第71話 神殿に来た男
星導教の神殿に、珍しく馬車が止まった。
白い石の階段の下で、修道士たちがざわめく。
「中央神殿の紋章だ」
「高位司祭が来るらしい」
普段、この地方の神殿に上位聖職者が来ることはほとんどない。
神託は地方ごとに行われるものだからだ。
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馬車の扉が開く。
降りてきたのは、背の高い男だった。
黒い外套。
胸には星導教の紋章。
カルド・ヴァルグリス。
中央神殿の高位司祭。
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彼は神殿を見上げた。
「……静かな場所だ」
低く呟く。
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修道士たちが慌てて頭を下げる。
「ようこそお越しくださいました、司祭様」
「歓迎は不要だ」
カルドは淡々と言う。
「神託官はどこだ」
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回廊の奥から、ルシアが現れる。
銀髪を束ね、星図を持っている。
「私です」
彼女は静かに言う。
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カルドは彼女を観察するように見る。
「君がルシア・エルフェルトか」
「はい」
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「噂は聞いている」
少し笑う。
「若い神託官」
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ルシアは答えない。
ただ立っている。
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カルドは神殿の中へ歩き出す。
修道士たちが道を開ける。
中央の星盤の前で立ち止まる。
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「最近の神託を読ませてもらった」
星盤を指でなぞる。
「村の疫病」
「泉の封鎖」
「その後の保留」
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ルシアの目がわずかに揺れる。
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「……保留は」
彼女が言いかける。
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カルドは軽く手を上げる。
「責めているわけではない」
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「むしろ」
彼は振り向く。
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「興味深い」
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修道士たちが互いに顔を見る。
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「君は」
カルドは続ける。
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「神託を止めた」
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ルシアは答える。
「星を読むのは人です」
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「そうだ」
カルドは頷く。
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「だからこそ」
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彼の声が少し低くなる。
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「迷う神託官は危険だ」
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回廊の空気が張り詰める。
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アルノーは柱の影からその会話を見ていた。
中央神殿の司祭。
この男は、ルシアとは違う。
もっと冷たい。
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カルドは神殿の天井を見上げる。
星の紋章が刻まれている。
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「神託とは」
ゆっくり言う。
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「世界を導くためのものだ」
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「村の水路のためではない」
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修道士たちが息を呑む。
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「人が迷うから争いが起きる」
カルドは続ける。
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「ならば」
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「神が国家を導けばいい」
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神殿の空気が一瞬止まった。
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ルシアは静かに彼を見る。
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「それは」
彼女は言う。
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「神託国家ですか」
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カルドは笑った。
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「そうだ」
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「神が導く国家」
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「それが本当の平和だ」
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神殿の外では夕日が沈み始めていた。
星が見えるまで、あと少し。
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だがその日、
神殿の中で動き始めたものは、
星よりも大きな波になるかもしれなかった。
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