第58話 呼ばれない場所
星導教領では、外部の調整役は招かれない。
それは暗黙の了解ではなく、明文化された規則だった。
――神託のある場所に、外の判断は不要。
その一文が、神殿の門の内側に掲げられている。
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「つまり、私は入れない」
リリアーナはその板を見上げて言った。
皮肉でも不満でもない。
ただの確認。
「ええ」
案内役の修道士は穏やかに答える。
「あなたを否定しているわけではありません」
「ただ、必要ない」
「はい」
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アルノーは、そのやり取りを黙って聞いていた。
星導教領では、
迷いは信仰不足。
決断は神の領分。
人が整理する余地はない。
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その時、神殿の奥から慌ただしい足音が響いた。
「北村で衝突です!」
若い修道士が息を切らして駆け込む。
「水路の使用順を巡って、農民同士が……」
「神託は?」
年長の修道士が即座に聞く。
「今朝、出ています」
「ならば従わせなさい」
会話は短い。
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だが、若い修道士は続ける。
「……ですが」
「何です」
「両方の村が“自分の村に有利な解釈”をしています」
沈黙が落ちた。
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アルノーが小さく呟く。
「同じ神託なのに」
「人が読むからです」
リリアーナは静かに言った。
「星は語らない」
「解釈するのは人です」
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修道士たちは慌ただしく神殿を出ていく。
リリアーナたちは、その後を追わない。
追えないのだ。
ここは、彼女の領分ではない。
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北村の水路では、すでに怒号が飛び交っていた。
「神託では“北側の田を優先”と言った!」
「それは“北区画”だ! 村ではない!」
同じ言葉。
違う意味。
水は流れない。
人の声だけが流れる。
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修道士が到着すると、群衆は一斉に詰め寄った。
「どちらが正しい!」
「神託を読み上げろ!」
修道士は羊皮紙を広げる。
星盤の記録。
確かに書いてある。
――北区画優先。
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だが、それだけだ。
村の境界は書いていない。
どの田が北区画かも書いていない。
沈黙。
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遠くからその様子を見ていたアルノーが言う。
「……ここであなたがいれば」
「呼ばれていません」
リリアーナは短く答える。
「そして」
少し間を置く。
「呼ばれても、入れません」
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アルノーは、拳を握る。
問題はある。
だが、整理役は拒まれている。
神託はある。
だが、解釈は割れている。
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その時、神殿の鐘が鳴った。
低く、長く。
神託官ルシアが現れたのだ。
群衆が道を開く。
彼女は星図を広げ、空を見上げる。
そして静かに言った。
「南村の第二水路を優先」
それで終わりだった。
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群衆はざわめく。
だが、反発は大きくない。
新しい神託が出た。
それで決着。
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アルノーは息を吐いた。
「……早い」
「ええ」
リリアーナは頷く。
「とても早い」
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だが、その夜。
宿に戻る途中で、アルノーは気づいた。
「さっきの神託」
「ええ」
「北区画の話は」
「消えました」
リリアーナは言う。
「新しい神託が上書きした」
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空を見上げる。
星は同じ位置にある。
だが、人の決断は変わる。
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「呼ばれない場所」
アルノーが呟く。
整理役は必要とされない。
だが、問題は消えない。
ただ、別の方法で処理される。
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リリアーナは静かに歩き続けた。
ここでは、
決断は人の手を離れている。
それが安定を生み、
同時に、何かを覆い隠している。
星導教領は、確かに回っている。
だが、その歯車の中で、
誰が迷いを抱えているのかは――
まだ、見えていなかった。
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