第57話 迷わない人々
翌朝。
星導教領の朝は、早い。
鐘が三度鳴ると、市場が開き、
役人が帳簿を広げ、
村人はそれぞれの持ち場に向かう。
誰も急がない。
だが、滞りもしない。
決めるべきことは、
すでに決まっているからだ。
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「税率変更の通知です」
役人が紙を配る。
昨日の神託で決まったものだ。
農民はそれを読み、
特に驚きもせず頷く。
「今年は少し軽いな」
「星がそう示したのだろう」
会話は、それで終わる。
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アルノーはその様子を見ていた。
「……本当に迷っていません」
「ええ」
リリアーナは短く答える。
「少なくとも、表では」
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港でも同じだった。
荷役の順番は、
神殿が示した優先順位で決まる。
「次は南港の船」
「星盤の順番だ」
船長たちは文句を言わない。
自分の判断ではないからだ。
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「争いは減ります」
背後から声がする。
振り向くと、
ルシア・エルフェルトが立っていた。
「人が決めれば、必ず誰かが不満を持つ」
「ですが神託なら、受け入れやすい」
穏やかな説明。
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「決断の速さは、確かに魅力です」
アルノーが言う。
「ええ」
ルシアは微笑む。
「迷いは、人を疲れさせます」
彼女は、星図を軽く閉じる。
「神は、その負担を軽くしてくださる」
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広場では、小さな揉め事が起きていた。
「順番を変えてほしい」
商人が訴える。
「船が遅れているんだ」
役人は首を振る。
「星盤の順番です」
それで終わる。
議論は続かない。
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アルノーは、少し戸惑う。
「もし、本当に不公平だったら」
「星は全体を見る」
ルシアは迷いなく答える。
「一時の不満より、
長い調和を選ぶのです」
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夕方。
神殿の階段で、
アルノーはリリアーナに言う。
「ここでは、あなたの仕事は必要ありません」
「ええ」
リリアーナは否定しない。
迷いが少ない場所では、
整理は不要だ。
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「……少し、羨ましいですね」
アルノーは苦笑する。
都市連盟では、
一つの決断に何日もかかる。
ここでは、数分だ。
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リリアーナは空を見上げる。
星は、整然と並んでいる。
「迷わないことは、強さです」
彼女は言う。
「ですが」
言葉はそこで止まる。
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遠くで、
一人の村人が小さく呟く。
「……本当にこれでいいのか」
その声は、すぐに風に消えた。
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迷いは、消えたわけではない。
ただ、
**声に出されない形に変わっただけ**。
星導教の安定は、
確かに存在する。
だがその静けさの下で、
小さな疑問が、
まだ消えずに残っていた。
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