第69話 並ぶ二つの道
神託が出ない夜は、珍しい。
神殿では小さなざわめきが広がっていた。
「神託官が保留した」
「そんなことがあるのか」
「星は読めたはずだ」
声は小さい。
だが確かに揺れている。
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翌朝。
神殿の中庭に、ルシアは立っていた。
星盤はまだ閉じられたまま。
修道士たちが集まっている。
彼らは神託を待っている。
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「今朝の神託はありません」
ルシアは静かに言った。
空気が止まる。
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「泉の件は」
彼女は続ける。
「各村の代表で話し合ってください」
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修道士たちは顔を見合わせた。
「ですが」
一人が言う。
「神託がなければ決められません」
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「決められます」
ルシアは答える。
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「水が必要な畑はどこか」
「収穫がどれほど残るか」
「それを知っているのは」
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「村の人たちです」
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その言葉は、神殿の中では珍しい種類のものだった。
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アルノーはその様子を遠くから見ていた。
そして小さく息を吐く。
「……会議になります」
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広場では村の代表が集まり始めていた。
北村、南村、
水路を使う農家。
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「うちはもう半分枯れた」
「北側はまだ持つ」
「水を回す順番を変えるべきだ」
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声が重なる。
意見がぶつかる。
だが――
誰も帰らない。
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アルノーはその様子を見て、
少しだけ驚いた。
「崩れませんね」
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人は議論している。
声は大きい。
だが暴れてはいない。
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「ええ」
リリアーナは答える。
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「神託を信じていた人たちでも」
彼女は言う。
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「話し合うことはできます」
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広場の中央で村長が言う。
「では」
杖を地面に突く。
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「北側の畑に今日は半分」
「南側に半分」
「水路は交代で使う」
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完全な解決ではない。
だが誰も反対しない。
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「……決まりだ」
誰かが言う。
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会議は終わった。
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アルノーは静かに言う。
「神託がなくても」
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「人は決められます」
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リリアーナは空を見る。
昼の空には星は見えない。
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「ええ」
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「そして神託があるときは」
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「人は迷わなくて済む」
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二つの道。
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星に委ねる道。
人が迷う道。
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どちらも、
この世界では確かに機能していた。
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そして今、
その二つが
同じ広場に並んでいた。
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