乗り越えたいのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第20弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「苛立ちがちなのは、君のほう。」の後の話です。
すっごい落ち込んでる……。
そして、嫌そう。
頭痛を堪えるようにしているノインは、ちらっとオルガを見てくる。
心の中で、覚悟を決める。
「キスしていいですか?」
ほらきた。
フ。もう慣れたものよ。
(あとはうまく息ができるようになれば完璧……!)
「いいけど、ご飯食べてからね」
「……はい。風呂から上がってからでもいいですか」
それは……。
(練習の時にすごいのするってことじゃない?)
いや。
その前に濃厚なのしたいってことかな。
「い、いいけど」
やっぱり慣れない。
(うわああああ! 最近のノインはけっこう手加減してるイメージだったから、本気でしますって感じがして、恥ずかしくなる……)
下手をすれば、押し倒されて体をまさぐられる。
いや、考えるのはやめよう。
(フフ。私だって成長してるはず。……はず)
「魔物討伐の要請が入ったの?」
今週ですでに二回は行っている。頻度が多い。
朝方に専用の服と外套で出て行き、昼過ぎには戻って来る……それが魔物討伐の要請を受けた時のノインの一日となっている。
だいたい夕方くらいからノインの集中力が少し下がるというか、ちょっとぼんやりしている。
(一緒にいないと気づけないんだけど……。
ノインが本気で隠しごとするなら、たぶん気づけないだろうなあ)
「まあ、はい」
「……多いね」
「雨季なので、巣穴が水没して移動型と徘徊型が増えるんです……」
……さすが蟲タイプの魔物。
「お仕事大変だね」
なにか手伝えればいいけど、できることは少ない。
(あったかいご飯とお風呂は、もう用意してるしな……)
うーん……。
「ここ数日雨が続いてるので、緊急の討伐要請が入りそうで……」
溜息増えたなあ……。
「去年もこうだったの?」
「そうですね……。変な感じです」
「変?」
「これまで要請が来ても特になにも思わなかったんですけど………………行きたくないな」
ぼそっと小さく聞こえたそれに、オルガは軽く目を見開く。
(…………うん?)
なんだか、胸の奥がざわざわする。
思わず胸元に手を遣ってしまった。
(???)
んんん?
「? どうしました?」
「え? うーん……なんか、変な感じする」
「ふふっ。君もですか」
少しだけ笑って、ノインは小さく、本当に小さく言った。
「魔物が憎たらしくなったのは初めてです」
**
帰ってきた途端、ノインは風呂に直行した。
(おぉ、脇目もふらずに……)
緊急討伐が終わったのだろうか?
(ふーん。いつもの討伐と時間帯は同じだけど……)
玄関のところで避けてある外套を回収し、オルガは「おお」と感心してしまう。
「すごい汚れと臭い……」
こんなに???
(すぐ洗わないと)
あれ?
そういえばお風呂から上がって使う乾いた布、そろそろ予備が足りない気がする。
(雨の日が多くてただでさえ洗濯物が乾かないし、魔物退治でノインが服とか汚して帰って来るし)
放っておけば、洗濯物が溜まるばかりだ。
どうせ入念に体を洗って出てくるだろうから、今のうちにと居間の木箱から布を取り出して抱えた。
浴室へと向かって廊下を歩き、そして。
浴室のドアを開けたノインと、近距離で目が合った。
(あれ。早くない?)
そんなに時間が経ってない。それこそ。
(まだ、五分も)
かかってないの、に。
あ。
視界がぐるんと回った。
(…………)
オルガは視線を動かす。
まだ、明るいんだけど。
それにここは。
(廊下なんだけ、ど)
圧し掛かられている。
まあ、それは。
夜の練習で、よくしてる、されてる、こと、だし。
なんだろう、この感覚は。
不思議になった。
(うーん……なんで)
なんで。
こうして触られるのは、大丈夫。
キスされるのも、大丈夫。
(うん、やっぱり大丈夫)
多少は恥ずかしいけど、だいじょうぶ。
じゃあどこで気を失うんだろう?
(たくさん情報、っ、が)
体がびくっと反応した。
軽く指で床を掻き、大丈夫だと確信する。
なんで落ち着いてるんだろう?
(変。変じゃない?)
恥ずかしいってだけで手一杯になってるはずなのに。
いつもそのはずなのに。
ああ、ほら。
(絶対脱がせようとするから…………ん?)
ワンピースを脱がされたのは、まあわかる。どうせたった一枚残っている肌着も、もう少しで。
ぱちぱちと瞬きをした。
あ。そっか。
(明るいからかな)
陽が沈む時間帯ではないし、練習の時は完全に夜で、頼りないランプ一つ分の明るさしかない。
室内を照らすランプの光は、照らすことのできない部分が多いこともあり、光景が切り取られる。
でも。
今は。
(ぜんぶみえてる)
触れてくる感触よりも、視界に入ってくるそれが。
熱っぽい瞳の動き。浅い呼吸。苦しそうにひそめられた眉間。
全部知らないと気が済まないと、言っていた。
なるほど。
(なる、ほど)
ここからじゃない?
ほら。
(そうそう、ノインが私の両脚を持ち上げて、そう、開いて)
で。
いつもなら暗がりの中のことで混乱して、目を瞑るのに。
(…………ふぅん)
まじまじと見てしまった。
練習時の触れられたすべての感触などが、目の前の光景と合致する。
たくさん情報が入ってきて、わからなくなっていたはずなのに。それなのに。
今は恥ずかしさよりも、気になって仕方ない。
(大丈夫かな。私も息あがってきてるけど、ノインのほうが大変そう)
ふと。
(あ)
目が合った。
完全に動きを止めたノインが瞬きをしてから固まり、一気に耳まで真っ赤になった。
太ももにそえていた手をそっと離して、身をわずかに引く。
もう脚閉じていいのかな。
床に手をついて起き上がったオルガは、自身を見下ろした。
「わあ。赤い痕いっぱいだ。
……ノインが触ってたとこ、まだ乾いてないな」
それもそうかと、呼吸を整えながら洩らす。
「あれ? どうしたのノイン?」
じりじりと距離をとろうとするノインに、オルガは微笑んだ。
「昼ではっきり見えると、怖くなかった。どう? これなら私、気絶しな……」
廊下は狭いのだし、それ以上さがれないのに。
「す、すみませ……」
「ん?」
「つい……あの」
なんでずっと目を逸らしてるの?
「ちが、う……んです。うまく、回復……できなくて」
「???」
回復?
よくはわからないが、オルガは視線を下げた。
「ノイン、大丈夫なの?」
「っ、大丈夫です」
壁に手をついて、床に視線を向けているノインをうかがった。
「でも」
「大丈夫です。動かないで。そのまま近づかないでください」
「…………わかった。どのくらいで治るの?」
ぎょっとしたようにノインが軽く目を開き、そして唸るような声をもらす。
「そ、うですね……少し」
「そっか。じゃあここで待ってるね」
「いえ、待たなくていいです。ここに君がいると、もっと時間がかかります」
「動けないの?」
「…………はい、いえ」
「どっちなの?」
「とりあえず服を着てください」
「ノインが脱がしたんでしょ」
「肌着が捲れてて丸見えなんですよ……」
ぎゅう、と目を閉じてしまう。
かろうじて引っかかっている状態の肌着をきちんと直してからじーっと見ていると、ノインがうっすら瞼を開いた。
「……なんですか」
「私、なにか手伝えることとかある?」
「ないです」
「病気とかじゃないよね?」
「違います」
うーん。
「俺は大丈夫ですから、放っておいてください」
「なんで押し倒したの?」
ごほっ、とノインが咳き込んだ。
「回復ってなに?」
「……あとで話しますから」
「ねえ、なんで驚いたの? 変な顔してたんだけど」
「…………いつもなら、あそこで気を失ってるじゃないですか」
「だよね!?」
やっぱりそうだった!
「フフ。これで私も気絶を克服したってことだよ。やったね!」
「…………」
「前にノインが、私がたくさん情報がきて、わからなくなるって言ってたでしょ?
明るい中でノインのこと見てたら、こんなことされてたんだな~ってはっきりわかって落ち着いたんだよ」
へへへと笑うが、ノインはちらりと視線だけ寄越すのみ。
「気づいたらずーっとノインのこと見てて、へーって思っちゃったよ」
「……そうですか」
「まだ苦しいの? どれだけかかるの? やっぱりなにか薬持ってこようか? 気分悪いんじゃないの?」
「……大丈夫ですから。そんなに構わなくていいんです」
「練習の時は恥ずかしいってことと、触られる感触ばっかりで手一杯になっちゃってたんだね。
やっぱりわからないことは、知っていけば怖くないってことなんだよ。
あれえ? でもこのあとは?」
「…………このあと?」
「まだなにかするんでしょ? よし来い。今の私ならなんでもいけそうだから、任せて!」
「いえ……俺がちょっと無理です」
「……ぜんぜん動かないけど、腰でも抜けたの?」
「…………いえ、そうではないので」
「本当に?」
「……ご機嫌ですね」
「うん」
だって。
「ノインが私のこと全部知りたいって言ってた意味、ちょっとわかったからね」
ちょっとだけ目を見開いてから……ノインは照れたように頬を赤らめて視線を逸らす。
「………………明るいところだと、キスマークはこんなにはっきり見えるんですね」
目の毒です、と小さく呟かれた。
**
「連続で討伐をこなすのはまだ、いいんですけど……」
はぁ、と息を吐いてノインが肩を落とす。
「回復が追いつかなくて」
「かいふく」
「体力はまだいいんですが、集中力が低下するので……汚れを落とすのと同時にだいたい回復しようとするんですけど」
「…………」
「できなくて……未熟ですみません」
みじゅく。
「それで私を押し倒したの?」
視線を逸らされる。
「俺の元気の素は、君なので」
目の前にいて。
「触れたくて」
止まれなくて。
じーっと見ていたオルガは、ふっと笑った。
「べつに嫌じゃないよ」
「……君は寛容すぎます」
べつにそんなことはないんだけど。
(ノインがすること観察してたら、面白くなっちゃっただけだし。ノインならべつにいいって思うし)
夫がするならいい、じゃなくて。
ノインだから怖くなくて、安心してるから……いい。それだけだ。
「魔物が活性化するなら、練習してないで眠って回復したほうがいいと思うんだけど」
「君がいないなら、そうしたと思います」
? どういうこと?
「君に触れてるほうが、かなり回復します」
「そんなわけないでしょ」
「さあ、どうですかね」
こんな時、同じ寝室を使っていればいいのかもしれない。
ノインが急な呼び出しを受けても、確実に見送れるし。
(……はやく)
はやく。
頬に手をそえられる。瞼を閉じると、唇に触れる感触。
呼吸を合わせる。
(ちゃんと、夫婦になりたい)
大丈夫。
(恥ずかしいけど、大丈夫)
うまくできた、とホッと安心する。
(フフフ。やっぱり目で見るのって大事なんだよ)
「またなにか考えてますね」
声に、瞼を開けて笑みを浮かべた。
「今度から目を開けてキスしてみようと思って!」
「……近すぎて見えないと思いますけど」
「フッフッフッ。さあ来い! 今日の私はこれまでと違うからね!」
「……………………」
目を細めてノインがゆっくりと押し倒して来た。
「確認したいことがあるので、望むところです」
確認したいこと?
「フッ。気絶しない私に敵はないよ」
「なにを張り合ってるんですか……。じゃあ、頑張ってください」
だって。
(気絶しないなら、結婚しても大丈夫ってことでしょ?)
……そう思っていたのに。
(あ、あれ……?)
大きく、息を吐き出す。
その後は、整わない呼吸をなんとかしようと、何度も息を吸っては吐いた。
(…………なにこれ)
不思議になって視線を動かすと、愕然としているノインの姿が目に入る。
(ちょ、な、なん、で)
まだ、だめだ。いきなり息を吸うのが下手になったみたい。
というか、なんで。
なにか思案しているノインが、ちらりと見てきた。
「どっ、ど、したの」
うわあ、声が。
「ま、まって、すぐ、息、なんっ、とか」
「…………危なかった」
ん?
「ど、し、」
「なんでもありません。俺が…………勘違いしていただけ、なので」
「???」
「……未熟過ぎて腹立つな」
えっ!?
独り言のようなそれを洩らし、ノインが目を細める。
「確認できて良かったです。準備不足で君に痛い思いをさせるところでした」
「? んん?」
さっきから親指と中指の先を擦り合わせて、なにしてるの?
なにかついているのだろうかとオルガは目を凝らすが、よくわからない。
「はぁ……なんか急に大きく、息が出ちゃった……」
「息を止めてたからです」
「? そ、そうかな?」
気絶するまいとしていたから?
それとも、声を我慢していたから?
「ご、ごめ……も、もう大丈夫。そ、それで? お、終わった?」
「…………いえ、終わってませんが今日はここまでです」
「ええっ!?」
「すみません、体を拭く布を取ってきます」
「???」
混乱しているうちに、ノインはさっさと寝室を出て行ってしまった。
「…………? 布、って、いつもノインが用意してる……?」
でもそれ。
(そこに、あるけど?)
ん?
*****
別日。
「ノイン! 前に出過ぎです!」
制止の声を聞かずに、足止めを受けている蟲の脚を跳ね飛ばすのが見えた。
べっとりと黒ずんだ血を受けたノインは、ぎらりと次の得物を瞳に捉える。
よりによって、緊急討伐がまた入るとは。
関節部分を正確に狙って剣を振るう、応援要請メンバーの最年少のノインは荒い息を吐き出した。
雨の中、彼は呼吸を深くしてすぐに回復しようとする。
本来、緊急討伐には数日要する。だが。
「早く終わらせて帰ります」
そう言い切ったノインが、次から次へとすごい速度で蟲を動けなくしている。
「とどめは任せます。俺が脚を斬って機動を落とします」
無茶苦茶な提案をした彼は、それを実行していた。
いつもは指示に従いつつ、状況に応じて的確な判断をしながら戦うのに。
彼が戦闘に入る前に言っていたことを、顔を見合わせながら三人は思い返す。
「早く帰って確実に再現できるようにならないといけないんです!
俺が未熟なせいで……! 早く帰って練習しないと……」
練習…………?
「魔物なんかに構ってられないんです!」
…………一体どうした?
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




