第27話 届かない言葉
王宮の門を出る準備をしながら、
アルベルト・ルーヴェンは何度目か分からないため息を吐いた。
目的地は、エヴァレット公爵家。
正式な会談ではない。
公的な用件でもない。
だからこそ、
同行者も連れなかった。
「……今さら、だな」
口にしてみると、
その言葉が一番正確だった。
今さら、何を言うつもりなのか。
謝罪か。
説明か。
それとも――後悔の共有か。
どれも、
彼女が求めていないことだけは分かっている。
公爵家の応接室は、簡素だった。
過度な装飾も、
権威を誇示する配置もない。
以前、婚約者として何度も訪れた場所。
だが今は、
まったく別の空間に感じられた。
「殿下」
執事が、丁寧に頭を下げる。
「本日は、どのようなご用件で」
一瞬、言葉に詰まる。
「……個人的な話だ」
「承知しました」
執事は一礼し、
静かに言った。
「ですが、お嬢様は現在、
業務中でして」
拒絶ではない。
だが、即座に会えるわけでもない。
「待たせてもらえるだろうか」
「確認いたします」
それだけ言って、執事は下がった。
待っている間、
アルベルトは椅子に座ったまま、何もできなかった。
書類もない。
話す相手もいない。
ただ、
自分が“客”である事実だけが、重くのしかかる。
しばらくして、執事が戻ってきた。
「お嬢様から伝言です」
アルベルトは、背筋を伸ばす。
「“ご用件は、書面で承ります”と」
それだけだった。
短い。
だが、はっきりしている。
会わない。
話さない。
それが、彼女の答えだ。
「……そうか」
声が、少し掠れた。
想定していた。
だからこそ、
実際に突きつけられると重い。
「では……」
何かを言いかけて、止めた。
ここで言葉を残せば、
それは彼女の時間を奪う。
それを、
彼女は最も嫌う。
「伝えてくれ」
アルベルトは、静かに言った。
「彼女が、正しかったと……
今は、分かっていると」
執事は、一瞬だけ目を伏せた。
「承知しました」
それ以上は、何も言わない。
言えないのだ。
帰りの馬車の中。
アルベルトは、窓の外を見つめていた。
謝罪は、できなかった。
後悔は、伝わらなかった。
だが、
それでいいのだと思う自分もいる。
彼女は、
許すために前に進んだわけではない。
前に進んだから、振り返らない。
それだけのことだ。
「……終わったな」
そう呟いて、目を閉じる。
これが、罰なのだろう。
誰かを切った代償は、
拒絶ではなく、
無関心という形で返ってくる。
一方、その頃。
リリアーナは、書類に目を通していた。
執事から伝言を聞き、
一瞬だけ手を止める。
――正しかった。
その言葉に、
胸は動かなかった。
「……次を」
それだけ言って、
再び視線を落とす。
過去は、もう役割を終えている。
彼女が向き合うのは、
常に“今、必要な判断”だけだった。
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