第65話 選ばない勇気
泉を封じて八日目。
畑の緑は、少しずつ色を失っていた。
完全に枯れたわけではない。
だが、確実に弱っている。
桶で運ぶ水では足りない。
それでも村人たちは黙って働いている。
「神託だから」
その言葉だけで続けている。
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アルノーは畑の端に立っていた。
拳を握る。
「……もう限界です」
小さく言う。
「泉を開けば助かる畑があります」
だが誰も決めない。
神託があるからだ。
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「あなたなら」
アルノーは振り向く。
背後に立つリリアーナを見る。
「あなたなら整理できます」
「村人の利害を並べて」
「どの畑を守るか決められる」
それは事実だった。
数時間あれば、
会議を開き、
水の配分を決められる。
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だがリリアーナは首を振る。
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「しません」
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アルノーは目を見開く。
「でも」
「村は困っています」
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「ええ」
リリアーナは否定しない。
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「それでも」
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「ここでは、しません」
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畑を見つめる。
人が桶を運んでいる。
ゆっくりと。
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「ここは星導教領です」
彼女は静かに言う。
「人々は神託を選びました」
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「私は」
少し間を置く。
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「その決断を奪いません」
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アルノーは言葉を失う。
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「でも」
彼は絞り出す。
「あなたなら助けられる」
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リリアーナは空を見る。
星は昼には見えない。
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「助けることと」
彼女は言う。
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「奪うことは」
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「ときどき同じです」
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アルノーは理解できない顔をする。
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「もし私がここで整理すれば」
「村は助かります」
「ですが」
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「神託を信じた人たちは」
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「自分で選ぶ機会を失います」
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風が畑を渡る。
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アルノーは畑を見つめる。
枯れかけた葉。
水を運ぶ人。
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「……それでも」
彼は言う。
「苦しいです」
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「ええ」
リリアーナは頷く。
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「選ばないことは」
静かに言う。
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「とても勇気が要ります」
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その時、遠くで鐘が鳴った。
神殿の鐘だ。
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新しい神託の時間。
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村人たちは桶を置き、
神殿の方向を見上げる。
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アルノーも空を見る。
雲の向こうに、
昼の星は見えない。
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それでも人々は信じている。
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そしてリリアーナは、
その選択を静かに見守っていた。
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