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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

乗り越えたいのは、君のほう。

掲載日:2026/04/18

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第20弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。

二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。

※本編の時間軸は「苛立ちがちなのは、君のほう。」の後の話です。


 すっごい落ち込んでる……。

 そして、嫌そう。


 頭痛を堪えるようにしているノインは、ちらっとオルガを見てくる。


 心の中で、覚悟を決める。


「キスしていいですか?」


 ほらきた。


 フ。もう慣れたものよ。


(あとはうまく息ができるようになれば完璧……!)


「いいけど、ご飯食べてからね」

「……はい。風呂から上がってからでもいいですか」


 それは……。


(練習の時にすごいのするってことじゃない?)


 いや。


 その前に濃厚なのしたいってことかな。


「い、いいけど」


 やっぱり慣れない。


(うわああああ! 最近のノインはけっこう手加減してるイメージだったから、本気でしますって感じがして、恥ずかしくなる……)


 下手をすれば、押し倒されて体をまさぐられる。


 いや、考えるのはやめよう。


(フフ。私だって成長してるはず。……はず)


「魔物討伐の要請が入ったの?」


 今週ですでに二回は行っている。頻度が多い。


 朝方に専用の服と外套で出て行き、昼過ぎには戻って来る……それが魔物討伐の要請を受けた時のノインの一日となっている。


 だいたい夕方くらいからノインの集中力が少し下がるというか、ちょっとぼんやりしている。


(一緒にいないと気づけないんだけど……。

 ノインが本気で隠しごとするなら、たぶん気づけないだろうなあ)


「まあ、はい」

「……多いね」

「雨季なので、巣穴が水没して移動型と徘徊型が増えるんです……」


 ……さすが蟲タイプの魔物。


「お仕事大変だね」


 なにか手伝えればいいけど、できることは少ない。


(あったかいご飯とお風呂は、もう用意してるしな……)


 うーん……。


「ここ数日雨が続いてるので、緊急の討伐要請が入りそうで……」


 溜息増えたなあ……。


「去年もこうだったの?」

「そうですね……。変な感じです」

「変?」

「これまで要請が来ても特になにも思わなかったんですけど………………行きたくないな」


 ぼそっと小さく聞こえたそれに、オルガは軽く目を見開く。


(…………うん?)


 なんだか、胸の奥がざわざわする。

 思わず胸元に手を遣ってしまった。


(???)


 んんん?


「? どうしました?」

「え? うーん……なんか、変な感じする」

「ふふっ。君もですか」


 少しだけ笑って、ノインは小さく、本当に小さく言った。


「魔物が憎たらしくなったのは初めてです」


**


 帰ってきた途端、ノインは風呂に直行した。


(おぉ、脇目もふらずに……)


 緊急討伐が終わったのだろうか?


(ふーん。いつもの討伐と時間帯は同じだけど……)


 玄関のところで避けてある外套を回収し、オルガは「おお」と感心してしまう。


「すごい汚れと臭い……」


 こんなに???


(すぐ洗わないと)


 あれ?


 そういえばお風呂から上がって使う乾いた布、そろそろ予備が足りない気がする。


(雨の日が多くてただでさえ洗濯物が乾かないし、魔物退治でノインが服とか汚して帰って来るし)


 放っておけば、洗濯物が溜まるばかりだ。


 どうせ入念に体を洗って出てくるだろうから、今のうちにと居間の木箱から布を取り出して抱えた。

 浴室へと向かって廊下を歩き、そして。


 浴室のドアを開けたノインと、近距離で目が合った。


(あれ。早くない?)


 そんなに時間が経ってない。それこそ。


(まだ、五分も)


 かかってないの、に。


 あ。


 視界がぐるんと回った。


(…………)


 オルガは視線を動かす。


 まだ、明るいんだけど。

 それにここは。


(廊下なんだけ、ど)


 圧し掛かられている。


 まあ、それは。


 夜の練習で、よくしてる、されてる、こと、だし。


 なんだろう、この感覚は。

 不思議になった。


(うーん……なんで)


 なんで。


 こうして触られるのは、大丈夫。

 キスされるのも、大丈夫。


(うん、やっぱり大丈夫)


 多少は恥ずかしいけど、だいじょうぶ。


 じゃあどこで気を失うんだろう?


(たくさん情報、っ、が)


 体がびくっと反応した。


 軽く指で床を掻き、大丈夫だと確信する。


 なんで落ち着いてるんだろう?


(変。変じゃない?)


 恥ずかしいってだけで手一杯になってるはずなのに。


 いつもそのはずなのに。


 ああ、ほら。


(絶対脱がせようとするから…………ん?)


 ワンピースを脱がされたのは、まあわかる。どうせたった一枚残っている肌着も、もう少しで。


 ぱちぱちと瞬きをした。


 あ。そっか。


(明るいからかな)


 陽が沈む時間帯ではないし、練習の時は完全に夜で、頼りないランプ一つ分の明るさしかない。

 室内を照らすランプの光は、照らすことのできない部分が多いこともあり、光景が切り取られる。


 でも。

 今は。


(ぜんぶみえてる)


 触れてくる感触よりも、視界に入ってくるそれが。


 熱っぽい瞳の動き。浅い呼吸。苦しそうにひそめられた眉間。

 全部知らないと気が済まないと、言っていた。


 なるほど。


(なる、ほど)


 ここからじゃない?


 ほら。


(そうそう、ノインが私の両脚を持ち上げて、そう、開いて)


 で。


 いつもなら暗がりの中のことで混乱して、目を瞑るのに。


(…………ふぅん)


 まじまじと見てしまった。


 練習時の触れられたすべての感触などが、目の前の光景と合致する。

 たくさん情報が入ってきて、わからなくなっていたはずなのに。それなのに。


 今は恥ずかしさよりも、気になって仕方ない。


(大丈夫かな。私も息あがってきてるけど、ノインのほうが大変そう)


 ふと。


(あ)


 目が合った。


 完全に動きを止めたノインが瞬きをしてから固まり、一気に耳まで真っ赤になった。

 太ももにそえていた手をそっと離して、身をわずかに引く。


 もう脚閉じていいのかな。


 床に手をついて起き上がったオルガは、自身を見下ろした。


「わあ。赤い痕いっぱいだ。

 ……ノインが触ってたとこ、まだ乾いてないな」


 それもそうかと、呼吸を整えながら洩らす。


「あれ? どうしたのノイン?」


 じりじりと距離をとろうとするノインに、オルガは微笑んだ。


「昼ではっきり見えると、怖くなかった。どう? これなら私、気絶しな……」


 廊下は狭いのだし、それ以上さがれないのに。


「す、すみませ……」

「ん?」

「つい……あの」


 なんでずっと目を逸らしてるの?


「ちが、う……んです。うまく、回復……できなくて」

「???」


 回復?


 よくはわからないが、オルガは視線を下げた。


「ノイン、大丈夫なの?」

「っ、大丈夫です」


 壁に手をついて、床に視線を向けているノインをうかがった。


「でも」

「大丈夫です。動かないで。そのまま近づかないでください」

「…………わかった。どのくらいで治るの?」


 ぎょっとしたようにノインが軽く目を開き、そして唸るような声をもらす。


「そ、うですね……少し」

「そっか。じゃあここで待ってるね」

「いえ、待たなくていいです。ここに君がいると、もっと時間がかかります」

「動けないの?」

「…………はい、いえ」

「どっちなの?」

「とりあえず服を着てください」

「ノインが脱がしたんでしょ」

「肌着が捲れてて丸見えなんですよ……」


 ぎゅう、と目を閉じてしまう。


 かろうじて引っかかっている状態の肌着をきちんと直してからじーっと見ていると、ノインがうっすら瞼を開いた。


「……なんですか」

「私、なにか手伝えることとかある?」

「ないです」

「病気とかじゃないよね?」

「違います」


 うーん。


「俺は大丈夫ですから、放っておいてください」

「なんで押し倒したの?」


 ごほっ、とノインが咳き込んだ。


「回復ってなに?」

「……あとで話しますから」

「ねえ、なんで驚いたの? 変な顔してたんだけど」

「…………いつもなら、あそこで気を失ってるじゃないですか」

「だよね!?」


 やっぱりそうだった!


「フフ。これで私も気絶を克服したってことだよ。やったね!」

「…………」

「前にノインが、私がたくさん情報がきて、わからなくなるって言ってたでしょ?

 明るい中でノインのこと見てたら、こんなことされてたんだな~ってはっきりわかって落ち着いたんだよ」


 へへへと笑うが、ノインはちらりと視線だけ寄越すのみ。


「気づいたらずーっとノインのこと見てて、へーって思っちゃったよ」

「……そうですか」

「まだ苦しいの? どれだけかかるの? やっぱりなにか薬持ってこようか? 気分悪いんじゃないの?」

「……大丈夫ですから。そんなに構わなくていいんです」

「練習の時は恥ずかしいってことと、触られる感触ばっかりで手一杯になっちゃってたんだね。

 やっぱりわからないことは、知っていけば怖くないってことなんだよ。

 あれえ? でもこのあとは?」

「…………このあと?」

「まだなにかするんでしょ? よし来い。今の私ならなんでもいけそうだから、任せて!」

「いえ……俺がちょっと無理です」

「……ぜんぜん動かないけど、腰でも抜けたの?」

「…………いえ、そうではないので」

「本当に?」

「……ご機嫌ですね」

「うん」


 だって。


「ノインが私のこと全部知りたいって言ってた意味、ちょっとわかったからね」


 ちょっとだけ目を見開いてから……ノインは照れたように頬を赤らめて視線を逸らす。


「………………明るいところだと、キスマークはこんなにはっきり見えるんですね」


 目の毒です、と小さく呟かれた。


**


「連続で討伐をこなすのはまだ、いいんですけど……」


 はぁ、と息を吐いてノインが肩を落とす。


「回復が追いつかなくて」

「かいふく」

「体力はまだいいんですが、集中力が低下するので……汚れを落とすのと同時にだいたい回復しようとするんですけど」

「…………」

「できなくて……未熟ですみません」


 みじゅく。


「それで私を押し倒したの?」


 視線を逸らされる。


「俺の元気の(もと)は、君なので」


 目の前にいて。


「触れたくて」


 止まれなくて。


 じーっと見ていたオルガは、ふっと笑った。


「べつに嫌じゃないよ」

「……君は寛容すぎます」


 べつにそんなことはないんだけど。


(ノインがすること観察してたら、面白くなっちゃっただけだし。ノインならべつにいいって思うし)


 夫がするならいい、じゃなくて。

 ノインだから怖くなくて、安心してるから……いい。それだけだ。


「魔物が活性化するなら、練習してないで眠って回復したほうがいいと思うんだけど」

「君がいないなら、そうしたと思います」


 ? どういうこと?


「君に触れてるほうが、かなり回復します」

「そんなわけないでしょ」

「さあ、どうですかね」


 こんな時、同じ寝室を使っていればいいのかもしれない。

 ノインが急な呼び出しを受けても、確実に見送れるし。


(……はやく)


 はやく。


 頬に手をそえられる。瞼を閉じると、唇に触れる感触。

 呼吸を合わせる。


(ちゃんと、夫婦になりたい)


 大丈夫。


(恥ずかしいけど、大丈夫)


 うまくできた、とホッと安心する。


(フフフ。やっぱり目で見るのって大事なんだよ)


「またなにか考えてますね」


 声に、瞼を開けて笑みを浮かべた。


「今度から目を開けてキスしてみようと思って!」

「……近すぎて見えないと思いますけど」

「フッフッフッ。さあ来い! 今日の私はこれまでと違うからね!」

「……………………」


 目を細めてノインがゆっくりと押し倒して来た。


「確認したいことがあるので、望むところです」


 確認したいこと?


「フッ。気絶しない私に敵はないよ」

「なにを張り合ってるんですか……。じゃあ、頑張ってください」


 だって。


(気絶しないなら、結婚しても大丈夫ってことでしょ?)


 ……そう思っていたのに。


(あ、あれ……?)


 大きく、息を吐き出す。


 その後は、整わない呼吸をなんとかしようと、何度も息を吸っては吐いた。


(…………なにこれ)


 不思議になって視線を動かすと、愕然としているノインの姿が目に入る。


(ちょ、な、なん、で)


 まだ、だめだ。いきなり息を吸うのが下手になったみたい。


 というか、なんで。


 なにか思案しているノインが、ちらりと見てきた。


「どっ、ど、したの」


 うわあ、声が。


「ま、まって、すぐ、息、なんっ、とか」

「…………危なかった」


 ん?


「ど、し、」

「なんでもありません。俺が…………勘違いしていただけ、なので」

「???」

「……未熟過ぎて腹立つな」


 えっ!?


 独り言のようなそれを洩らし、ノインが目を細める。


「確認できて良かったです。準備不足で君に痛い思いをさせるところでした」

「? んん?」


 さっきから親指と中指の先を擦り合わせて、なにしてるの?


 なにかついているのだろうかとオルガは目を凝らすが、よくわからない。


「はぁ……なんか急に大きく、息が出ちゃった……」

「息を止めてたからです」

「? そ、そうかな?」


 気絶するまいとしていたから?

 それとも、声を我慢していたから?


「ご、ごめ……も、もう大丈夫。そ、それで? お、終わった?」

「…………いえ、終わってませんが今日はここまでです」

「ええっ!?」

「すみません、体を拭く布を取ってきます」

「???」


 混乱しているうちに、ノインはさっさと寝室を出て行ってしまった。


「…………? 布、って、いつもノインが用意してる……?」


 でもそれ。


(そこに、あるけど?)


 ん?


*****


 別日。


「ノイン! 前に出過ぎです!」


 制止の声を聞かずに、足止めを受けている蟲の脚を跳ね飛ばすのが見えた。

 べっとりと黒ずんだ血を受けたノインは、ぎらりと次の得物を瞳に捉える。


 よりによって、緊急討伐がまた入るとは。


 関節部分を正確に狙って剣を振るう、応援要請メンバーの最年少のノインは荒い息を吐き出した。

 雨の中、彼は呼吸を深くしてすぐに回復しようとする。


 本来、緊急討伐には数日要する。だが。


「早く終わらせて帰ります」


 そう言い切ったノインが、次から次へとすごい速度で蟲を動けなくしている。


「とどめは任せます。俺が脚を斬って機動を落とします」


 無茶苦茶な提案をした彼は、それを実行していた。


 いつもは指示に従いつつ、状況に応じて的確な判断をしながら戦うのに。


 彼が戦闘に入る前に言っていたことを、顔を見合わせながら三人は思い返す。


「早く帰って確実に再現できるようにならないといけないんです!

 俺が未熟なせいで……! 早く帰って練習しないと……」


 練習…………?


「魔物なんかに構ってられないんです!」


 …………一体どうした?


ここまで読んでくださってありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。

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