第60話 救いの形
星導教領の南端に、小さな山村がある。
谷間に沿って家が並び、
畑は狭く、石が多い。
豊かな土地ではない。
だからこそ、
水と作物の配分は命に関わる。
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その村に、病が出た。
最初は一人。
次に三人。
熱と咳。
そして数日で衰弱する。
「外から来た病だ」
村人は囁き合う。
恐れは、すぐに広がる。
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村長はすぐ神殿へ使いを出した。
神託を求めるためだ。
星導教領では、
災いへの対処も星に問う。
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神殿では、夜の神託が行われた。
星盤の前に立つルシアは、
静かに空を見上げる。
補助の修道士たちは灯りを落とし、
星図を広げる。
そして、長い沈黙。
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やがてルシアが言った。
「西の泉を封じなさい」
それだけだった。
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翌朝。
村ではすぐに泉が封鎖された。
石を積み、
縄を張る。
「神託だ」
誰も異論を言わない。
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三日後。
病の広がりは止まった。
村人たちは胸を撫で下ろす。
「やはり神は見ている」
「泉が原因だったのだ」
人々の顔には安堵が広がる。
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アルノーはその様子を見ていた。
「……本当に止まりました」
「ええ」
リリアーナも頷く。
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「泉の水に、何かあったのでしょうか」
アルノーは言う。
「可能性はあります」
リリアーナは淡々と答える。
山の上流で動物が死んだ。
土砂が流れ込んだ。
原因はいくらでも考えられる。
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だが村人たちは、
そんな分析をしていない。
「神が守った」
それだけで十分だった。
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夕方。
ルシアが村を訪れる。
人々は頭を下げ、
祈りを捧げる。
「ありがとうございます」
「星のお導きです」
彼女は柔らかく答える。
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その様子を見て、
アルノーは少し戸惑う。
「……救われました」
「ええ」
リリアーナは否定しない。
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今回の神託は、
確かに村を救った。
議論もなかった。
責任の押し付け合いもなかった。
決断は一瞬。
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宿へ戻る道で、
アルノーは言う。
「もし神託がなかったら」
村はどうしていたか。
議論して、
疑い合って、
決めるまで時間がかかったかもしれない。
その間に病が広がったかもしれない。
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リリアーナはしばらく考え、
静かに言う。
「救いには、形がいくつもあります」
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「神託はその一つです」
「人の合議も、その一つ」
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アルノーは空を見る。
星は変わらず瞬いている。
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「……どちらが正しいのでしょう」
彼の問いは、
答えを求めるものだった。
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だがリリアーナは首を振る。
「それを決めるのは」
少し間を置く。
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「たぶん、時間です」
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遠くで鐘が鳴る。
星導教領は、
今日も静かに回っている。
迷いを星へ預けながら。
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