第72話 迷う神託官
カルド・ヴァルグリスが神殿に来てから三日。
神殿の空気は少し変わっていた。
修道士たちはいつも通り祈りを捧げ、
星盤の準備をし、
神託の記録を書き留める。
だがどこか、張り詰めている。
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中央の回廊で、カルドは神殿の記録を読んでいた。
羊皮紙が積み上がっている。
「……地方神殿の神託としては、優秀だ」
独り言のように言う。
疫病の封じ込め。
水利の調整。
結果だけ見れば成功だ。
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だが、カルドの指はある記録で止まる。
泉の件。
そしてその後の――
**神託保留**。
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「興味深い」
小さく笑う。
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その頃、神殿の庭ではルシアが星図を広げていた。
昼の星は見えない。
だが星図は必要だった。
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「神託官」
声がする。
振り向くとカルドが立っていた。
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「司祭」
ルシアは頭を下げる。
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カルドは星図を覗き込む。
「星は読めるか」
「ええ」
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「ではなぜ止めた」
質問は真っ直ぐだった。
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ルシアは少し考える。
「迷いがあったからです」
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カルドは眉をわずかに動かす。
「迷い?」
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「神託は道を示します」
ルシアは言う。
「ですが、その道を歩く人の状況は」
星には書かれていない。
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カルドは少しだけ笑った。
「それは当然だ」
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「神託は方向を示す」
「細部は人が合わせる」
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ルシアは静かに首を振る。
「ですが今回」
畑のことを思い出す。
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「神託を出せば」
「誰かの畑は必ず枯れました」
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カルドは即答する。
「それが選択だ」
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ルシアは黙る。
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「神託とは」
カルドは続ける。
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「迷いを消すためにある」
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「神託官が迷えば」
声が少し低くなる。
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「世界が迷う」
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庭の風が草を揺らす。
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ルシアは空を見る。
昼の空には星はない。
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「迷いは」
彼女は言う。
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「必ずしも悪ではありません」
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カルドはその言葉を聞いて、少し笑う。
否定ではない。
だが理解でもない。
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「君は優秀だ」
カルドは言う。
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「だからこそ惜しい」
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「惜しい?」
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「そうだ」
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カルドは静かに言う。
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「君は神託官として優秀だ」
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「だが」
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「導く者には向いていない」
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その言葉は穏やかだった。
だが冷たかった。
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ルシアは何も言わない。
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神殿の奥では鐘が鳴る。
祈りの時間だ。
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カルドは歩き出す。
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「神託は国家を導く」
振り向かずに言う。
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「村ではなく」
「都市でもなく」
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「国家だ」
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ルシアはその背中を見ていた。
彼女は今まで、
人の暮らしのために星を読んできた。
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だが今、
星を**世界の上に置こうとする男**が、
神殿に来ていた。
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