでは思ってな…」
そう言いかけてダリアはしまったと思い、口を手で覆う。
「…本当に分かりやすい人だ。さっさと済ませて帰るぞ」
ダリアはこれ以上口を開かない方がいいと判断し、ブレーデンの手を取って馬車に乗り込んだ。
件のメイドーークリスティナ・シルタッドは現在生家で過ごしているとの事。クリスティナが住まう地域までは馬車で二時間ほどだ。途中予め注文しておいた花屋で花を受け取る事になっている。
車内に同乗者はいないので、ダリアはただただ景色を眺めて馬車に揺られていた。開けた景色だったのが段々と民家が増えてきて、やがて馬車が止まる。どうやら花屋のある小さな街に到着した様だった。
ダリアはブレーデンの手をとって馬車から降りる。ブレーデンが辺りを見回した後言った。
「朝食は?」
「済ませてきました」
「私はまだだ。花屋へ行く前に軽食を買いに行ってもいいか」
「勿論です。良ければその間に私が花を受け取ってきましょうか」
「いや、見知らぬ土地であなたを一人にする訳にはいかない」
さらりと言われたその言葉にダリアは一瞬ドキッとしたが、「あなたは仮にも令嬢なのだから、もう少し自覚した方がいい」とはっきりと言われ、それはすぐに苛立ちに変わった。
それからダリアはひたすらブレーデンの後ろを付いて歩き、軽食を買い、無事に花も受け取った。
ただそうやって着いていくだけ、馬車に乗せてもらうだけをしているダリアに一つの疑問が生まれる。またそれが顔に出ていたのだろう。ブレーデンはすぐに気づいてダリアに問うた。
「どうした。何か言いたい事でもあるのか?」
「い、いえ。何も」
「嘘をつくな。バレバレだ」
ブレーデンの言葉にダリアは一瞬目を泳がせた後、観念した様に呟いた。
「…ハノーヴァー卿がおられるのなら、私まで行く必要があるのかと思いまして」
「………」
ブレーデンが無言でダリアを見つめる。そして言った。
「…私が適役と思うか?」
その一言でダリアはーー確かに、と思ってしまった。この花束をどう伝えて渡そうか、何度もダリアは試行錯誤した。それくらい慎重さを要する役目を、こんな現実主義な人間が請け負うのは危険だとダリアも思った。
「だから私を選んだのですか?」
「それもあるが、単純に発案者の君に責任をとらせたかったのもある」
「なっ…!」
目を見開いたダリアを気にせずブレーデンは淡々と続ける。
「この件を知っている人間はあなたと私と、殿下に協力してメイドの所へ行かせた騎士二人だけ。ちなみにその騎士達は謹慎中だ。でもあなた一人で行かせるわけにもいかない。だから私がきた。それだけだ」
この状況説明だけでも、ブレーデンが花束を渡す役に適さない事を理解したダリアは「…よく分かりました」と言って話を切り上げた。
実はブレーデンはある一つの嘘をついた。別にブレーデンでなくとも、謹慎中の騎士どちらかに同行させる事も可能だった事である。むしろ謹慎中の身である方が自由がきいて同行させやすいまでもある。
だがブレーデンはそうしなかった。なぜならダリアがどんな言葉でクリスティナに花束を手渡すのかを、この目で見たかったからだ。
ーー私はそこに殿下の誠実さを感じました。そしてそれは同じ誠実さを持つ彼女にも伝わっているのではないかと。
ダリアのこの言葉を聞いた時、ブレーデンはダリアに対する見る目が変わった。
落ち着きのないただの子爵令嬢だと思っていたのに、ジョシュアとの短い会話の中でジョシュアの本質を見抜き、一番この場に相応しい言葉を選んだからだ。
最初は本当に面倒な事になったと思ったが、その一件でダリアへの興味が湧いた事と、いつまでも引きずっているジョシュアに区切りをつけさせるいいきっかけになるとも思い、ブレーデンは今回の計画をたてたのだった。
ブレーデンはダリアを車内に乗せて御者席に戻り、先ほど買ったパンを袋から取り出して齧る。そのまま手綱を引いて出発した。目的地まであと一時間程だ。
その目的地に近づくにつれて、ダリアは緊張してきていた。今更自分が王子に代わって恋慕に決着をつけるという、大役を任されている事を自覚してきたからだ。
ーー単純に発案者の君に責任をとらせたかったのもある。
先程のブレーデンの言葉を思い出し、ダリアは御者席が見える小窓を覗いた。そこには呑気にパンを食べている男の姿があり、ダリアは思わず目を細める。
(私が適任だから、くらいに言ってくれたらやる気も出るのに。本当、理屈ばっかりなんだから)
ダリアは小さく息を吐き、出発時にブレーデンが言っていた“さっさと済ませて帰る”をダリアも胸に刻んだ。
しかしダリアの願いは虚しく、クリスティナは家にいなかった。クリスティナどころか誰もおらず、そのためいつ帰ってくるのかも分からない。
「事前に連絡などしていなかったのですか?」
「内々に、という状況なのだからする訳がないだろう。…おかしいな、この時間帯は家にいる筈なんだが」
なぜそんな事を知っているのか、とダリアは思ったが、王子の密会を目撃してしまったあの時、かなりの短時間でダリアの身元諸々をブレーデンはすべて把握していたため、すぐに納得した。
「ではどうするのです?」
「待つしかないな」
(……最悪)
言葉に出さなかっただけ偉いとダリアは思う。ブレーデンはダリアを置いて馬車の方へ戻った。ダリアもその背中を追う。
馬車の中で待つのだろうかと思っていたら、ブレーデンが自分の荷物とダリアの荷物を持って言った。
「すぐそこに揚げ菓子を売っている店があった」
「え、まだ食べるんですか?それも歩いて…?」
「その土地を感じながらその土地でしか食べられない物を食べる、旅の醍醐味だろ?」
「はあ…」
そう言いつつも、ダリアは“揚げ菓子”という単語に心が躍ってしまう。顔は渋々感を出しつつ、軽い足取りでブレーデンについて行った。




