第54話 唯一であること
ルツェの一件が落ち着いた後も、
小さな調整は各地で続いていた。
アルノーは、以前よりも迷わず線を引けるようになっている。
ベルナデッタも、急がず、逃げずに立ち続けている。
崩壊は起きていない。
それでも――
「……何かが違う」
アルノーは、議事録を閉じて呟いた。
回っている。
だが、軽い。
あの都市連盟の時のような、
空気の張り詰め方がない。
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夕刻。
宿の中庭で、アルノーはリリアーナに問いかける。
「あなたがいる時と、いない時では」
「何が違うのですか」
率直な疑問。
憧れではない。
分析だ。
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「違いはありません」
リリアーナは、穏やかに答える。
アルノーは、眉を寄せる。
「ですが――」
「私は、特別な技術を使っていません」
「では、なぜ」
問いは、核心に近い。
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「私は、失うものが少ない」
静かな答え。
アルノーは、言葉を失う。
「あなたには、立場がある」
「ベルナデッタには、評判がある」
「代表には、支持基盤がある」
「あなたは?」
「ありません」
それは誇張ではない。
公的地位も、
恒常的な権力も、
守る組織もない。
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「だから、線を引けるのです」
守るものが少ないから、
嫌われることも、
孤立することも、
恐れずに済む。
「それが、唯一の差です」
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アルノーは、拳を握る。
「では、私はあなたにはなれない」
「なろうとする必要はありません」
即答。
「あなたには、守るべき場所がある」
「だからこそ、あなたの線は意味を持つ」
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夜。
ベルナデッタもまた、同じ問いを投げていた。
「私は、あなたほど冷静になれません」
「冷静ではありません」
リリアーナは、淡々と否定する。
「私は、切り捨てる準備ができているだけです」
「何を」
「自分の評価を」
その言葉は、軽くない。
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ベルナデッタは、息を呑む。
急がせた罪を背負う覚悟。
失敗の名を引き受ける覚悟。
それは、まだ完全ではない。
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宿に戻る途中。
アルノーは、空を見上げる。
唯一。
それは、能力ではない。
立場でもない。
**引き受けられる量の違い**。
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その夜。
リリアーナは、一人で考えていた。
自分は、唯一だ。
だが、
永遠ではない。
守るものができれば、
線は鈍る。
守るべき誰かが生まれれば、
切り捨てられなくなる。
「……限界は、来る」
それを自覚することが、
第三部の始まりだった。
唯一であることは、
強さではない。
孤独の別名だ。
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