第22話 届かない手
その日、エミリアは朝から回復の場に立っていた。
「ありがとうございます、聖女様」
「本当に助かりました」
感謝の言葉は、途切れない。
それは、彼女がここにいる理由そのものだった。
――癒すこと。
それなら、できる。
誰かを助けることなら、迷わず手を伸ばせる。
「次の方を」
そう声をかけた時、
近侍が小さく囁いた。
「聖女様、午後の会議についてですが……」
会議。
最近、その言葉を聞くたびに、胸の奥が重くなる。
「判断を、お願いしたい案件があるそうです」
エミリアは、一瞬だけ視線を伏せた。
「……分かりました」
断れない。
断ってはいけないと思っている。
皆が困っている。
だから、自分が何とかしなければ。
それが、聖女だから。
会議室には、疲れた顔が並んでいた。
机の上に置かれた書類は、
回復魔法とは、まったく関係がない。
「こちらの件ですが……
進めるべきか、見送るべきかを」
問いかけられて、エミリアは言葉を探す。
数字。
契約。
外交。
どれも、分からないわけではない。
だが、分かると決めるは違う。
「……皆さんは、どう思われますか?」
そう返すと、文官たちは視線を交わした。
「聖女様のご判断に従います」
それが、今の王宮だった。
重い。
この言葉が、こんなに重いとは思わなかった。
「……人を傷つけない選択が、良いと思います」
やっと出た答えは、
あまりにも曖昧だった。
だが、誰も否定しない。
否定できない。
会議が終わった後、
エミリアは一人、回廊に立ち尽くしていた。
胸の奥が、ざわつく。
何かを、間違えている気がする。
「聖女様」
声をかけてきたのは、年配の文官だった。
「先ほどの判断ですが……
具体的には、どの点を重視すればよろしいでしょうか」
エミリアは、答えられなかった。
優しさ?
平等?
安心?
どれも、大切だ。
でも――
「……ごめんなさい」
それしか言えなかった。
文官は、深く頭を下げた。
「いえ。
こちらこそ、申し訳ありません」
その背中が、妙に小さく見えた。
夕方、回復の場に戻る。
傷ついた人を前にすると、
迷いは消える。
癒せばいい。
手を伸ばせばいい。
それなのに――
心は、晴れなかった。
自分は、
決めることから逃げているのではないか。
でも、
決めていい立場なのだろうか。
分からない。
夜。
部屋に戻り、一人になる。
窓の外、王宮の灯りが揺れている。
エミリアは、そっと胸に手を当てた。
「……私は」
言葉にしようとして、止まる。
誰かを癒すことは、できる。
でも、誰かの未来を決めることは――
怖い。
その怖さを、
これまで“聖女だから”で押し込めてきた。
今日、初めてそれに気づいた。
「……向いて、いない」
小さな声。
だが、確かな実感だった。
それを誰にも言えないまま、
エミリアは灯りを落とす。
善意は、まだここにある。
だが、それだけでは――
背負えない現実が、確かにあった。
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