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ただの子爵令嬢ですが、なぜか王子の恋愛相談役になりました  作者: はくまいキャベツ


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 まず最初に言っておこう。

 子爵令嬢ダリア・バッケンは、ただ通りすがっただけである。


 そもそも国家機密レベルな事態を城主催のパーティで、しかもいち貴族の令嬢が通りすがる様な場所で起こしている事が悪い。


 ダリアはただ小うるさい兄の目を掻い潜って、酔いを覚まそうと廊下を出ただけだ。

 その途中で聞こえてしまったある言葉。せめて見張り役の誰か一人でも配備しておきなさいよと思ったが、あちらもあちらで目を掻い潜ったという事なのだ。


 まさかこの国の第一王子が、ドレスではなく仕着せ服に身を包んだ女性に求愛する場面に遭遇するとは。


「こ、こんな所で何を!誰かに聞かれたらどうするのです…!?」

「こうでもしないと君は立ち止まってもくれないだろう」

「それは…」


 “君を愛しているんだ”、それが通りすがったダリアが耳にした言葉。


 アルコールも手伝ってほんの好奇心で覗いてみた曲がり角の先。その声は明らかに男性のもので、その男性は一目見ただけでも分かる我が国の王子で、しかも相手はメイドで。


 それだけで身分を超えた男女の何かが、今目の前で繰り広げられている事がダリアは理解した。と同時に、自分の命が危険に晒されてしまった事も。


 これは国家機密に相当するのでは、とダリアは咄嗟に思った。それをただの貴族の娘が知ってしまった。殺されるかもしれない、安直ではあるがそう考えても差し支えないだろう。


 さあどうするべきか。今の所2人はダリアの存在に気付いていない様子である。となるとこのまま墓場まで持っていく事にして、とっととこの場を去るのが先決だ。だが呼吸音すら聞こえてしまいそうな沈黙のせいで、ダリアは全く身動きがとれないでいた。


 何故ヒールを脱いでまで近付いてしまったのだろうかと、自分の浅ましさに辟易する。むしろあからさまに音を立てて近付いた方が、危険を察知したあちらがそっと身を隠すなり何なりしてくれていただろう。


 ああ、全てはアルコールのせいだ、そのせいで気が大きくなってしまったんだと、どうしようもない後悔と言い訳を繰り返していたら、ついに動きがあった。


「いけません…!」


 思わずこちらが焦ってしまう程のメイドの声の大きさにただならぬ空気を感じて、咄嗟に覗いてしまう。そしてダリアは更に後悔した。王子がメイドを抱きしめていたのである。


「…嫌だ。君を離したくない」


 性急な声の様子に、余程そのメイドに執着しているのが分かる。立場を弁えているメイドに対し、王子が暴走している様だ。


「お離し下さい」

「嫌だ」

「…この状況を見られて罰されるのは、私なのですよ」


 仮にもこの国の王子に対し、はっきりと、冷静に事実を伝える。いくら愛されているとはいえ、ただのメイドが物申すとはとダリアが感心していると、王子がそっとその腕を解いた。すぐに距離を取るメイドに、王子の悲しそうな感情が背中だけで分かった。


「…ずっと、ずっと愛していたんだ」

「………」

「他の男の所へ行ってしまうなんて…耐えられない」

「家が決めた事ですから。それに私の様な立場の女が、あなた様の伴侶になれる訳がありません。

 本当に、もうこれきりにして下さい」


 そう言い切った後、メイドは頭を下げてその場から立ち去っていく。

 その背中を呆然と見守る王子の後ろ姿を、ダリアも同じく呆然と見つめていたら、「…すまない」という声と共に首に何か衝撃が走った。瞬間、意識が途切れていく。


 やっぱりこうなるのかと改めて己の軽率さを呪う。どうかお命だけはと願いながら、ダリアは意識を手放した。


「おい、起きろ」

「…ん」


 呼びかけられダリアは目を覚ました。しばらく呆然と天井を眺めていたが、どうして自分が気を失ったのかを思い出し「わあ!」と言いながら飛び起きた。


「…淑女らしからぬ声だな」


 確かにはしたない声をあげてしまい、ダリアは慌てて自分の口を手で抑えた。しかしまだダリアの頭は半覚醒状態で、目の前にいるグレーの瞳の男を見つめながら何度も目を瞬く。


「まだ目が覚めていない様だな」


 そう言って立ち上がると、その男は近くのテーブルに置かれた水差しからコップに水を注ぎ、それをダリアに渡した。


「…あ、ありがとうございます」


 おずおずとそれを受け取り、訳が分からないまま水を飲もうとしたが、この状況を改めて自覚して手が止まる。


「大丈夫、ただの水だ」

「はい…」


 それを見透かして男が助言した。ダリアは正直半信半疑だったが、それを断るのも怖くて恐る恐る口をつけた。味は普通の水の様だ。どうか何も盛られていません様にと願う。


「さて、あなたはどこからどこまで知っている?」


 急速にダリアの体が冷えていく。口に含んでいた水をこくりと飲み干し後悔した。やっぱりこれはただの水だったのだろうか。


「…何を、というのは無粋ですよね?」

「そうだな。よく分かっているだろう」


 男は椅子に腰掛けると、腕を組み足を組みダリアの言葉を待った。

 逃げられるとも思っていなかったが、いざこうなると今すぐにでも逃げ出したい。でも不可能である。ダリアは腹を括り、そっと口を開いた。


「殿下が…メイドらしき女性に…その、“愛している”と…」

「分かった。充分だ」


 予想通りだったのだろうか、男があっさりめにそう言うのでダリアは拍子抜けした。

 もしかして命をとられるまではいかないかもしれない、と希望を持つ。


「分かっているとは思うが、あなたが知った事は人にべらべらと喋っていいものではない。

 もしあなたに何か陰謀があって盗み聞きを働いていたのなら、放ってはおけないが」

「ま、まさかその様な事は…!」

「大丈夫、安心してくれ。ただ通りすがっただけだろう?」


 気を失ってどれくらい経過したのかは分からないが、もう調べはついたのかとダリアの背筋が凍る。

 どちらにせよ分かってくれているのなら、それでいい。


「我々の気の緩みが今回の事を招いてしまった。落ち度は完全にこちらにある。

 あなたも運が悪かった。まあ国王の演説中に抜け出すとは、中々擁護出来るものではないが」


 ドキッとダリアの心臓が跳ねる。


 兄も含め誰もが国王の話に集中しているのをいい事に抜け出したのだ。予め会場の端に居て良かったと、したり顔をしながら会場を後にしたあの時の自分を呪う。


「現在も調査中だが、今の所目撃したのはあなただけの様だ。不幸中の幸いというか…すまない、話がそれたな」


 そう言いながらふう、と息を吐いて立ち上がった男の疲労感が伝わる。今回の事は本当にアクシデントだった様だ。

 詳細は分からないが、王子もあの状況に乗じて抜け出したのだろうとダリアは推測する。


「そういう訳で、あなたをどうこうしようとは思っていない。

 本来なら金銭で解決したい所だが、あなたはまだ子爵家の保護下にある。ご両親が不審に思われるだろうし、不明瞭な金の流れは怪しまれやすい。なるべく穏便に済ましたい。

 まさかとは思うが、こちらを脅す様な愚かな事は…」

「そんな滅相もございません!絶対に誰にも口外致しません!」

「ああ、その方が賢明だろう。もしこの事が広まった場合、あなたがその主犯である事は間違いないのだから」


 ごくり、とダリアの喉が動く。


 その時こそ、ダリアは消されるだろう。別に大金を手に入れたいなどの野心がないダリアにとって、口外しないだけで無罪放免なんて万々歳だ。とにかくこんな所はさっさとおさらばしたい。


「念のため書類にその決意を記してくれ」


 そう言って男は一枚の紙をテーブルに置いた。ダリアは急いでそれに記名し、親指で母印を押す。所謂念書の様だ。いろいろ条件や約束を反故した場合の対応など書いてあったが怖くて読まなかった。とにかく口外しない、それだけだ。


「話は以上だ。では、あなたの兄上を呼んでくる」


 そう言うと男は立ち上がった。


「あの…あなたは…?」


 部屋から出て行こうとした男にダリアは問うた。至極純粋な疑問だったが、男がとてつもなく冷ややかな目をしながらこちらを向いたので、聞くんじゃなかった、とダリアは後悔した。


「もう会う事のない人間に名乗るつもりはない。とにかく今日の事は忘れる様に」

「…はい。申し訳ございませんでした」


 そして男は出て行く。


 しばらくしてとんでもない形相のダリアの兄がやってきて、ダリアはこっぴどく叱られた。どうやら酔っ払って廊下に座り込んでいた所を保護された、という話になっている様で、禁酒期間を設けられる事となった。実際アルコールのせいで起こってしまった事なので、ダリア自身も納得の采配だ。


 こうしてダリアは何のお咎めもなく普通に日常を過ごした。となるはずだった。


 まさかそれから数日後に城に来る様要請されるなんて、まさか裏口からこそこそ入城する事になるなんて、ダリアは思いもしない。




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