序章:夢か、バグか
見慣れた風景だった。
何百時間も繰り返し目にしてきた、バグまみれのクソゲーの初期フィールド。
いつまで経っても直らない草の描画バグ。空に浮かぶ三つの太陽。無意味に噴火し続ける遠景の山。
……はいはい、もう見飽きたよって感じ。
でも――その景色が、今は画面の中じゃなくて目の前にある。
「……は?」
口から漏れた声が、やけにハッキリと空気を震わせて返ってくる。
草を踏んだ感触。風の音。鼻をつく変な花の匂い。
……ぜんぶ、妙にリアルすぎる。
「……あー。これはアレか。疲れすぎて、とうとう夢の中でも仕事するようになったパターン?」
頭はぼんやりしてるし、体もなんか重い。
というか、昨日の終電ギリギリまで残業して、今日も朝からバグ潰しで一睡もしてねぇんだよ俺は。
夢の中ぐらい、自由に寝かせてくれよ……。
「ってか、ここが夢じゃなかったら、俺もう詰んでるんだけど」
ふと視線をやると、カラスっぽい敵モンスターが地面に沈んでいった。
見覚えのある挙動。たしか、地形のコライダー抜けるやつ。
ゲーム画面で見た時よりも、リアリティが増してグロテスクだ。
「……うん、昨日報告したバグだな、これ」
現実感がじわじわと、肌を這い上がってくる。
あっちゃいけないレベルのバグが、目の前で当たり前のように起きている世界。
ここはまさしく、俺がテストしてた《あのクソゲー》の中――。
「マジで……? この俺が……このクソゲーの世界に?」
絶望でも希望でもない。
なんかもう、「はいはいまたか」みたいなテンションで空を見上げる。
三つの太陽が、全然優しくない光を俺に降り注いでいた。
――でも、しょうがねぇな。ここまでバグってんなら、俺が直すしかないか。