第64話 揺らぐ神託官
泉を封じて七日目。
畑の土はさらに硬くなっていた。
桶で運ぶ水では足りない。
作物はまだ生きているが、
いつまで持つかは誰にも分からない。
村人たちは働き続けている。
文句は言わない。
神託だからだ。
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神殿の高台から、その畑が見えた。
ルシアはそこに立っていた。
遠くで人が小さく動いている。
桶を運び、土を湿らせる。
ゆっくりと。
何度も。
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「……止まりましたね」
背後からアルノーの声がする。
病は広がらなかった。
神託は確かにそれを止めた。
「ええ」
ルシアは頷く。
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だが畑は違う。
静かに弱っている。
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「泉を開けば」
アルノーは言いかけて止める。
その言葉は、
神託を否定する形になるからだ。
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ルシアは振り返らない。
「分かっています」
小さく言う。
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その言葉は、
アルノーが想像していたものとは違った。
迷いのない声ではなかった。
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「星は」
ルシアは空を見上げる。
「完全ではありません」
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その言葉は、
彼女自身に向けたもののようだった。
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神託官は星を読む。
だが星は言葉を持たない。
読むのは人だ。
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回廊の柱の影で、
リリアーナは静かにそれを見ていた。
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「あなたは迷っています」
彼女は言う。
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ルシアはゆっくり振り向く。
驚きはない。
「神託官も、人です」
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「迷いは」
少し言葉を探す。
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「信仰不足ではありません」
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アルノーは思わず息を呑む。
それは星導教の教義と、
わずかに違う言葉だった。
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「では何ですか」
リリアーナは聞く。
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ルシアは畑の方を見る。
遠くの小さな人影。
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「……責任です」
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その言葉は、
静かだった。
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「もし星が違っていたら」
彼女は続ける。
「村は私の神託で畑を失います」
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アルノーは何も言えない。
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「ですが」
ルシアは星盤の方向を見る。
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「神託官は責任を取らない」
「それが教えです」
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リリアーナは小さく頷く。
それは理解している。
神に委ねるということは、
人が責任を持たない仕組みだ。
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ルシアは静かに言う。
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「それでも」
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「私は星を読む」
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夜空には星が並んでいる。
変わらない配置。
変わらない光。
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だがその下で、
神託官の胸には、
これまでになかった小さな揺らぎが生まれていた。
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