第56話 示された道
星導教領に入った瞬間、空気が変わる。
それは静寂ではない。
迷いの少なさだった。
市場は整然と並び、
税の徴収日は固定され、
紛争の裁定日はあらかじめ告示されている。
「神託は、今月三度目です」
案内役の若い修道士が、誇らしげに言う。
「農地分配と、水利調整と、婚姻許可」
すべて、星を読むことで決まった。
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神殿は高台にある。
白い石段の先に、星盤を刻んだ円形の広間。
中央に立つのは、若い神託官――ルシア・エルフェルト。
長い銀髪を結い、
手には星図。
「北区画は三割減税」
「南村の水利権は現行維持」
「商会との契約は来月更新」
声は澄んでいる。
人々は頷き、
異議を唱えない。
決断は、即時。
責任は、神へ。
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「……迷わないのですね」
同行していたアルノーが、低く呟く。
「迷いは、信仰不足です」
修道士は当然のように答える。
「星は、常に示しています」
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その様子を、遠巻きに見ていたリリアーナは、
特に驚かなかった。
決断は早い。
合議は短い。
混乱は少ない。
都市連盟とは、正反対だ。
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神託が終わると、
人々は速やかに散っていく。
不満の声はない。
議論もない。
「……安定しています」
アルノーは、素直に認める。
「ええ」
リリアーナも否定しない。
表面上は、理想的だ。
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だが。
「異議申し立ては?」
アルノーが修道士に尋ねる。
「必要ありません」
即答。
「星は誤りません」
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夕刻。
村の一角で、小さな言い争いが起きていた。
「本当に、減税で足りるのか」
「神託だから従う」
声は小さい。
だが、ある。
迷いは、消えていない。
表に出ないだけだ。
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夜。
神殿の回廊で、
リリアーナはルシアと初めて言葉を交わす。
「外から来た整理役と伺っています」
ルシアは、柔らかく微笑む。
「あなたの噂は聞いています」
「光栄です」
「ですが、ここでは不要です」
穏やかな拒絶。
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「人は迷います」
リリアーナは、静かに言う。
「だから整理が必要です」
「迷わなければ、不要です」
ルシアの瞳は澄んでいる。
「示された道を進めば、争いは減ります」
善意だ。
疑いようがない。
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星空が、神殿の上に広がる。
星導教は、悪ではない。
圧政でもない。
ただ、
決断を“人の外”に置いている。
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宿へ戻る途中、
アルノーが小さく言う。
「……もし、星が常に正しいなら」
「ええ」
リリアーナは頷く。
「私は、不要です」
それは事実だ。
整理も、
責任設計も、
いらない。
迷いがなければ。
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だが、空を見上げると、
星は揺れている。
人の目が揺れているのか、
星が揺れているのか。
まだ、誰も分からない。
第三部フェーズ2は、
静かに幕を開けた。
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