第8話 正しさの代償
騎士団の詰所は、いつもより騒がしかった。
ざわめきの中心には、担架。
その上に横たわる若い騎士の顔色は、明らかに悪い。
「どうして……こんな……」
医務官が、苦々しげに呟く。
リリアーナは一歩離れた場所から、その光景を見ていた。
(回復魔法の反動)
それも、かなり無理をした痕跡。
「聖女様がいらっしゃいます!」
声が上がり、空気が一変する。
エミリアが、少し青ざめた顔で駆け寄ってきた。
その後ろには、アルベルトと数人の貴族。
「大丈夫です、私が治します」
震える声。
だが、迷いはない。
「待ってください」
リリアーナは、思わず口を開いていた。
一瞬、場の視線が集まる。
「この症状は、魔力の暴走です。
回復ではなく、まず抑制を――」
「でも!」
エミリアが遮る。
「放っておいたら、苦しいままです。
それに……私は、治せるはずです」
その言葉に、誰も続けなかった。
“聖女ならできる”
その前提が、すべてを押し流す。
「……お願いします」
誰かが、そう言った。
アルベルトも、頷く。
「エミリアを信じよう」
信じる。
便利で、残酷な言葉だ。
リリアーナは、それ以上何も言わなかった。
言えば、彼女は
“聖女の善意を邪魔する者”になる。
エミリアが、騎士の胸元に手をかざす。
柔らかな光が広がった。
最初は、順調に見えた。
だが、次の瞬間。
「――っ!」
騎士の体が大きく跳ねた。
悲鳴が上がる。
「魔力が……逆流してる!」
医務官の叫び。
「ど、どうして……!」
エミリアの顔から、血の気が引く。
回復魔法が、
暴走した魔力に火を注いだのだ。
「止めてください!」
今度は、リリアーナの声が通った。
「今すぐ、魔法を解除して!」
エミリアは、混乱しながらも手を引く。
光が消え、騎士はぐったりと動かなくなった。
沈黙。
「……命は助かりました」
医務官が、重く告げる。
「ですが、しばらくは動けません。
魔力経路にも、後遺症が残るでしょう」
誰も、エミリアを責めなかった。
「仕方ない」
「誰も予想できなかった」
「聖女様も、よくやった」
そんな言葉が、囁かれる。
エミリアは泣きそうな顔で、何度も頭を下げた。
「ごめんなさい……私……」
「君のせいじゃない」
アルベルトが、即座に否定する。
「君は、助けようとしただけだ」
そのやり取りを、リリアーナは黙って見ていた。
(――出た)
これが、実害。
規則を軽んじ、
善意を最優先した結果。
だが、この場では
誰も“判断の誤り”を認めない。
認めれば、
聖女という存在そのものが揺らぐから。
リリアーナは、静かに背を向けた。
ここに、彼女の居場所はない。
廊下を歩きながら、心の中で線を引く。
(これで、材料は揃った)
感情論ではなく、
事実として。
判断を誤った記録。
責任の所在が曖昧な決定。
それらはすべて、
“後で効く”。
彼女は、足を止めない。
背後では、まだ誰かが言っていた。
「聖女様は悪くない」
「運が悪かっただけだ」
――そう。
だからこそ、同じことが繰り返される。
リリアーナは、静かに思った。
(もうすぐだ)
この王宮が、
“正しさだけでは回らない”と知るのは。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




