第61話 見えない代償
泉を封じてから、村は静かだった。
病は広がらない。
熱も咳も、あの三人で止まった。
村人たちは安堵し、
泉の前には小さな祈りの台が置かれた。
「神が守った」
その言葉が何度も繰り返される。
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だが四日目の朝。
村の西側で、別の問題が起きた。
「水が足りない」
畑の端で農民が叫ぶ。
泉は村の主な水源だった。
飲み水だけでなく、畑にも使っていた。
封鎖された今、村は山の小川だけに頼っている。
だが、その流れは細い。
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「三日なら耐えられた」
「だが一週間は無理だ」
農民たちは顔を見合わせる。
神託に従った。
誰も反対しなかった。
だが、畑は待ってくれない。
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村長は再び神殿へ使いを出した。
だが神託はすぐには下りない。
星の配置を待つ必要がある。
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その間にも、畑は乾く。
葉が垂れ、
土がひび割れる。
「……神託だから」
村人はそう言う。
だが声は小さい。
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アルノーは畑の端でその様子を見ていた。
「病は止まりました」
「ええ」
リリアーナは答える。
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「ですが」
アルノーは乾いた土を指で崩す。
「今度は収穫が危ない」
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彼は村を歩く。
人々は神託を疑わない。
だが不安はある。
「もう少し水を」
「いや、神託だ」
声は割れない。
ただ押し込まれる。
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夜。
神殿の回廊で、アルノーはルシアに言う。
「泉を閉じた代償が出ています」
ルシアは頷く。
「知っています」
「では」
「それでも必要でした」
答えは迷いがない。
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「病が広がれば、村は壊れます」
「収穫は一年ですが、命は一つです」
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アルノーは言葉を失う。
理屈は正しい。
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ルシアは静かに続ける。
「神託は完全ではありません」
意外な言葉だった。
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「ですが」
彼女は星図を見上げる。
「人の迷いよりは、安定します」
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回廊に夜風が通る。
遠くで犬が吠える。
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宿へ戻る道で、アルノーは呟く。
「……正しい」
「ええ」
リリアーナは答える。
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「だが」
アルノーは言葉を続ける。
「村人は、代償を選んでいない」
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神託が選んだ。
人ではなく。
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リリアーナは空を見上げる。
星は変わらず静かだ。
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「見えない代償は」
彼女は言う。
「あとから現れます」
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「そして人は」
少し間を置く。
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「それを誰の決断だったのか、思い出せなくなる」
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村の畑では、
乾いた風が葉を揺らしていた。
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