第59話 対面
神殿の回廊は、昼間よりも静かだった。
昼は人が多い。
神託を受ける者、相談に来る者、祈りを捧げる者。
だが夜は違う。
星を読む者だけが残る。
ルシア・エルフェルトは、星盤の前に立っていた。
円形の石盤には細かな線が刻まれ、
中央には小さな銀針が据えられている。
針はわずかに揺れ、
星図と重なる位置を示していた。
「星は、迷いません」
ルシアはそう言った。
背後に立つ人物へ向けて。
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「ええ」
リリアーナは短く答える。
神殿の灯りは淡い。
壁の影がゆっくり揺れている。
アルノーは少し離れた柱の横で、
言葉を挟まず様子を見ていた。
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「あなたは整理役」
ルシアは振り返る。
「人の迷いを並べて、
決断できる形にする人」
「そう呼ばれることがあります」
リリアーナは否定も肯定もしない。
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「ですが」
ルシアは星図を閉じる。
「ここでは不要です」
穏やかな声だった。
敵意ではない。
断定でもない。
ただの事実として言う。
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「人は迷います」
リリアーナは言う。
「利害があり、
恐れがあり、
守るものがあるからです」
「ええ」
ルシアは頷く。
「だから神託があるのです」
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彼女は星盤を軽く撫でる。
「人が決めれば、
必ず誰かが恨みます」
「ですが神が示せば、
それは受け入れられる」
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アルノーはその言葉に少し身じろぎする。
「……でも」
思わず口を出す。
「さっきの水路の神託は、
最初の神託と違いました」
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ルシアは彼を見る。
怒りはない。
ただ少し考える。
「神は、状況を見て示します」
「変わることはあります」
「それは……」
アルノーは言葉を探す。
「人の判断と、何が違うのですか」
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沈黙。
神殿の外で風が鳴る。
ルシアは静かに答える。
「責任です」
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「神託は、
人に責任を背負わせません」
「争いは減ります」
「人は、安心します」
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リリアーナはその言葉を聞いていた。
否定しない。
ただ一つだけ聞く。
「安心は、長く続きますか」
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ルシアは少しだけ目を細める。
「続きます」
迷いのない答え。
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「迷いは、
人の弱さです」
「神はそれを軽くする」
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リリアーナはゆっくり頷く。
「それは、救いです」
アルノーが驚いた顔をする。
否定すると思っていたからだ。
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だが、リリアーナは続ける。
「ただ一つだけ違います」
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「私は」
彼女は静かに言う。
「迷いを消そうとはしません」
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ルシアの瞳がわずかに揺れる。
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「迷いは、
人が何を守りたいかを示します」
「それを並べる」
「それが私の仕事です」
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回廊に長い沈黙が落ちた。
星は夜空で静かに瞬いている。
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ルシアは小さく息を吐く。
「あなたは」
少しだけ微笑む。
「人を信じすぎています」
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リリアーナは首を振る。
「いいえ」
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「私は」
夜空を見上げる。
「人が迷うことを信じています」
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その言葉は、
祈りではなく、
ただの事実のように響いた。
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