第32話 呼ばれた理由
都市連盟からの書簡は、簡潔だった。
儀礼的な賛辞も、過剰な敬意もない。
ただ、状況と要望だけが、淡々と記されている。
――内部調整が行き詰まっている。
――表に立つ必要はない。
――決定権は、こちらが持つ。
リリアーナ・エヴァレットは、最後まで読み終え、静かに紙を置いた。
「……整理役、か」
頼み方としては、正しい。
少なくとも、期待を誤解していない。
彼女が求められているのは、
解決策でも、決断でもない。
ただ――混線した思考を、ほどくこと。
それなら、できる。
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指定された場所は、都市連盟本部の一室だった。
会議室ではない。
応接室でもない。
小さな執務室。
机と椅子、それだけ。
「お越しいただき、感謝します」
迎えたのは、議長代理ローデリク・ハーン。
緊張を隠そうとしない、正直な態度だった。
「時間は取りません」
リリアーナは、先に言った。
「条件を、確認させてください」
「はい。ぜひ」
ローデリクは、深く頷く。
「私は、決定しません」
「ええ」
「案を出すことも、最小限にします」
「承知しています」
「整理した結果、何も決められない可能性もあります」
一瞬、ローデリクの表情が揺れた。
だが、目は逸らさない。
「……それでも構いません」
その答えに、リリアーナは小さく息を吐いた。
「なら、引き受けます」
早い返答だった。
感情も、逡巡もない。
「本当ですか?」
思わず漏れた声に、
リリアーナは視線を向ける。
「この状況で、私を呼ぶという判断ができた」
「それだけで、依頼する資格はあります」
ローデリクは、言葉を失った。
評価されたのは、組織でも立場でもない。
ただ、一つの判断だった。
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「最初に確認したいことがあります」
リリアーナは、机の上に紙を広げた。
「議会で“必ず守らなければならないもの”は何ですか」
「……全都市の平等です」
即答だった。
「では、“失っても許容されるもの”は?」
ローデリクは、詰まった。
しばらく考え、答える。
「……短期的な不満、です」
その瞬間、
リリアーナはペンを走らせた。
「理解しました」
それ以上、質問はしない。
「今日は、これだけで十分です」
「え?」
「次の会議には出ません」
「ですが……」
「議事録だけ、ください」
「判断は、あなた方がします」
ローデリクは、ゆっくりと頷いた。
「……分かりました」
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部屋を出る直前、
リリアーナは立ち止まった。
「一つだけ」
「はい」
「全員を納得させようとしないでください」
ローデリクは、苦く笑った。
「それが、できないから呼びました」
「なら、大丈夫です」
それだけ言って、彼女は去った。
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その夜。
都市連盟の議事録が、机の上に積まれる。
発言。
懸念。
恐れ。
期待。
すべてが、そこにある。
「……きれいに、絡まっている」
ほどく必要はない。
切る必要もない。
ただ、
どこで結び目ができたのかを、
見える形にするだけだ。
リリアーナは、静かにペンを取った。
誰が正しいかを示すためではない。
誰が決めるべきかを、
はっきりさせるために。
都市連盟は、まだ知らない。
自分たちが
「決められない組織」から
「決めた結果を引き受ける組織」へ
変わる入口に立っていることを。
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