第13話 些細な不具合
最初は、本当に些細なことだった。
「……あれ?」
文官の一人が、書類をめくりながら眉を寄せる。
「この件、承認はどこまで進んでいましたか?」
問いかけに、周囲が顔を見合わせた。
「前回の会議で確認済みでは?」
「いや、最終調整は……誰が?」
答えが出ない。
以前なら、こういう時は自然と名前が出ていた。
――リリアーナ・エヴァレット。
だが、その名は誰の口からも出なかった。
「まあ……急ぎではない」
誰かがそう言い、話は一旦流される。
だが、書類はそのまま机に残った。
別の場所では、騎士団の報告が滞っていた。
「補給の調整、まだですか?」
「担当が変わったばかりで……」
「前は、こんなことなかったはずだが」
責める声ではない。
困惑に近い。
――前は、問題にならなかった。
誰がやっていたかを、
正確に思い出せないまま。
昼過ぎ、アルベルトは執務室で報告を受けていた。
「小さな遅れが、いくつか重なっています」
「どれも致命的ではありませんが……」
文官は言葉を選んでいる。
「問題があるなら、聖女に――」
そう言いかけて、言葉が止まった。
聖女エミリアは、回復の場に出ている。
実務を裁く立場ではない。
「……調整役を増やすべきか」
アルベルトは、そう結論づけた。
悪い判断ではない。
だが、遅い。
夕刻、別の文官が小声で言った。
「最近、確認事項が増えましたね」
「ええ……判断が一段増えた感じがします」
「前は、もう少し早かったような……」
誰も不満は言わない。
だが、空気は確実に変わっていた。
速さが、失われている。
その頃、聖女エミリアは人に囲まれていた。
「ありがとうございます」
「お疲れでしょうに……」
善意と感謝に満ちた場。
だが、彼女の足元には、
誰も拾わない小さな問題が溜まり始めている。
判断を要するもの。
責任の所在が曖昧なもの。
――誰かが線を引かねばならない案件。
それを引く人間は、もういない。
夜。
王宮の灯りは、いつも通りに輝いている。
外から見れば、何も変わっていない。
むしろ、柔らかく、穏やかだ。
だが、その内側で――
歯車が、ほんのわずかに噛み合わなくなっていた。
それに気づく者は、まだ少ない。
そして誰も、
その原因を口にしなかった。
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