第18話 名前が先に届く
エヴァレット公爵領の朝は、静かだった。
執務室の窓を開けると、冷えた空気が流れ込む。
リリアーナは、いつも通り机に向かい、書類に目を通していた。
特別なことは、何もない。
ただ、昨日決めた案件の結果を確認するだけだ。
「……予定より、一日早い」
物流の報告書に、わずかな修正が入っている。
中継を一つ省いた判断が、効いていた。
(問題なし)
それだけを確認し、次へ進む。
「お嬢様」
執事が、少しだけ困惑した表情で入ってきた。
「外務関係の使者が来ております。
王宮ではなく、こちらへ直接」
「通してください」
応接室に現れたのは、隣国の商務官だった。
格式ばらないが、態度は丁寧。
「突然の訪問、失礼いたします」
「用件を」
簡潔な促し。
「実は……
最近、取引の判断が非常に早く、正確だと聞きまして」
言葉を選びながら、続ける。
「王宮を通すと、どうしても調整に時間がかかる。
ですが、公爵家経由では――」
リリアーナは、表情を変えなかった。
(もう、そういう段階か)
「手続きを省くことはできません」
「承知しております。
ですが、“整理”だけでもお願いできないかと」
それは、彼女がやってきた仕事そのものだった。
「検討します」
それ以上は、約束しない。
昼過ぎ、別の使者が訪れた。
今度は、地方都市の代表。
「王宮からの返答が滞っており……
公爵家に相談すれば、道筋が見えると」
同じ言葉。
同じ困惑。
彼らは、リリアーナの立場を知らない。
ただ、“早く進む場所”を選んでいるだけだ。
それで十分だった。
夕方。
執事が、小さく息を吐いた。
「今日だけで、三件です」
「多すぎます」
「ですが……断れませんでした」
リリアーナは、書類を揃えながら答える。
「無理に引き受ける必要はありません。
整理だけでいい」
決断は、相手がする。
線を引くのは、こちら。
役割は、変わっていない。
一方、王宮では。
「……なぜ、こちらを通さない」
文官が、首を傾げていた。
「返答が遅いからでしょう」
「だが、どこへ――」
名が、上がる。
「エヴァレット公爵家へ」
その瞬間、
空気が、微妙に変わった。
夜。
リリアーナは、執務室の灯りを落とした。
今日一日で、
彼女の立場が変わったわけではない。
だが、名前だけが先に動き始めている。
それを、止めるつもりはなかった。
(評価は、必要とされた場所に集まる)
ただ、それだけのこと。
彼女は窓を閉め、静かに部屋を出た。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




