第10話 善意という名の切り離し
非公式の呼び出しは、夕刻だった。
場所は、王宮の小さな応接室。
来客用というより、内々の話をするための部屋だ。
リリアーナが扉を叩くと、すぐに返事があった。
「どうぞ」
中にいたのは、第一王子アルベルトだけだった。
護衛も、文官もいない。
「忙しいところ、すまない」
「構いません」
向かい合って腰を下ろす。
机の上には、茶と菓子。
場を和らげるための、いつもの配慮。
アルベルトは、一度だけ息を整えてから口を開いた。
「最近の状況は、把握しているね」
「はい」
曖昧に返す必要はない。
「噂のことも、だ」
それに対して、リリアーナは何も答えなかった。
否定も、肯定もしない。
沈黙を、アルベルトが“理解”と受け取ったのは、明らかだった。
「君を責めているわけじゃない」
その言葉は、柔らかい。
「ただ……体制を見直す必要が出てきた」
予想通りの前置き。
「聖女を中心に据える以上、
どうしても、役割が重なる部分がある」
「……具体的には?」
リリアーナは、感情を挟まずに問う。
「君だ」
アルベルトは、少しだけ言いにくそうに続けた。
「君は優秀だ。
だが、それゆえに、皆が頼りすぎていた」
褒め言葉の形をした、切り離しの理由。
「聖女には、もっと自由に動いてもらいたい。
そのためには……」
言葉を選びながら、彼は結論を口にする。
「君には、一度王宮の実務から距離を置いてもらいたい」
沈黙。
リリアーナは、即座に理解した。
これは“仮”ではない。
戻る前提の話でもない。
「期限は?」
「……定めていない」
「権限の扱いは?」
「当面、他の者に引き継ぐ」
予想の範囲内。
「婚約者としての立場は?」
その問いに、アルベルトは一瞬だけ視線を逸らした。
「それについても……
少し、考える時間が必要だ」
答えになっていない。
だが、それで十分だった。
「承知しました」
即答だった。
アルベルトは、目を瞬かせる。
「……いいのか?」
「殿下のご判断ですから」
それ以上でも、それ以下でもない。
「君は、もっと自由でいい。
これまで、背負いすぎていた」
心からの言葉。
だからこそ、残酷だ。
「お気遣い、感謝します」
リリアーナは一礼する。
その仕草に、未練も抗議もない。
「正式な手続きは、後日」
「承知しました」
話は、そこで終わった。
部屋を出るとき、アルベルトは最後に言った。
「君が悪いわけじゃない。
誰も、そう思っていない」
リリアーナは、振り返らなかった。
(だから、誰も責任を取らない)
廊下を歩きながら、思考を切り替える。
これで、公式な切り離しは確定した。
後は、形式を整えるだけ。
彼女の執務室に戻ると、すでに数点の書類が片付けられていた。
無断ではない。
“配慮”の結果だ。
机の引き出しに手を入れ、
整理済みの私的書類を確認する。
(問題なし)
窓の外では、夕暮れの光が王宮を染めていた。
今日一日で、
彼女の肩書きが変わったわけではない。
ただ――
戻る席が、用意されなくなった。
それだけだ。
リリアーナは、静かに窓を閉めた。
(次は、公の場)
そこでは、
この判断が「正しい選択」として語られる。
彼女はもう、その場で何も言うつもりはなかった。
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