表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不幸のどん底こそが最上の幸福だった。君といた地獄を、僕は一生忘れない  作者: 高橋 淳


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/5

9話までの予定です

適当な時間にアップします

1週間に一度の投稿くらいの頻度の予定ですが、とりあえず話は全て書き終わっているので2月末までには完結すると思います。

春が訪れたアルデバラン侯爵家の領地では、長い冬が終わり、湖の氷が音もなく溶け静かな水面が新しい季節を映していた。柔らかな風、暖かな光。青々とした草の匂い。

それは、この地で生きる者たちにとって、毎年繰り返される再生の合図だった。

だがいつも通りの春が、ひとりの青年の人生を、いや、多くの人の人生を大きく揺り動かす始まりになることを、まだ誰も知らない。


レオンハルト・アルデバラン。

二十二歳にして侯爵家の嫡子であり、もうすぐ領地を背負う運命を定められた青年だ。まだ若い彼は、領民に慕われ、家族に愛され、将来を約束されている。

貴族らしい美しい見た目でありながら、冷たさを感じさせない親しみのある性格で有名だった。

やや優柔不断ではあるが、それも彼の長所だと受け取られた。

つまり、何が言いたいかというと、誰の目にも、彼の人生は順風満帆に映っていたのだ。


しかし、誰も知らなかった。

そんな彼は、義務を果たすたび、賞賛を受けるたびに、胸の奥にぽっかりと空いた穴が静かに広げていたことを。


その年の春のある日、なんとなく息が詰まった彼は少し遠出をすることにした。行き先は侯爵領にある有名な湖。その湖畔に立つ彼は、水面に映る自分を見つめていた。

そこにいるのは誇り高き侯爵家の後継ぎでありながら、何ひとつ掴めていない青年の姿だった。


その日、同じ湖畔をひとりの女性が歩いていた。


平民の薬草師、クラリッサ。

人々の病や痛みを癒しながらも、自分の居場所だけは見つけられずに生きてきた人生だった。

彼女は生まれ落ちた瞬間に母を失った。

そして、母を深く愛していた父もまた、娘を抱きしめるより先に、母の後を追うことで彼女の人生から姿を消した。まるで愛した人が去ったあとの世界には価値はないのだと示すかのように。彼女は産まれた瞬間から、祝福される存在ではなく、忌むべきものとなってしまった。


湖の周りの白薔薇が咲き誇る小径を歩きながら、クラリッサはいつも問いかける。

この世界に、自分を本当に必要とする場所はあるのだろうか。


そして、その問いに答えるかのように。


春風に栗色の髪を揺らしているクラリッサが湖畔に姿を目にした瞬間、レオンハルトの胸は強く震えた。

春の風に白薔薇の花弁が舞い、陽光が湖面にきらめく。そんな綺麗な景色には目もくれず、彼は一歩も動くことができないままでただ彼女を見つめていた。まるで、この出会いだけが最初から定められていたかのように。


レオンハルトの視線を感じたクラリッサがゆっくりと振り返る。そして2人の視線が重なる。

レオンハルトの澄んだ湖水のような瞳が、クラリッサの何も写していない空虚な瞳が、彼をまっすぐに射抜く。


その瞬間、レオンハルトは理解した。

自分の中の物足りなさが、初めて形を持って応えたことを。彼女こそ欠けた穴をうめてくれる存在だと。


クラリッサもまた、彼の視線に足を止める。

胸の奥に沈んでいた孤独が、名もなき予感となって揺れ動いていた。彼こそが、ずっと探していた生きる意味なのかもしれない。


湖は二人を映し、春の光がその姿を刻みつける。

静寂と鼓動だけが交わる、逃れようのない出会い。

出会うべきでなかった、運命の赤い糸に結ばれた2人が出会ってしまった。

次の投稿は14日ごろになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ