⑨ 最終話
冬、雪に覆われた領地は、息を呑むほどに静かで、美しかった。
白銀に包まれた畑は整然と眠り、凍てつく風さえも穏やかに感じられる。
かつて飢えと恐怖に支配されていた面影は、どこにも残っていない。
豊穣は常となり、倉は満ち、冬に食卓を失う者は一人もいなかった。
人々は暖かな家の中で、火を囲み、豊かな食事を分け合う。
その中心には、必ずレオンハルトの名があった。
彼は領地を救った英雄であり、慈悲深き名君であり、誇るべき主君だった。
だが夜が訪れると、館の奥深くで、ただ一人、灯りを落とした部屋に座る影があった。
胸に抱くのは、白薔薇の刺繍が施された古いハンカチ。
布はすでに色褪せ、糸もほつれ始めている。
それでも彼は、それを手放すことができなかった。
春の湖畔。
風に揺れる白薔薇。
名を呼ばれることもなく消えた、あの微笑み。
十年という歳月は、傷を癒すことはなかった。
ただ、痛みを言葉にする術を奪っただけだった。
彼は称えられ、勲章を胸に下げ、祝福を受け取った。いつでも穏やかに微笑み、幸福そうな人だった。
だがそのすべては、彼の中を素通りしていった。
届かなかったのではない。
受け取る場所が、すでになかった。
もう彼はずっと空っぽだったのだ。
栄光は重く、称賛は遠く、幸福は彼の人生に触れることなく通り過ぎていった。
彼の心は、あの日から一度も春を迎えていない。
彼女が死んでから、十年目の冬。
雪は音もなく降り積もり、湖は厚い氷に閉ざされていた。
世界は完璧に整っていた。
領地も、人々も、未来さえも。
その夜、レオンハルトは誰にも告げず、誰にも見送られず、毒を飲んだ。
震えも迷いもなかった。
それはやっと手に入れた、終わりだった。
毒は静かに体を巡り、痛みすら与えなかった。
意識がゆっくりと沈んでいく。
社交界がどれほど彼を惜しもうと、
領地がどれほど繁栄を続けようと、
それらはもはや、彼の世界には届かない。
最後に彼の胸に残ったのは、春の湖畔で見た、たった一つの微笑みだけだった。
雪はすべてを覆い隠す。
名君の死も、栄光も、
そして。
決して報われなかった、ひとつの愛さえも。
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