第81話 崩れ始めた都市
ヴェルクの朝は、静かすぎた。
市場は開いている。
店も並んでいる。
人もいる。
だが、音がない。
値段を叫ぶ声も、
値切る声も、
笑い声もない。
ただ、空いた棚と、
積まれたままの荷だけが目立つ。
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「……昨日より減ってますね」
アルノーが呟く。
広場の中央にある穀物商の店。
本来なら朝一番で人が集まる場所だ。
だが今日は違う。
客はまばらで、
買う量も少ない。
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「仕入れが止まっています」
店主が言う。
疲れた顔だった。
「東路の荷が来ない」
「西路はリュミアに取られてる」
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それだけで十分だった。
神託の結果。
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「神託、ですか」
アルノーが言う。
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「ええ」
店主は頷く。
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「仕方ないです」
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その言葉に、アルノーは言葉を失う。
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市場の端では、別の声が上がっていた。
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「仕事がない」
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荷役の男たちが集まっている。
倉庫の前。
本来なら荷の積み下ろしで忙しい場所だ。
だが今は閑散としている。
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「昨日も呼ばれなかった」
「今日もない」
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「……どうする」
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誰も答えない。
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アルノーはその様子を見て、拳を握る。
「これ、もう……」
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「始まっています」
リリアーナが静かに言う。
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崩壊。
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それは一瞬では起きない。
静かに始まり、
気づいた時には戻れない。
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その時、広場の一角で声が荒くなった。
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「リュミアの連中ばかり優遇されてる!」
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若い男が叫ぶ。
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「神託だぞ!」
別の男が言い返す。
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「だから何だ!」
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周囲の空気が変わる。
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怒りが、出た。
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「うちはどうなる!」
「このままじゃ潰れる!」
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声が重なる。
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だがその中で、一人が言う。
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「……でも」
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「神託だから」
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沈黙。
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その一言が、すべてを止める。
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怒りはある。
だが、向ける先がない。
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アルノーは低く言う。
「……これが一番危ない」
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「ええ」
リリアーナは頷く。
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「怒りが、行き場を失っている」
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その時、遠くから馬の音が聞こえた。
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街道から、一団が入ってくる。
王国軍。
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先頭にいるのは、
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「……来ましたね」
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レオンハルト・ガルドだった。
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彼は馬を降りると、広場を一瞥する。
市場。
倉庫。
人の顔。
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一瞬で理解した。
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「遅かったな」
低く呟く。
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その声を聞いた者はいない。
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だが次の瞬間、
彼ははっきりと命じた。
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「状況を報告しろ」
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兵が動く。
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都市に、外からの力が入る。
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アルノーは息を呑む。
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「……軍が来ると」
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「もう」
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言葉が続かない。
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リリアーナは静かに言う。
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「段階が変わります」
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神託の問題ではなくなる。
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政治。
力。
支配。
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ヴェルクは、もうただの都市ではない。
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その時、
群衆の中から一人の男が前に出た。
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「将軍!」
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レオンハルトの前に立つ。
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まだ若い。
だが目は強い。
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「助けてくれ」
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その一言で、広場の空気が変わる。
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誰も言えなかった言葉。
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それが、初めて外に出た。
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レオンハルトはその男を見る。
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「何が必要だ」
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短い問い。
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男は答える。
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「仕事だ」
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「食える場所だ」
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そして、少しだけ間を置く。
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「……決めてくれ」
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その言葉に、アルノーの背筋が冷える。
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それは、
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神託と同じだった。
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誰かに決めてほしい。
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迷いたくない。
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レオンハルトは少しだけ目を細める。
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そして言った。
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「分かった」
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その一言で、
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都市の空気が、また一段変わった。
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誰が決めるのか。
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神か。
人か。
それとも――
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力か。
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ヴェルクは今、
次の段階へ踏み込もうとしていた。
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