第12話 役目を終えた場所
王宮を出る準備は、驚くほど静かに進んだ。
荷は多くない。
最初から、必要以上のものを持ち込んでいなかった。
机の上に残されたのは、いくつかの備忘録と、未処理の書類。
だが、それらはもう彼女の仕事ではない。
リリアーナ・エヴァレットは、一つずつ引き出しを閉めた。
扉の前で立ち止まり、部屋を見渡す。
長く使っていた執務室だが、名残惜しさはなかった。
(役目は、終わった)
それだけのこと。
廊下を歩くと、すれ違う者たちが控えめに会釈をする。
以前のような相談の視線はない。
気まずさも、敵意もない。
ただの距離。
中庭に出ると、柔らかな光が差し込んでいた。
いつもと同じ風景。
違うのは、自分の立ち位置だけだ。
「……お疲れさまでした」
声をかけてきたのは、若い侍女だった。
緊張した面持ちで、深く頭を下げる。
「ありがとうございます」
リリアーナは、それだけ答えた。
慰めも、同情もいらない。
ここは、そういう場所ではない。
門をくぐると、王宮の喧騒が背後に遠ざかる。
外の空気は、思ったよりも冷たかった。
馬車が待っている。
扉の前で、リリアーナは一度だけ立ち止まった。
振り返ることは、しない。
この場所で得たものは、すべて持っている。
失ったのは、肩書きだけだ。
馬車に乗り込み、扉が閉まる。
ゆっくりと、車輪が回り始めた。
王宮は、何事もなかったかのようにそこにある。
きっと今日も、善意と正しさで回っていくのだろう。
――しばらくは。
リリアーナは、窓の外を見つめながら、静かに思った。
(次は、外から見る)
王宮が、
自分を失ったことに気づく、その瞬間を。
馬車は進む。
新しい役割も、まだ始まらない。
だが、確実に――
次の盤面へと向かっていた。
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