第6話 公の場での違和感
王宮の小広間には、貴族たちが集まっていた。
定例の報告会――形式的で、退屈で、だが立場を可視化する場でもある。
リリアーナは、いつも通り定位置に立っていた。
第一王子アルベルトの、半歩後ろ。
それが、これまでの“正しい距離”だった。
「では次に、回復魔法に関する最近の運用について――」
文官の報告が始まる。
内容は、リリアーナが整えた手順に基づくものだった。
問題なく進む。
進むはずだった。
「その件については、エミリアが直接説明した方がいいだろう」
アルベルトが、軽い調子で口を挟む。
空気が、一瞬止まった。
「え……わ、私ですか?」
聖女エミリアが驚いたように目を瞬かせる。
戸惑いながらも、周囲の期待を感じ取ったのか、一歩前に出た。
「私は……皆さんが困らないように、ただ、できることを……」
言葉は拙い。
専門的でもない。
だが、誰も遮らなかった。
――遮れなかった。
聖女の言葉は、正しさとして扱われる。
リリアーナは、その様子を黙って見ていた。
(説明が曖昧だ)
回復の規模、責任者、失敗時の対応。
どれも触れられていない。
以前なら、彼女が補足していた。
だが今日は、アルベルトは一度も視線を向けなかった。
代わりに。
「リリアーナ、何か問題は?」
その問いは、助言を求めるものではない。
“異を唱えるなら、空気を読むべきだ”という確認だった。
視線が集まる。
ここで口を開けば――
聖女を否定する者になる。
彼女は、理解していた。
「……いえ」
静かな返答。
「ありません」
それで、終わった。
広間の空気が、再び流れ出す。
安堵。
納得。
そして、ごくわずかな失望。
――ああ。
リリアーナは、はっきりと認識した。
自分は、もう“内側”の人間ではない。
会が終わり、貴族たちが散っていく。
すれ違う視線の中に、遠慮が混じっていた。
「……リリアーナ」
背後から、アルベルトが声をかける。
「今日は、ありがとう。
君が理解してくれて助かったよ」
善意の言葉。
本心からの感謝。
だからこそ、残酷だった。
「当然です」
彼女はそう返し、微笑む。
婚約者として、問題を表に出さない。
それが、これまでの役割だった。
「最近、少し空気が変わっただろう?」
アルベルトは、何気ない調子で続ける。
「皆、エミリアに期待している。
君も……無理をしなくていい」
無理。
その言葉に、ほんの一瞬だけ、思考が止まった。
無理をしていたのは、どちらだったか。
「配慮します」
リリアーナは、それだけ答えた。
それ以上話す意味は、もうない。
背を向けて歩き出す。
アルベルトは、止めなかった。
廊下に出た瞬間、彼女は小さく息を吐いた。
(……公的に、外された)
婚約者としての発言力。
調整役としての立場。
どれも、静かに削がれている。
だが、不思議と心は揺れなかった。
これは、想定済みの未来。
むしろ――
ここまで来たなら、次は早い。
リリアーナは、歩調を変えずに進む。
(次は、“正式な理由”が用意される)
婚約破棄は、感情では行われない。
正しさの名を借りた、手続きとして行われる。
そしてその時、
切った側は必ず言う。
「仕方がなかった」と。
リリアーナは、唇の端をわずかに上げた。
(ええ。仕方がないですね)
――だからこそ、準備はもう終わっている。
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